第2話 臆病な自分

 あたしは『大切な友人』を、無意識に傷つけてしまっていたのかもしれない。

 彼女の事を何も知らないのに、知ったような態度で一緒に居てしまった。


 だから夜空は、あたしを置いていったのかな……。

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 いつも夢の中で、『大切な友人』の背中を追いかけている。彼女との距離は、どれだけ走っても縮まらない。手を伸ばしても、名前を呼んでも、振り向いてくれない。


 ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ……。


 アラームで目が覚めると、あたしは目から涙を流していた。彼女にとってのあたしは、どんな存在だったのだろう。


(……元気に、なったかな。また、学校で話せるかな……。)


 そんな事を考えながら、あたしは学校へ行く準備を始める。少しでも早く、夜空に会いたい。そう思うと、いつの間にか夜空と会う場所まで来ていた。


(早く来すぎたかな…。それとも、まだ入院してるかな……。もし、まだ入院してたら、帰りにもう一度会いに行こう。)


 夜空が入院して1週間が経ったが、全く会えてなかった。病院に行っても、門前払いを受けた。様子を聞いても、教えてもらえなかった。


「美空さん…?急がないと遅刻するよ?」


 たまたま通りかかった友人が、声をかけてくれた。


「え…?もうそんな時間……?」


 腕時計を見るとかなり時間が経っていた。それでも夜空は、今日もここを通らなかった。あたしは少し不安になりながらも、学校へ向かった。

 前までなら短く感じた授業も、最近は長く感じる。勉強も全く頭に入ってこず、小テストも簡単な問題ばかりなのに間違いが多かった。


(夜空…、まだ病院に居るのかな……。)


 頭の中が夜空の事でいっぱいだった。早く会いたい。それから謝りたい。そんな事ばかり考えてしまう。


「美空さん、少し良いかしら。」


 保健室の先生が、あたしに話しかけてきた。


「……大丈夫です。何か用ですか?」


 保健室の先生は、何故か心配そうな様子であたしを保健室に連れて行く。何故自分が連れて行かれてるのか、全く分からなかった。

 保健室に入るとソファに座らされる。戸惑っているあたしの様子を見て、ようやく保健室の先生は内容を口に出した。


「美空さんは確か、夜空さんと仲が良かったって、聞いたんだけど…。」

「はい、友達です。」


 保健室の先生の言葉を最後まで聞かずに、あたしは即答した。それに対して先生は、複雑そうな顔をしていた。


「夜空に、何かあったんですか……?」

「いえ、夜空さんは元気になったらしいわ。」


 先生の口から『夜空が元気になった』ということを知り、あたしは安心した。


「それじゃあ、いつ学校に来ますか?明日ですか?」


 夜空に会いたい一心で、先生に問う。しかし、先生の口から出た言葉は、


「夜空さんは、家庭の事情で遠くの方へ引っ越したわ。この事を貴女にまず伝えたかったの。」


 夜空が遠くへ行ってしまった。毎日嫌な程に夢の中で見た遠くなる夜空の背中が、頭の中をよぎる。


「引っ越した…?それってどういう……。」

「貴女が夜空さんを見つけて、助けてくれたから理由を教えるけど、他の人には秘密にしてね。」


 あたしは静かに頷き、学校側から見た夜空の家庭の事情を聞いた。酷く歪み、人としてではなく、まるで『奴隷』のように扱われた小さな少女。誰にも頼ることができず、誰からも助けられたことが無かった。そんな時に、あたしと出会った。本当の自分を隠し、傷だらけの体を動かし、空腹で倒れそうでも『普通』で居ようとした。

