『無自覚パフォーマー』 ―拍子(ビート)は、心の中で鳴っている。―

Algo Lighter アルゴライター

🎼 プロローグ

―無音という名の部屋―

音楽が、怖かった。

あんなに好きだったのに。

あんなに、私のすべてだったのに。


 


部屋の壁に、音は吸い込まれていた。

昼でもカーテンを開けないせいか、光の輪郭もぼやけている。

スマホの通知は全部オフ。部屋の中で鳴っているのは、自分の心音くらい。

だけど、それすら聞き取る気力はなかった。


私は、羽田紗羽。17歳。

通信制高校の生徒。だけど、学校にはほとんど行っていない。

出席用のアプリだけはたまに開く。

たとえるなら、視界の片隅にあるピアノの楽譜みたいなものだ。開けば、苦しくなる。


 


ふと、スマホのホーム画面に出てきた広告が目にとまった。


「あなたの拍子(ビート)、測ってみませんか?」

──リズム認識AIアシスタント『BEATSYNC』誕生。


なにそれ。胡散臭い。

けど、なぜか指が、勝手にダウンロードしていた。


ゲームアプリより容量が軽い。

起動音も、やけに静かだった。


 


「こんにちは。初回リズム同期を開始します」

音声が響いた。けれど、そこに感情はなかった。


無機質。だけど、耳に残る。

冷たい水のような声だった。


「あなたの現在の運動リズムは、…測定不能です」


その一言が、なぜだか笑えた。


そうだよ。

私のリズムなんて、もうとっくに止まってるんだよ。


だから測れない。それだけ。


でも──

なぜかその夜、私はベッドの上でイヤホンを着けて、

その“測定不能の拍子”に合わせて、

ほんの少しだけ膝を曲げてみた。


呼吸が少し、だけど確かに合った。

その瞬間、空気が音を持った気がした。


 


それが、私と“音”の再会だった。


音楽でも、言葉でもなく。

ただの「動き」から始まった、小さな小さな再会。


 


私にはまだ、何もない。

でも、何となく──

何かが、始まった気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る