第10話 人間は生まれながらにして自由であるのに、至る所で鉄鎖に繋がれている

 数日の航海の末、やっと到着した。私の名前はムウニス=ラマダン。使節団の団長をしている。

 これから約1か月の間、隣国である”ギーニア王国”に使節団としてこの国との友好関係を結ぶ為に派遣された。また、この国の文化や政治、経済などを勉強させて貰う。今回は私を含め10名で構成している。

 船を降りると、港ではこの国の第2王女が迎えてくれた。

「アセプト公国の使節団の皆さま、お待ちしておりました。この国の第2王女フォリーナ=ペル=アーと申します。こちらはここの領主ハーミド=アル=メンネフェルです」

「初めまして。ハーミド=アル=メンネフェルと申します。お会いでき光栄です。数か月前に地震の被害に遭いまして……まだ街が十分に復旧しておらず、騒がしい場所もあるかもしれないですが、ご容赦頂きたい」

「これはこれは。王女殿下、お初にお目にかかります。私、当使節団の責任者をしておりますムウニス=ラマダンと申します。これから約1か月の間、お世話になります。メンネフェル殿、地震とは大変な目に遭いましたね。そんな時に訪問してしまい申し訳ない。そのような大変な時に受け入れて下さった事、感謝致します」

「とんでもありません。どうぞ数日間ではありますが宜しくお願い致します」

 そう領主は深々と頭を下げた。

 王女殿下は王都はここから15日程度かかると仰っていた。この街は周りを砂漠地帯に囲まれており、陸の孤島となっているらしい。

 文化も王都と違い、独自の文化が根付いていると言う。とても興味深い。数日間ここに滞在し、王女殿下と領主メンネフェル殿が案内してくれるという。

「今日は長旅でお疲れでしょう? 私の邸に心ばかりではありますが、酒宴の席を設けております」

「お心遣い痛み入ります」

 馬車に乗り、船着き場から緩やかな坂道をひたすら真っすぐ30分程馬車を走らせると領主の邸に到着した。

 料理はスパイシーな味付けが多く、エールとよく合う。私の国、アセプト公国も年中気温が高い国なので比較的スパイシーな味付けが多い。そう言った意味ではギーニア王国と同じだ。

「どの料理も凄くおいしいです。エールとよく合い食がすすみます」

「そうですか。それはよかった。本日ご用意させて頂いたのは、この国で昔から食べられている伝統的な料理です。アセプト公国も年中気温の高い国だと聞き及んでおります。アセプト公国もスパイシーな味付けが多いですか?」

「そうですね。私なんかは子供の頃はスパイシーな味付けが苦手で……よく両親を困らせたものです。けれど、大人になると味覚も変わってくるもので、今では辛くないと物足りない気がします」

 宴は盛り上がり、当使節団は料理に舌鼓をうった。


 翌日、王女殿下が街で待っているとのことだったので午前中には領主の邸を出た。

「おはようございます。昨夜はゆっくりとお休みになれましたか?」

 王女殿下はとても親しみやすい笑顔で挨拶をしてくれる。

「はい。メンネフェル殿がとても素晴らしい酒宴を用意して下さいました」

「それはよかったです。本日は、港の方をご案内したいと考えてます」

 メンネフェルはギーニア国で唯一海に隣接している領地だそうだ。しかし、王都までは距離があるため、海産物を運ぶ事ができず海の幸はこの領内でしか食べられないのだという。

 港のほうではスークという市場がある。庶民はこのスークで買い物するらしい。穀物や果物、魚介類など様々な店が並んでいる。

「あの、今日は是非お連れしたい場所があるんです」

 王女殿下はそう言って一軒の店の前で立ち止まる。

「こちらです」

「オフサルマパティ……?」

 店の中に入ると、驚愕した。店の中に大きな木が植わっているのだ。それに驚いたのは私だけではない。副使、理事官、書記官、留学生に至るまで一様に口を半開きにし、その木を見上げている。

「あの、ここは?」

「食堂です」

 王女殿下は笑顔でそう返した。領主殿に視線を移すと、領主殿までも口を半開きにしているではないか。

「メンネフェル殿は来られた事はないんですか?」

「恥ずかしながら私は一度も。ただ、私の妻と子供たちはよく訪れているらしく、話だけは聞いておったのですが……実物を見ると正直驚いてしまいました」

 領主殿はそう言って、再び店の真ん中にそびえ立つ木に目をやった。

「お待ちしておりました」

 1人の青年が近寄ってきて、頭を下げる。

「こちら、この店のオーナーのウマルです」

 王女殿下はそう紹介してくれたが、どう見ても成人したての年ごろに見える。青年は席まで案内してくれた。我々が席に着くと、数名のまだ成人してない年ごろのウェイターが水の入ったコップと濡れた布を各席に置いてくれた。

「お食事をご用意しますので、暫くお待ち下さい」

 オーナーと紹介してくれた青年も奥に引っ込んでいった。

「王女殿下……ここは? 子供だけしか見かけないのですが?」

 失礼かとも思ったが、使節団総意の許訊ねた。

「そうなんです。変わってますよね。でも、ここの体制を知ったらもっと驚かれると思います」

 王女殿下は含みのある言い方をして、言葉を切った。これは後で説明してくれるのだろう。そう考えて私もそれ以上質問するのを止めた。

「あの……この濡れた布はどういう……」

 副使を務めるタイムッラー=アル=バダウィーが王女殿下に問う。確かに、これは何のためにあるのだろう?