 でもそのせいで、今回の事が起きた。例え『女同士の友情』であっても、恨みや妬みは生まれてしまう。


「やっぱり、あたしのせいだったんだ……。」


 あたしは両手で顔を覆いながら、目の前がぐるぐると回る感覚に襲われる。先生が何か言っているが、脳が拒絶して聞こえない。

 不安で息が出来ない…。夜空が遠くへ行ってしまった理由は、あたしのせい……。あたしが傍に居なければ、夜空は閉じ込められなかった……。危険な目に遭わなかった……。

 そんな言葉が頭の中を埋め尽くしてしまう。息がまともにできなくなってしまったあたしは、そのまま意識を失ってしまった。

 どれぐらい時間が経ったのか分からなかったが、目を覚ました時には知らない天井が見えた。でも、何処かで見たことがあった。つい最近、ここに来たことがあった気がする。


「美空さん?気が付きましたか?」


 声の方へ目を向けると、知ってる看護師が居た。その人は、夜空の事を診てくれていた人だった。


「何であたし…、病院に居るんですか……?」

「覚えてないの?学校で過呼吸で倒れて、ここに運ばれてきたのよ。」


 看護師は落ち着いて教えてくれた。


「……あの、教えてもらって良いですか。」

「どうしたの?」


 あたしは看護師を真っ直ぐ見て、自分の中にある不安を聞いた。


「夜空は、あたしが嫌いになったから、面会を拒否して、何も言わずに居なくなったんですか…?」


 あたしは涙を流しながら聞いた。看護師は、「少し待ってて」とだけ残し、傍から離れた。

 待っていると少しして、看護師が戻ってきた。


「これ、夜空さんから貴女に頼まれてた伝言。あの子、手紙にして残せばいいのに、ここから離れる直前に私達に言うんだもの。慌てて書いて残しておいたわ。」


 看護師さんから、1枚の紙を受け取る。看護師は、あたしに紙を手渡すとそっと部屋から出て行った。

 あたしは紙に書かれた言葉を読んだ。それには、


『美空へ。

 もしかしたら、何度も会いに来てくれてたのかもしれないのに、断ってしまってごめんなさい。

 美空も傍で聞いてたから知ってると思うけど、ボクの体はとても醜くて汚いです。今は看護師さん達のおかげで少し体重が増えたけど、それでも身長からしたら、まだ軽い方らしいです。体のアザは、完全にとは言われなかったけど、時間と一緒に無くなっていくそうです。いつか目立たなくなるくらいに綺麗になったら、温泉に行ってみたいです。美空とは……、もう会えません。ボクのせいで嫌な思いをさせてしまいました。ごめんなさい。助けてくれたのに、直接お礼も言えず、酷い事をしてごめんなさい。これからはボクの事を忘れて、美空の人生を歩んでください。今までありがとう。ボクにとって『大好きな友達へ』。


 生まれ変わったら、また会おうね。

 そしたら、今度はずっと『友達』で居よう。


 夜空より。』



「何だよ…、ばかぁ……。何が『ごめん』だよ……。あたしの方が『ごめん』って言いたいよ……。離れないでよ…傍に居てよ……君がどんな姿でも…あたしは気にしないから……。一緒に居てよ……。一緒に温泉行こうよ……。」


 あたしは涙が止まらなかった。謝罪と別れの言葉。それしか書かれてなかった『手紙のようなもの』に、夜空の居場所は何処にも書かれてなかった。

 しばらくして、看護師さんが戻ってきた。泣きつかれて目が真っ赤になったあたしを見て、言葉を探していた。


「……あたし、家族が居ないんです。」

「えっ?」

「まだあたしがお腹にいる頃に、父は仕事の同僚に自殺するまで追い込まれて居なくなりました。母はあたしの事を1人で育てようとして、過労で亡くなりました。」


 こんな事を看護師さんに伝えて何になるんだろう。あたしは何で自分の事を話し始めてるんだろう。頭の片隅にそう感じながらも、あたしは続けた。


「……両親が居なくなってから、あたしは一人暮らしになって、家に帰っても誰も居ない毎日でした。友人は居ましたが、皆少し距離があって、あまり仲良くなれませんでした。」

「そんな時に、夜空さんと出会ったの?」

「はい…。母を亡くした頃のあたしとそっくりだったんです。いつも猫背で、下ばかり向いてて、一人になると不安に負けそうになってて、泣きたくても泣けない。そんな姿がそっくりだったんです。」


 あたしは昔の自分と本当の自分を言葉にした。自分の事を隠してたのは、夜空ではなく、自分の方だと。看護師さんは静かに聞いてくれた。

 どのくらい話したのか分からなかったが、気が付いた頃にはあたしは眠ってしまっていた様だった。少し重く感じる頭を少し押さえながら、ベットから起き上がり、夜空からの『手紙のようなもの』を読み返す。


