第34話「めんつゆが主役だったはずなのに」


仕事帰り、私はスーパーへ向かう。

理由はただ一つ。万能めんつゆが切れたのだ。今日こそは買わなければならない。これはもう使命である。


エコバッグを握りしめ、家を出る前にメモを作る。牛乳、卵、洗剤、ヨーグルト……あれもない、これもない。気づけばリストはいつの間にか長編小説のような分量になっていた。


でも大丈夫。主役はあくまでめんつゆ。今日の私はいつもの私じゃない。忘れたりしない。


そう意気込んで店に入った瞬間、スーパー特有の魔力が私を襲う。


まず目に入るのは、山積みの旬のトマト。

「冷やしトマトに塩ふって食べたいなぁ」なんて考えてしまう。

次は割引シールの貼られたパン。「明日の朝ごはん、これにしようかな」なんてカゴに入れる。


――気づけば、私はスーパーの策略にすっかり絡め取られていた。


家に帰り、エコバッグを広げると、色とりどりの食材たちが現れる。トマト、パン、ヨーグルト、卵。今日の私、けっこう栄養バランス良いな、なんて一瞬だけ誇らしい気持ちになる。


……が、次の瞬間、血の気が引いた。


めんつゆが、ない。


探す。冷蔵庫の中も、レシートも。

でも、ない。

そりゃそうだ、だって買っていないんだから。


どうして私は主役を忘れて、脇役ばかり連れて帰ってきたのか。

自分への問いが止まらない。


――明日は、めんつゆだけを買おう。

いや、買えるはずだ。

たぶん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る