☁️ サイドストーリー⑤「まっすぐすぎる風景」

(飯田 真琴 視点)


 


ずっと昔から、紗羽は変わらなかった。


目の前のことにだけ、まっすぐだった。

約束をすぐ忘れるし、鍵も水筒も何度も落とすし、

作文のテーマを毎回“空が綺麗だった話”にするのも謎だったけど──

なぜか、憎めなかった。


 


「紗羽ってさ、ずるいよね」


それが、私の口癖になったのは、いつからだっただろう。


 


私はちゃんとしていた。

忘れ物も少なかったし、音読も上手くて、作文も書けた。

“しっかり者の真琴ちゃん”って、ずっと言われてきた。


それは、嫌じゃなかった。

でも、気づかないうちに「期待」に変わっていった。


 


保育士になったのも、「向いてそう」って言われたからだ。

でも本当は、たまに思っていた。


──「私って、何がしたいんだろう?」


紗羽は違った。


 


やりたいことが明確だったわけじゃない。

だけど、「やりたくないこと」は一度もやらなかった。


それが、すごかった。

それが、まっすぐで羨ましかった。


 


AIRの決勝大会。

会場の後方、客席の隅で、私は息を詰めるように見ていた。


無音。

拍子も、照明も、指揮もないステージ。


でも、世界が、あの子の動きに“黙って従っていた”。


私にはもう、声をかける資格なんてないように思えた。


だって、あの子は、もう遠くにいる。


私はまだ、どこにも行けていないのに。


 


会場を出たあと、私は録音メモをひとつ再生した。


中学生のとき、紗羽が私に送ってきたボイスメッセージ。


「ねぇ真琴。

 私って“変”だと思う?

 たまに、自分のことがよくわかんないの」


そのとき私は笑って、


「うん、変だよ」って返した。


でも、本当は少しだけ──

その“わからなさ”が、ちょっとだけ羨ましかった。


 


今なら、言える。


「紗羽、まっすぐすぎるよ」って。

でも、そのまっすぐさが、

私の中の“止まってた何か”を、少しだけ動かしてくれた。


 


ありがとう。

私は、あなたみたいにはなれないけど──


私なりのスピードで、

私の“風景”を見つけてみるよ。


 


もう一度、メモ帳を開いて、こう書いた。


「明日、ちょっとだけ遠回りしてみようと思う」


それは、私にとっての最初の即興だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る