 会いたい。

 もう、失いたくない。

 傍に居てほしい。


 それだけが心の中に強く残っていた。何処に行けば会えるのだろう。移動はどうしよう。お金は?今のあたしには、学校に行くよりも夜空が大切だった。いろいろと考えていると、看護師さんが様子を見に来てくれた。看護師さんはあたしの顔を見ると、


「探しに行くの?」


 と、聞いてきた。


「はい。夜空はあたしの為だと思って離れたんだと思うけど、こんなのはあたしの為じゃない。あたしの為を思うなら、傍に居てほしい。それを伝えに行く。あ、えと、伝えに行きます。」


 あたしの言葉を聞いて看護師さんは微笑むと、住所の書かれた紙を渡してきた。


「会いに行くならちゃんと学校に行って、夏休みとかに会いに行きなさい。貴女を見てると、今すぐにでも飛び出しそうだもの。」

「え、勝手にあたしに教えて良いんですか…?」

「あの子、自分で気付いてなかったみたいだけど、毎日寝言で貴女の名前を口に出してたのよ?だから、私からもお願い。時間がかかっても、あの子の傍に居てあげて。」


 看護師さんの真剣な顔に、あたしは頷いた。その日は病院から帰り、夜空に心配をかけないように学校へ行き始めた。夜空にちゃんと堂々と会うために、夏休みの予定を夜空の為に使おうと思った。。


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「美空さん、夏休みに予定とかある?」


 学校の帰り道に、友人達が聞いてきた。


「ちょっと1人で、遠くまで行こうと思って。」

「旅行?私達も行きたい!」

「あー、えと、ごめん。向こうで『友達』と会う約束してて、一緒に居るつもりなんだ。」

「えー、ならしょうがないか…。」

 明日から夏休み。明日は出来るだけ早く新幹線に乗って、夜空の所まで行くつもりだ。嬉々とした気持ちと不安な気持ちが混ざり合う中、会うことだけを考えることにした。


「そういえば、美空さんが少し前まで一緒に居た子なんだけど。」

「え?」

「ほら、あの背の小さい子。名前は分からないんだけど、大変だったんだね。」

「あぁ、何か家で酷いことされてたんでしょ?親の知り合いに犯されたりとかされてたらしいし。ウチだったら自殺してるかも……。」


 友人達は夜空のことを話してた。ただの噂程度の内容ばかりだった。どれが本当で、どれが嘘なのか。あたしにも分からなかった。


「……明日から、その子の所に…行こうと思ってるんだ…。」


 あたしは友人達に伝えた。嫌われるかもしれない。変な奴だと思われるかもしれない。でも友人には、嘘は言いたくなかった。


「良いじゃん。」


 友人の一人が答えた。


「確かに、今まで酷いことされてきて辛かったのに、誰も会いに来てくれないとか寂しすぎるし。」

「ウチらが行っても、話が訳分かんなくなっちゃうから、『親友』の美空が行けば大丈夫でしょ。」


 友人達は皆、否定しなかった。止めなかった。


「ありがとう、頑張ってくる。」


 あたしは笑顔でお礼を言うと、家に走って帰った。


「あの顔は…惚れてますな……。」

「惚れてるね。」

「あんな美人に惚れられるなんて、羨ましいな。」



 家に着くと、荷物をまとめて何度も確認をした。忘れ物が無いか、必要な物は十分か。何度も確認をして、カバンにしまっていく。


「明日すぐに、会えるかな……。」


 あたしは夜空の事ばかり、ずっと考えていた。夜空のことを考えると、胸の何処かがドキドキとして、一緒にいろんなことをする妄想までしてしまう。


「何考えてんだろ、あたし……。早く寝よ……。」


 ふと我に返り、自分で恥ずかしくなった。

 布団に入り、寝ようとするがなかなか寝付けないまま、朝になった。

 まだ寝ぼけている頭でフラフラとしながら、出かける準備をする。洗い物を出さないように簡単に朝ご飯を済ませ、家を出る。

 バス停まで歩き、着いた頃に丁度バスが来る。幸先が良いなと感じながらも、バスに揺られながら、駅まで向かう。天気は快晴。雲一つない空に、夏にしては気温も高くなかった。それから無事に駅に着き、新幹線の切符を買いに行くも、


「いや、たっか……。」


 新幹線なんて修学旅行でしか乗ったことがなかったせいか、物凄く高く感じる。そんな高いものを周りの大人達は平然と買っていく。


(夜空に会うためだ…。これくらい安いもの……!)


