第9話 写真

郵便受けに、見覚えのない茶封筒が届いていた。

差出人不明。消印もない。


中には、一枚の写真。


——幼いリリーが、誰か大人に抱きしめられている写真だった。


モノクロの印刷は粗く、顔はぼやけていた。

でもその腕の感触だけは、忘れていなかった。


柔らかくて、温かくて、優しかった――はずの、あの腕。


リリーは無言で写真を破り、キッチンへ放り投げた。


「……クソッ」


ぬるい空気が、喉の奥に絡みつく。

体の奥から、何か重いものがせり上がってくる。


後ろから声がした。


「見たよ。“おとうさんごっこ”だっけ?」


ヘルター。

ソファに寝転んだまま、にやけ顔で話している。


「可愛いプリンセスになって、撫でられて、

“いい子だね”って言われて、褒められて、

……本気で、あの頃は幸せだったと思ってたんだよね?」


「……やめろ」


「でもさ、お前、途中で気づいちゃったんだ。

あれは“お前の価値”じゃなかった。“役割”だったんだって。大人が気持ちよくなるための、飾り物だったんだって!…かわいs」


「やめろって言ってんだろ!!!!」


怒鳴り声が、部屋に響く。

壁を殴った拳が、じんと痛んだ。


でもそれよりも、心臓の方がずっと痛かった。



夜。リリーは205号室の前に立っていた。


別に用事なんてない。

ただ誰かの声が、そばに欲しかった。


ミカエラがドアを開けた。

やわらかい灯りが、廊下にこぼれる。


「リリーくん。……泣いてる目、してるわね」


「……俺、“かわいそう”って言われるのが、一番嫌いなんだよ」


「ふぅん、でも――“かわいそう”だと思ってるの、あなた自身じゃないの?」


図星だった。

唇を噛んで、何も言い返せなかった。


「俺は……別に、“被害者ヅラ”したくて生きてるわけじゃねぇ」


ミカエラは、それでも静かに微笑んだ。


「大丈夫。あなたは、“生き延びた子”だもの」

「“生き残った”のとは……ちょっと違う」


「……わかんねぇよ、そんなの」


「いいの。今はまだ、わからなくて」


彼女が差し出した湯気の立つカップ。

ラベンダーと、少し焦げた匂いがした。


リリーは黙って、それを受け取った。



帰り道。

風が強くて、髪がぐしゃぐしゃに乱れた。

でも、背筋だけはまっすぐにして歩いた。

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