ねじの名前

1-1:人間ってさぁ、褒めるときだけはやたら綺麗に言うよね

人間ってさぁ、褒めるときだけはやたら綺麗に言うよね。


そう思いながら、私は礼拝堂の光の中にいた。

天井から吊るされた無数のシャンデリアが朝日に照らされて、きらきらと光の粒を振りまいてる。

あれ、ちょっとでも風が吹いたら全部落ちて頭に突き刺さるんじゃない? とか思うけど、誰もそんな想像はしない。私だけだ。


壇上のホログラムに、今年のくじ当選者の名前が浮かぶ。

エリク・ナオ

サニエ・フォグリス

ミル・クロード


あー、当たっちゃったかー。って顔を作ったつもりだったけど、あとから映像で見たらまったく無表情だった。

その無表情を「感動で言葉を失ったんだね」とか言われて、気絶しそうになった。

人間ってマジで都合のいい生き物だな。


拍手が起きる。

音楽が鳴る。

天井から白い布がふわりと降りてくる演出まである。

教会かよ、いや実際そういう学校だけど。笑える。大真面目にやってるのがいちばん笑える。


私は立って、お辞儀をした。

担任のリゴル先生がやたらと嬉しそうにしていて、「ちゃんと笑って、ミル! こういうのは人生で一度きりだぞ!」って耳打ちしてきた。

うるさい。人生で一度きりなら、静かにしててほしい。


「ミルちゃん!」「かっこいい!」「尊い……!」

同級生たちが歓声を上げる。

隣のクラスのエミリアが泣いていた。早すぎる。


この瞬間、私は人間から「供儀くぎの天使」になったらしい。


礼拝堂を出ると、廊下の端にヴァイス=3が立っていた。


給仕ロボットなのに、なぜか私のスケジュール管理まで任されてる。

別に誰にも頼んでない。たぶん勝手に「必要アリ」とか判断されたんだろう。


「おめでとうございます、ミル・クロード様。セグメント上層の栄誉を手にされました」

「その “栄誉” ってやつ、返品できない?」

「申請フォームは存在しません。選出された時点で、義務と権利が自動的に紐づけられます」

「じゃあ“希望者だけ行く”って建前は?」

「建前です」


即答だった。嫌いじゃない。

というか、たぶん上層の大人たち全員がこのロボットくらい正直だったら、私はもうちょっとだけ人間を信用してたかもしれない。


「で、何日までに準備しろとかあるの?」

「供儀観察班の移送スケジュールは、二週間後です。滞在予定は三日間。接触対象は地上の供儀職員、そのうち選定された “対話可能個体” のみとなります」

「“個体” って言った? いま?」

「言いました。また、“対話不能個体” との接触は禁止です」

「なんで?」

「危険だからです」


ふーん。

人間を “個体” って呼ぶの、逆に平等な気がする。上層も下層もロボットから見たら区別ないか。


教室に戻ると、机の上に花が置いてあった。

ガラスの細い瓶に、青くて丸い花がひとつだけ。誰かが持ってきたらしい。


花にはカードがついてた。

――供儀の天使へ

あなたの勇気と誇りを、学園はずっと忘れません――


ありがたいね。

どうでもいいけど、瓶の底に入ってる水をちょっと飲んでみた。無味だった。毒じゃなかった。……よね?

毒だったら、たぶん「事件」になってた。そうなれば、私のことを “かわいそう” って呼ぶ人も出てきたかもね。


そっちのほうがよっぽどマシだな。少なくとも現実を見てる。


夜、ベッドに転がりながら配られた “供儀の手引き” をめくってた。

滞在期間。撮影班との合流時間。セラミック防護服の着方。笑顔の作り方。

どうしても笑えない場合は、口元に貼る “笑顔補助パッチ” っていうやつがあるらしい。便利な時代。快適な遠足。


最後のページに、手書きのメモがあった。


※希望者は、下層炉内への立ち入りを辞退することもできます。無理はしないように。


リゴル先生の字だ。“無理” ってなんだろうね。

“無理” って、どのへんから? どのくらいまで?

くじに当たった人間にだけ「無理しないで」って言うの、おかしくない?


下層で働いてる “個体” たちはどうなんの?

無理しないで、って誰か言ってあげたことあるの?


決めた。

観光じゃない。下層炉内に、入ってやる。できたら、“対話不能個体” を見つけてやる。


翌日の朝にはもう式典の切り抜きがSNSにアップされてた。誰だ? 私に無許可で上げた奴は。

「供儀の天使、降臨」

「涙の選出」

「祈りを込めて」


上手いこと言うなぁ、と思いながら再生してたら、ちょうど無表情の私がスクリーンに映ってて、吹いた。

“感動で言葉を失ってる” って字幕がついてた。誰がつけたんだろう。便利なテロップだなぁ。適当すぎて逆にすごい。


最近バズってる詩人のコロネリアが、その動画を引用して詩を投稿してた。仕事が早い。

――沈黙の中に、いちばん深い祈りがある。――


ヴァイス=3にそれを読み上げさせて、私はベランダに出た。昼食にリンゴをかじる。皮ごと。無言で。歯を立てて。

まだ朝の空気が残ってて、ちょっとだけ気持ちよかった。


「祈ってないんだけどなぁ」

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