 無事に新幹線に乗ったあたしは、既に虫の息になりそうだった。切符を買った後に、自分が乗る新幹線を探すのが大変だった。天井に付いている案内板を見ようとしても、人の流れに流されそうになり、目の前がぐるぐるとした。


(……夜空に会うため。酔い止めの薬も飲んだし、あとは数時間乗ってれば、距離的にはかなり近付いてるはず……。)


 そんな事を考えてるうちに、新幹線は全く音を立てずに進んでゆく。音がしないせいでゆっくりに感じてしまうが、窓の外の景色はどんどん変わっていく。


(夜空も、同じ景色を見てたのかな……。)


 夜空はこの景色を見ながら、何を思ったんだろ。遠ざかる住んでた街を見ても、あたしの事は思い出さなかったのかな。

 そんな思いの中、新幹線はどんどん進んでゆく。あたしは少し眠気を感じたが、スマホを取り出し、時間を確認する。まだ到着には時間があるし、少しだけなら大丈夫。そう思い、貴重品だけはしっかりとカバンの奥に入れ、カバンを抱えるようにして少し寝ることにした。


 また夢を見た。

 夜空に会えて、何かを沢山話して、沢山笑って、何処か分からない薄暗い建物に二人で入った。

 進むことを渋る自分を置いて、夜空は笑顔で奥へと進んでいく。あたしは怖くなり、夜空を追いかけた。追いかけた先には沢山の扉。夜空の姿は無かった。あたしはどんどん怖くなり、扉を次々と開けていく。どの扉を開けても居ない。残り1つの扉。ドアノブは錆びてるような感じがして、とても重かった。その扉を開けると、


『夜空が首に縄を付けて、天井からぶら下がっていた。』


 はっと目が覚め叫びそうになったが、口を押さえて我慢する。横目で周りを確認すると、誰もあたしの事を気にしていなかった。

 あたしはカバンからお茶を取り出し、ひと口だけ飲む。


『ウチだったら自殺してる。』


 友人の言葉を不意に思い出す。


(……やめて。…やめて。……………やめて。)


 自分に言い聞かせながら、新幹線の次の到着駅を確認すると、目的の駅になっていた。少し早いが、あたしは嫌な夢のせいか降りる準備を始めていた。荷物をまとめ、忘れ物の確認を済ませると出口へと向かった。

 無事に駅に着き新幹線から降りると、駅の外に居るタクシーに住所を見せて乗せてもらった。

 タクシーのおじさんは、「その住所、田舎の方だけど大丈夫?」と聞いてきたが、「大丈夫。」とだけ答えた。それからは、ガタガタ道に揺られながら、田舎にありがちな1階建ての大きな家にへと辿り着いた。

 あたしはタクシーのおじさんに料金を払い、車から降りる。


「……ここに、夜空が居るの?」


 まだ夜空と別れてから、そんなに経っていない。それでも、長く感じてしまう自分が居た。

 あたしは緊張してきて、手が震える。心臓の鼓動もどんどん早くなる。

 居る?本当にここに?もし違う家だったら?その時は家を教えてもらおう…。まずはチャイムを……、ってチャイム何処?!えっ?敷地の中に入らないと、チャイム無いんだけど?!普段ここの皆はどうやってるの?長い棒で押してるの??

