第30話 作戦会議


「ハリスじゃなくて、ホヴァノヴァって呼んでくれてもいいが、発音には気を付けてほしい。鳴管を細かく震わせてヴァを発音すること。ヴァだ。ヴァじゃない」

「どう違うかわかんねえし、鳴管なんて喉にねえよ、俺も人間も。鳥だけだろそれ」


 私の心情を人狼は代弁してくれた。


「そっか。なら、ハリスでいい」

「ノアーグ=ナプティアだ。最近この街に来た」

「君のことは噂で聞いていた。隠居中の魔術師が友人を連れてきたと」


 ハリスと名乗った鳥の魔物は、カラスにサイコロを持ってくるように言付けると、蜂蜜酒ミードを片手に、真っ黒の目で興味深そうに私を見詰めた。


「君はなんの魔術師だ?」


 それは魔物にしては珍しく的を射た質問だった。魔術師でないものは、我々を一括りにして魔術師などと呼ぶ。だが、その専門を考慮しないのは、天海鯨と翼蜥蜴ワイバーンをどちらも空を飛んでいるからと同じ分類にねじ込むようなものだ。


「薬だ」

「酒じゃないのか?」

「酒も薬のうちだ」


 イブラヒムの横槍を一蹴すれば、ハリスは机に身を乗り出した。灯心草ラッシュライトの光を浴びて彼女の羽で編まれたローブが深い藍色を帯びる。


「そうか、それで火か。そうすると……不老薬は作れるか? 入り用で探してる」

「いいや。完全なものはまだ存在しない。一時的なものなら別だが。……それも材料が入手困難だ」

「その材料とは?」

「条件によって作り方は変わるが……」


 鋭く光る魔物の目に、私は不吉な予感がして言葉を濁した。


「外せないのは、吸血鬼の新鮮な血だ。そうだろう? 運良く出回っても高価でまだ手が届かない。実に残念だ。奴らの数が減る前なら、狩りに出掛けたのに」


 私は曖昧あいまいに頷くほかなかった。

 ──不老薬。一時的に老化を遅らせる程度の効果だが、法外な値段で取引される魔法薬エリクシルの一つだ。あくまで効能を高めるために魔法薬エリクシルに加工するだけで、ヴェルディ伯爵令嬢のように贅沢にもそのまま血を飲んでもある程度の効果は得られる。たった一瓶に大金を投げ打つ人間はいるが、魔物すら同じとは。


「失礼ながら、そうまでして必要な理由が?」

「少し、家族にね」


 含みのある返事と重なるように羽音がした。次の瞬間、真っ黒な鳥が机の上に跳び乗ると、くちばしを開いた。開いたくちばしからサイコロが2つ零れ落ちる。ハリスはカラスの頭を白い指で撫でた。


「さて、いつものにしようか。賭ける物は?」


 私は手を伸ばしてサイコロを見分した。魔術が付呪されているわけでも、角に細工が施されている訳でもなさそうだ。私が銀貨を20枚置くと魔物は目を細めた。銀貨1枚の価値はこの魔物の街でも大きく変わらない。夕食つきの宿一泊分だ。


「金が惜しければ、目やきもでも私は構わないぞ」

「結構。失って惜しいものを賭けるほうが楽しいというのは同意するが、私がここにきたのは楽しむためではない」

「今度こそ負けねえからな」


 結論から言うと、イブラヒムと私の手元の銀貨の半分は、真っ直ぐ彼女の手元に移動した。私は席を立ち、消沈のあまり耳と尾を伏せる人狼を呼んだ。


「これじゃ他の道具も失っちまう、先生。弦楽器ウードだけは失いたくない」

「このままだとそうだ。イブラヒム、君が彼女に星図アストロラーベを捧げることになったのもサイコロだったか。どうして気づかなかったのだろう。彼女の手番で、灯心草ラッシュライトの煙が散っていた」

「どういうことだ?」

「風だ。出目を風で変えてる。ナイフを操れるならサイコロ2つ造作ない。魔物ならサイコロに細工を施すまでもなかった!」


 イブラヒムはピンと耳を立てて頷いてから、なにかに思い至ったように低く唸った。


「え、俺騙されてたってこと?」

「ああ」

「なら俺の負けは無効?」

「いいや、彼女は認めまい」

「もしかして、今回も勝ち目もなし?」

「もし彼女が魔術師で、魔法陣がどこかにあるなら、無効化は可能だ。魔法陣を魔術的に、または少々手荒だが物理的に引き裂くことでね。だが君達魔物は魔法陣を書かないらしい。体内にその代わりとなる器官があるとか。そうなると魔術を封じる手段は、一部の毒と魔力切れ程度しかない。彼女が風で出目を操る以上、我々もサイコロに重りを入れるなり、一度退いて対策を立てる他ないが……」


 六塔それぞれに食堂リフェクトリーがあるが、私のいた薬学塔も例外ではない。薬草の生い茂る中庭に接した広間では、夜更けに生類科と植生科の魔術師、そして学生らがサイコロや木札を手に集まり、賭博に興じるのが常だった。だが、魔術師の持って来るサイコロがただのサイコロだった試しはない。特に古代魔術塔から来る付呪の施されたサイコロは厄介だった。サイコロを振る時に接触したサイコロの出目を全て1に変えるものや、実際の数字を問わず見た者が6と錯覚するもの。作製も維持も高価な付呪をそんなものに使うのは酔狂の極みであるが、興が湧くという理由ほど、我々魔術師を前へ押し出す力を持つ動機はない。それは薬学塔も古代魔術塔も同じだったのだろう。そういうわけで、賭けそのものよりも、サイコロを眺め回す時間のほうが長くなるのは言うまでもない。


「その前に売られちまう。なんとかなんねえ?」

「むしろ売ってもらって、行商から買い戻した方が確実では?」

「あいつに負けたままとかムカつく」

「イブラヒム、君は何か魔術を使えるか? 占星術以外だ」

「人に化けれる」

「そんなことは分かっている。それ以外だ。特技でもいい」

「……詩才と美声?」


 照れながら返ってきた言葉に私は何も答えられなかった。そんな私に向かって、イブラヒムはまなじりを吊り上げて吠えた。


「あのな! 色々使える人間の方が異常なんだよ! 俺らは生まれたときから血統で大体決まってんの!」

「初耳だ」

「別に不自由しねえよ。貧弱な人間と違って魔力の質も量も桁が違うし。でも俺が風起こしたり、触らずに物を動かしたりはムリ」


 我々は席に戻った。ハリスは給仕から新しい蜂蜜酒ミードを受け取りながら、我々を楽しげに見詰めた。


「おや、作戦会議は終わりかい」

「今夜は“風”向きが悪いらしい。潮時のようだ。イブラヒム、諦めよう」

「仕方ねえ」

「まさか。まだこれからだろう? 銀貨も残ってるし、賭ける物はいくらでもある」


 我々が銀貨を片付けようとすると、ハリスは慌てて声を上げた。


「残念だが、賽の女神は我々を見捨てたようだ」

「なら円盤ルーレットは?」

「……いや、こういうのはどうだ? 君の鳥に梁の上へ羽を2枚運んで落としてもらう。片方が床か机についたとき、まだ落ちていなかったほうが勝ちだ」


 鳥の魔物はきょとんとした顔で私を見た。


「無論、君の用意した鳥と羽を使って、羽も君が先に選んでいい。私は残った方にこの銀貨を全て賭けよう」

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