(閑話)永遠の片恋に誓う忠誠 ※ジュスト

 ――ジュスト。私から人が離れていく中、私の護衛を務めてくれたこと、とても感謝しています。


 過去の夢を見ていた。

 珍しくうたた寝をしてしまったらしく、目を開けた先には青い空が広がっていた。

 王の領地との境が見える木の下で、馬を休ませるつもりが、自分が休んでいたらしい。

 馬が濃い茶色の鼻をぐりぐりと、俺の体に押し付けた。


「もう少し待て」


 今日こそ、ザカリア様とセレーネ様が、この領地へ入るのではと思い、道の向こうを眺めていた。

 やってくるのは王都から逃げて来る商人ばかりで、それらしい姿はない。

 鼻の利く商人たちはデルフィーナが王妃となり、王都の異変に気付き、店を閉め、他の町へ移動しているのだ。

 やがて、あれが普通に暮らしている王都の民に変わるだろう。

 暗い未来しか描けず、ため息をついた。


「あの王だからこそ、セレーネ様でなくてはならなかったのだ」


 だが、セレーネ様が王妃でなくなった時、一番嬉しかったのはデルフィーナではなく、俺だったかもしれない。

 

 ――俺は裏切り者だ。


 悲しんでいたセレーネ様を見て、胸が痛んだが、それと同時に愚鈍な王から解放され、自由になったことを喜んだ。

 

「俺は最低だな」


 俺に感謝するセレーネ様に対し、後ろめたさがあった。

 だから、あんな夢を見たのだ。


「うまく逃げ切れたらいいが」


 ザカリア様にセレーネ様を託した。

 本当は自分がセレーネ様を助けたかったが、デルフィーナの不興を買い、目を付けられ、追われる身となってしまったからだ。

 その点、ザカリア様なら、王弟という身分もあり、デルフィーナも簡単に捕まえることはできない。

 今日は来ないと判断し、そろそろ城に戻ろうとすると、馬のひづめの音が聞こえた。


「ジュスト様、ザカリア様がすでに町に入られていると、警備兵から連絡がありました!」

「町に!?」


 なぜ、町に入る前に連絡を寄越してくれなかったのだろうか。

 部下とともに町へ向かう。

 二人を目にした時、普段なら、ザカリア様へ目が行くはずだった。

 だが――


「セレーネ様の髪が……」


 美しかった銀髪は切られ、町娘と変わらぬ服装をしていた。


「ジュスト、驚かないで。髪は古着屋の奥様に差し上げたのよ。デルフィーナが王妃になり、王都の暮らしが厳しくなったことに、ジュストも気づいていたでしょう?」


 ――自分の意思で、髪を切られたのか。


 セレーネ様は王妃でなくなられても、王妃だった。

 王宮にいた頃より幸せそうに微笑むセレーネ様に、胸が苦しいのに嬉しかった。


「ジュスト。私の判断で、勝手に髪を切ったのよ。変装もしなくてはいけなかったし、ちょうどよかったの」


 笑顔のセレーネ様を見たのは久しぶりで、ザカリア様を信頼しているのがわかった。

 ザカリア様もセレーネ様を見る目が優しく、旅は二人を近づけ、そして、多少なりとも心の傷を癒したようだ。

 自分の判断は正しかったと、確信した。


「ザカリア様しか、セレーネ様を救えない……か」


 その逆もまた然り。

 自分が願ったことだ。

 セレーネ様がザカリア様からいただいたと言いながら、スカーフに触れ、まるで普通の少女のように頬を染めて語る。

 その姿を見た時、王妃から、侯爵家から解放され、セレーネ様はようやく普通の少女と同じように、恋をすることが許されたのだと知った。

 遅い初恋にセレーネ様は気づいていない。


「ザカリア様が女性に贈り物をするのは、初めてですね」

「短くなった髪が気になって仕方なかっただけだ」


 ザカリア様は自分の気持ちを悟られないためにか、目を逸らす。


 ――まだ、この気持ちは始まったばかり。


 二人を静かに見守っていこうと、誓った。

 この世で一番幸せになってほしい二人だからこそ、願う気持ちが、胸の苦しみを消し、喜びに変わるのだ。

 愛する人の幸せを願う――そんな恋心もあるのだと、この永遠に報われることのない恋で知った。



 ◇◇◇◇◇

 

「ジュストはお母様が好きなの?」


 純真な目で、そう問いかけたのは、セレーネ様の息子であるルチアノ王子だ。

 御年七歳、やんちゃな盛りで、自分は剣の指南を任されている――まあ、簡単に言うと、体力が有り余っているルチアノ様の体力消耗係であり、お世話係である。


「セレーネ様を敬愛しております」


 表情を変えず、無難な答えを返しておいた。

 ルチアノ様の力は遠くを見る力であり、心を見る力ではない。

 

「けいあいって?」

「ルチアノ様がザカリア様のことを思う気持ちと同じですよ」

「ザカリア様はすごいと思う!」

「そうです。それと同じ気持ちです」

「そっかぁ」


 どうやら、納得してくれたようだ

 勘のいいルチアノ様のことである。

 ここで、自分の気持ちが尊敬を含む愛情であることを、きちんと説明しておかねば、誤解につながる。

 しかし、誰がこんなことをルチアノ様に吹き込んだのだろうか。


「ジュストはお母様をけいあいしてるんだってー」

「あらあら。私の負けですね」

「やったぁ。次のお休みにお昼、おごってね!」


 ルチアノ様付きの侍女たちか……

 俺がじろりと睨むと、侍女たちはすみませんでしたと謝ってきた。

 王宮内は確かに色恋ネタが少なすぎる。

 大臣たちは年寄りばかりで、貴族たちはルドヴィク様とデルフィーナ王妃が金をせびったせいで、王宮によりつかなくなった。

 緊縮財政中のため、パーティーも開かない。

 というより、ザカリア様が派手なパーティーを好まないせいなのだが。


「ザカリア様だっ!」


 ルチアノ様は目ざとくザカリア様見つけると、嬉しそうな顔で駆け寄る。


「ジュスト。俺の代わりに領地を守ってくれるか?」


 ザカリア様は領地に戻らず、セレーネ様のそばで支えることを決意したのだと知った。


「自分がザカリア様の代わりにですか……」


 正直言って、荷が重い。

 領民のザカリア様への信頼は絶対だ。

 

「家族のように大切に思っている領民だ。その場所を任せられるのは、俺が一番信頼しているジュストしかいない。


 永遠に叶わぬ自分の片恋に忠誠を誓い、この緑豊かな領地を守り続けよう――やがて、戻る大切な二人のために。

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