 そんな馬鹿みたいな事を考えていると、


「あのー…、うちに何か御用ですか?」


 後ろから急に声をかけられ、口から心臓が飛び出そうな程に驚いてしまった。


「あぁあっ、えぇっと、よよよよ、よ、夜空さんがこのお家に!!い、いらっしゃるってきき、聞きましてぇー!!」


 自分でも呆れるぐらい、あたしはパニックになっていた。


「………え、美空?」

「えっ、夜空……?」


 パニックになっていたあたしの目の前に居たのは、長くて綺麗な黒髪に、小さな背丈。目元からはクマが無くなり、肌艶も綺麗になった夜空が居た。

 夜空の手から、少し古びた自転車が地面にゆっくりと倒れたが、あたし達は二人して固まってしまっていた。


「……何でここに居るの?」


 夜空は目を合わせないように顔を背ける。


「会いに来た。」

「『さよなら』って言ったじゃん。」

「あたしは言ってない。」

「でもボクは…!」


 夜空が何を言おうとしたのか、あたしは聞かないように夜空を抱きしめた。夜空に会えた。元気に生きている。ずっと、会える日を待っていた。


「み、美空……。苦しぃ…。」

「うるさい。勝手に居なくなりやがって。……何が『ごめん』だよ。謝らないといけないのは、あたしの方なんだよ…。」

「……美空は何も悪くないじゃん。ボクが居たから、美空に迷惑かけて、嫌な思いさせて、悲しませて……。」

「全部、夜空のせいじゃない!夜空の事を何も知らないのに分かってる気になって、夜空が一人で傷付いてる事にも気付いてなくて…、夜空の家のことも……、相談にのってあげられなくて……。グスッ…。」

「美空…?泣いてるの……?」

「泣いてるよ!夜空に泣かされた!あたしにとって『大好きな大好きな可愛くて大切な人』に泣かされたの!」


 夜空はビクッとしたが、「ごめん。」とだけ言い、あたしが落ち着くまでの間、優しく抱きしめてくれた。



「今、遠い親戚のお婆ちゃんと一緒に暮らしてるんだ。」

「……知ってる。」

「あと高校だけど、中退した。」

「……何それ、初めて聞いた。」

「うん。美空には初めて言ったから。」


 今の夜空が住んでいる家に上がらせてもらって、大きめのソファに二人で座り、お互いの事を話していく。

 夜空からは、今の事しか教えてもらえなかった。あたしはそれでも大丈夫だった。今が元気にしてるなら、それで嬉しかった。


「美空は?あたしのせいで、お母さん達に心配かけたと思うけど、大丈夫だった?」

「あー、大丈夫だよ。あたし、両親居ないんだぁ。」

「……あ、ごめん。」

「ふふっ、大丈夫。毎年誰かに聞かれてる定番のやつだから。」

「……ごめん。」

「だから、大丈夫だよ。」


 また会話が途切れてしまった。久しぶりに会ったせいか、上手く会話が続かない。


「そういえば、一緒に暮らしてるお婆ちゃんは?挨拶したいんだけど。」

「あ、今あの人は近所の仲の良い人達と暫く旅行に行ってる。『大人になっても、夏休みは要るんだー!』って言いながら、ボクの事を心配しながら昨日行った。たぶん今日は、旅行先で温泉に入ってると思う。」


