🌸 サイドストーリー④「折りたたまれた地図」

(安藤 梨央 視点)


 


私は、間違えるのが怖かった。


 


小さい頃から、“正確な子”だったと思う。

時間通りに来る。ノートを取る。空気を読む。

身体も、音楽も、拍子通りに動いた。


「ちゃんとしてるね」って言われることが、

私にとっては“愛されている”ことの証明だった。


 


リズムを揃える。

空気を合わせる。

誰かの期待に沿って、美しく動く。


それは、褒められるために必要なことだった。


 


だけど。


AIR本戦前の合同練習で、

初めて“あの子”と即興ペアになったとき、

私の中の地図が、ぐしゃぐしゃに折れ曲がった。


 


羽田紗羽。


動きは不安定で、拍子も定まっていなくて、

合わせにくくて──正直、最初はイライラした。


「もう、ちゃんとやってよ」

そう言いかけた。

でも、その言葉は喉の奥で止まった。


彼女は、私のことを見ていなかった。


怒らせようとしているんじゃない。

ズラしているわけでも、逆らっているわけでもない。


ただ──“自分の音”で動いていただけだった。


 


私は、怖くなった。


「私がずっと合わせてきた拍子は、

 本当に“自分のリズム”だったの?」


 


誰かのために正確に生きることは、

いつしか“自分の人生を折りたたむ”ことだったのかもしれない。


親の言うこと。

先生の評価。

社会が求めるテンプレート。


地図はいつも他人が描いたものだった。


 


だけど、紗羽の動きは違った。


“この瞬間しかない”って顔で、

目をそらさず、空を切る。

うまくいかなくても、止まらない。

評価されていなくても、前に進む。


まるで、

“自分の足で地図を踏みしめて、描きなおしている”みたいだった。


 


私はずっと、

誰かに拍子をもらって生きてきた。


でも──


もしかしたら、

“地図を手放す勇気”こそが、

表現の最初なのかもしれない。


 


大会のあと、私は自分の手帳を開いた。

びっしり書き込まれた予定表。

使い慣れたマーカーの色分け。

きれいに整理された行動記録。


それを、破った。


怖かったけど、

でも、少しだけ心が軽くなった。


 


私はまだ、自分の地図を描き始めたばかり。

不器用で、ぎこちなくて、どこに向かってるかも分からない。


でも──

その“分からなさ”に、

ちょっとだけ憧れていたんだと思う。


 


紗羽。

君が見せてくれた世界は、

ちゃんとしてなくても、美しかった。


ありがとう。

私も、歩いてみるね。

折りたたまれていない地図の上を。

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