一日目―目覚め、そして崩壊

 「この国は終わりだ」

彼は自室で毒を飲み、眉間を拳銃で撃ち抜いた。銃声と共に銃創からは脳髄が飛び散り、血が吹き出し、意識は失われ瞳孔が開いた。

――直後、部屋に駆けつけた部下が死亡を確認し、

  彼は人々の認識の中で、生命活動の上で死亡した。

筈だった。

気がつくと、広場に立っていた。建築から見て欧州の何処かであろう。それどころか、帝国の首都広場にすら見える。

だが、街は活気に溢れ子供は笑顔で走り抜け、貴婦人たちは談笑している。敗戦前夜の首都でこのような景色を見れるわけがない。

 ならばここはどこだろう。欧州は戦火に包まれ、最早明るい風景など見れはしない。ならば東洋だろうか?いや、それはない。

それに、中東はここまで発展していない。では旧大陸ではなく新大陸であろうか。いや、新大陸の気候とは遠くかけ離れた気温,空,湿気だ。

ならばここは本当に何処なのだろうか。現代技術で宇宙の別の星へ行くことは出来ない。

 駄目だ。これ以上考えても時間の無駄である。こういった時には、人に聞くのが一番なのだ。

「そこの貴婦人、少々良いだろうか。」

そこで談笑していた貴婦人に声を掛ける。しかしその反応は予想と遠くかけ離れたものであった。

あろうことか、彼女は私を見るやいなや「貧民が話しかけるな」と言い出すのだ。総統に向かって、だ。

「私が貧民に見えるのか」私は聞いた。「ええ、見えるわ。寧ろ貧民じゃなければあなたは何なの?」

「貴様!総統に向かって何たる口の聞き方だ!恥を知れ!」私は声を張り上げる。だが、彼女は怯えることなく続ける。

大声を上げようとも、拳銃を取り出そうともせず。

それどころか、私に侮蔑の目を向ける始末だ。

私は怒りに震えつつも、彼女に問う。「何故私が貧民に見えるのだ。」

彼女の答えは至ってシンプルなものだった。

「自分の服を見てみなさいよ。そんなボロボロの服、貧民じゃなきゃ着ていないわ。」

その時私は初めて自分の服の粗末さに気づく。地下壕にいた時、服はこんな様子ではなかった。

 私は酷く顔を紅潮させ、彼女に謝罪した。婦人はそれを聞き終えた後、何処かへ行ってしまった。私は混乱しながらも、自分の服をまじまじと見つめる。灰色の服に所々破れが見える。確かにこれは貧民の服だ。

では何故?地下壕にいた時のあの清潔な服は何処に行ってしまったのか。それに、ここは何処なのだ。私の頭の中に疑問が浮かび続ける。

その答えを知るべく私はまた歩き出した。幸いにも、私が見慣れぬ土地であってもここの交通網は優秀であった。

路面電車や蒸気機関車などが当たり前のように通りを行き来しているのである。それに乗ることで、帝国の首都まで行くことが出来ると考えた。

路面電車が走っているならば、ここは帝国のはずだ。ならば機関車に乗ることで首都に着くだろう。

 駅に到着した私は、切符を買おうとマルクを取り出し、駅員に差し出す。しかし彼はこう告げる。

「なんだこの紙切れは、人の顔写真に……ヘビの絵?兎に角こんなものは使えない。ほら、冷やかしならさっさと帰れ!こっちも商売でやってるんだ」

何もかもがおかしい。帝国の通貨はハピエルマルク、そして帝国鉄道は国営で、決して商売ではない。私は慌てて駅員に尋ねる。

だが、駅員も知らぬ存ぜぬの一点張りである。それどころか私に罵声を浴びせる始末だ。

そして殴りかかろうとした瞬間、背後から誰かに引き倒されてしまう。警官だ。警察官が私を拘束しようとするのだ。私は抵抗したが、結局捕らえられてしまった。

その後私は留置所に連れていかれることになったのだが……

 留置所の中は酷い有様だった。床は泥で汚れており、壁もボロボロでとても人が住める場所ではなかった。そもそも何故私が捕らえられている?

私は総統で、誰もが顔を知っているはずだ。それにもかかわらず駅員は嘘を吐き、警察は私を拘束する。いよいよ頭がおかしくなりそうだ。

突然睡魔が襲ってきた。ここまでの眠気の前には抗えず、私は眠ってしまった。

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