 温泉…。やっぱり夜空はまだ入れないのかな……。そんな事を考えていると、


「……今なら誰も居ないし、ボクの体…見てみる……?」

「……へ?」


 夜空からの突然の言葉にあたしはドキッとしたが、夜空の昔のことを思い出し、夜空が体を見せると何処かに行きそうな気がして怖くなった。


「……あたしに見せたら、何処かに行くの?」

「いや、何処にも行かないけど……?」


 あたしの心配を気にしてないのか、夜空はTシャツを脱ぎ始める。あたしは目を反らしていいのか分からなかったが、夜空の覚悟をちゃんと見届けることにした。


「……まだ少し残ってるけど、昔よりかなり綺麗になったんだ。」


 そういう夜空の体は、まだ見て分かるぐらいアザがいくつか残っていた。特に背中は数が多く、夜空が鏡で見えづらい場所に集中していた。


「……痛くないの?」

「全然。最近は寝てても痛くないから、ぐっすり眠れるんだ。」


 嬉しそうな夜空をそっと抱きしめる。夜空は不思議そうだったが、あたしは、


「……良かったね。」


 としか、言うことが出来なかった。

 あたしは夜空の痛みを知らない。だから、夜空がずっと心配だった。


「あ、そうだ。」


 夜空はあたしから離れてTシャツを着直すと、リュックの中から紫のスマホを取り出し、あたしに見せてくる。


「連絡先、交換しよ。まだお婆ちゃんとバイト先しか登録してないから、美空と交換したいなー…なんて。」

「スマホ買ったんだね。良いよ、交換しよ。あ、普通に連絡先を交換するよりも、このアプリ入れてやった方がー…。」


 夜空は嬉しそうにニコッと笑うと、あたしに肩をくっつけてくる。

 やっと夜空と女の子同士の会話が出来た。そんな夜空のスマホの待ち受けは、綺麗な星空の写真だった。


「その待ち受け…、もしかして夜空が撮ったの?」

「これ?お婆ちゃんに買ってもらった夜に、何となくだけど庭から撮ってみたの。」

「良いじゃん。めっちゃ綺麗。」

「美空のは?」

「え、あたしの…?あたしのはちょっと…夜空には見せられないかなー…なんて。」

「えー、良いじゃんかー。」


 夜空はあたしの手からスマホを取り、待ち受けを見てしまう。


「……何でボクの写真?しかも寝顔?!いつ撮ったの?!」

「……いや、あの時はちょっとイタズラで撮っただけだったんだけど、夜空が居なくなってから、寂しくて……。」

「……じゃあ、ボクも美空の写真にする。」

「えぇっ!夜空のは良いのがあるじゃん!」

「そうじゃなくて、お互いの写真を待ち受けにしてると…その……、ボクは嬉しいなー…って思ってたりして……。」


 夜空の顔が少し赤くなっていく。


「んー……。じゃあ、ツーショ撮ろ。」

「ツーショ?何それ。」

「ツーショット。二人一緒に写真に写るってこと。それを二人で待ち受けにしよ。」

「……美空は、嫌じゃないの?」

「嫌じゃない。あたしはむしろ夜空がそんなに可愛いことを言ってくれるなんて、嬉しくて堪らないぐらいだよ。」

「……なんか、美空が残念な美人になってしまった。」

「あたしなんかよりも、夜空は嫌じゃない?」

「ボクは…嫌じゃないよ。美空となら大丈夫。」


 それから二人でいろんなツーショットを撮った。お互いに変顔をしてみたり、アプリで加工してみたり、楽しい時間がどんどん過ぎていった。


「あ、もうこんな時間……。」


 時間を見ると19時になっていた。外も薄暗く、夜空に会うことばかり考えていたあたしは、泊まる場所も考えていなかった。


「……美空、帰るの?」

「夏休みの間はこっちにずっと居るつもりだったんだけど、泊まる場所考えてなくて、ちょっとヤバいかも……。」

「美空が良ければ、うちに泊まる?お婆ちゃんにも電話で伝えるし。」

「ほんとに!ありがとうございます!助かります!」


 夜空が天使に見えた。いや、天使だった。

 夜空は隣の部屋でお婆ちゃんに電話をしている中で、あたしは緊張していた。


(『大好きな友達』と、一つ屋根の下…。まさか同じ家に泊まれると思ってなかったから、心臓がヤバい……。)


 隣の部屋で電話が終わった夜空が、戻って来る。


「お婆ちゃんは全然大丈夫だって。夏休みの間、ずっと居ても良いって言ってたし。」

「あっ、は、はぃ!宜しくお願いします!」

「何で緊張してるの?」


 ペタペタと歩いて近付いてくる夜空に、あたしはドキドキしていた。そんなあたしを見て何を思ったのか、夜空はあたしに抱きつく。


「よ、夜空?!どうしたの!?」

「うん…。美空が会いに来てくれて、『大好き』って言ってくれて、ありがとうって言いたくて。」

「……うん。夜空になら、沢山言うよ。『大好き』。」


 夜空を抱きしめると、夜空はあたしの胸に顔を埋める。


「……何してるの?」

「………ボクも好きだよ、美空のこと。」


 よく見ると夜空は耳まで赤くなっていた。そんな様子を見て、あたしは少し安心した。夜空に想いを伝えられて、夜空の想いを聞けて。

 明日は何をしよう。夜空はアルバイトだろうか。もしそうなら、何かしてあげたい。


「夜空、明日はどうするの?」

「……明日?アルバイトも連休もらってるし、お婆ちゃんの畑の様子を見に行ったりして、あとは適当に過ごそうとしてたけど。」

「あたしも手伝って良い?」

「良いけど……、服汚れちゃうよ?」

「大丈夫。少しでも夜空と居たいから。」

「……ばーか。」


 そんな話をした後、夜空と料理をして、一緒にお風呂に入った。それから二人で同じ布団に入り、夏休みの間に行きたいところや、してみたいことを話した。とても楽しく、夜空はいつの間にか眠ってしまっていた。


「おやすみ、夜空。」


 隣で眠る小さな女の子を優しく抱きしめ、あたしも眠りについた。


 きっと、もう悪夢は見ない。

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