「あー、これはこうして使う物なんです」

 王女殿下は布を広げ、手を拭き始めた。

「なるほど! 手の汚れを落としてからご飯を食べると言うことですね?」

「そうです。中にはこれで顔を拭ている人もいるんですよ? よく冷えていて気持ちいいみたいですね」

「なるほど、なるほど! 確かによく冷えていて気持ちいい」

 皆それぞれ感心しつつ手を拭いた。それにしても、行き届いたサービスだ。今まで色々な国へ使節団として訪れたが、これは初めてだ。

「お待たせ致しました。こちら”ジャダジュ南蛮定食”でございます」

 先程の青年とは違う青年が料理を運んできた。

「こちら、先程のウマルと共に共同経営しているイツキです。店内の装飾は彼のアイデアなんです」

 王女殿下に紹介され、青年は軽く頭を下げる。

「本日は、お越し頂きまして誠にありがとうございます。私イツキ・タナカと申します。お時間のゆるす限り、ごゆっくりとお寛ぎください」

 そう言うなり、彼は早々にその場を離れようとしたので私はつい手を取った。

「すまないが、君の口から料理の説明をしてくれないだろうか?」

 青年の容姿は初めて目にする容姿をしていた。私が知るどの国にも部族にも彼のようなさっぱりとした顔立ちに真っ黒な瞳は見たことがない。酷く興味をそそられた。

 青年は暫し固まっていたが、すぐに満面の笑顔になり

「それでしたら、料理長を呼んでまいりましょうか?」

 そう言うと、私の返事も待たず調理場のほうへと引っ込んでしまった。

「お待たせ致しました。当店で料理長をしておりますディーマと申します」

 料理長として来たのは、年端もいかない少女だった。

「君が料理長かね?」

 そう問うたのは使節団の理事官である経済学者のニザーム=アル=クラシーだ。

「はい。私が料理長ですが……。何か至らない点がありましたでしょうか?」

 彼がそう訊いた気持ちは分る。とても料理長をしているとは思えない普通の女の子だったからだ。

「そうではないんだ。初めて目にする料理ばかりだからね、是非説明して貰いたくてお願いしたんだよ」

 私は、会話に割って入った。ニザームは思った事をそのまま口にしてしまう男だ。彼に悪気がなくとも、相手を怒らせてしまう物言いをしてしまい、揉めた事は数知れず……。

「かしこまりました。それでしたら……」

 彼女は細かく説明してくれた。しかし、どれも初めて聞く料理ばかりだ。

「まずはリモネードで喉を潤して下さい」

 そう勧められ、リモネードとやらを飲んでみた……瞬間私は雷に打たれたかのようだった。

「君! これはなんだ! こんな飲み物は口にしたことがない。口の中がシュワシュワしていて後味が爽やかだ」

「リモナナを皮ごとハチミツ漬けにし、空気を含ませた水で割っております。当店の自慢の飲み物です」

 これは何杯でも飲めてしまう。しかし、これでお腹いっぱいにしてしまう訳には行かない。次に私は黄金色をした物に、潰したゆで卵を乗せている料理に手を伸ばした。するとどうだろう、サクサクとしていて、しかし中はジューシーで歯で嚙み切れる程の柔らかい肉に酸味が効いているソースと潰した卵のドレッシングが絶妙なハーモニーを奏でている。

「この肉は何の肉なのだ? とても高級な食材を使っているのだろう」

「いえ、使用しているお肉はオーナーが山で捕ってきたジャダジュのムネ肉です」

『ジャダジュ⁉』

 あまりの衝撃に使節団一同の声が揃ってしまった。

「大きな声をしてしまい、失礼した。これがジャダジュのムネ肉とは信じられず。ジャダジュといえば一般でよく食べられている肉ではないのか? しかもムネ肉となるとパサついていて、更に安価で買えるという認識なのだが?」

「そうです。ここに住む人たちは庶民ばかりなので価格帯が上がるとお客さんは来てもらえませんから。安価で美味しい物を提供するのがこの店のモットーです」

 そう幼さの残る笑顔で彼女は答えた。

「どの料理も素晴らしかった! これが庶民が通う食事処とは!」

 皆満足そうな顔をしている。我が国ではこれほどの料理を出す食事処はそうない。

「して、王女殿下。これからの予定は?」

「これから、この店の裏にある建物にご案内致します」

 そうして、我々は店を後にした。店を出て1分も歩かない内に目的地に着いた。

「こちらです」

 王女殿下は2階建ての建物の前で足を止めた。ドアを開けると「こんにちは! 皆いる?」と声を掛けた。すると、年齢が小さな子供が出てきた。

「こんにちは! ようこそお越し下さいました」

 とお辞儀をする。

「こちらこそ。お邪魔するよ」

 私は、その子供に向かい笑顔で答える。

「ここは孤児院なのですか?」

 私は王女殿下に問うと

「孤児院といえばそうかもしれません。しかし、ここは先程昼ご飯を食べたお店の従業員の寮でもあるんです」

 と返ってきた。更に王女殿下は話しを続ける。

「もともと、ストリートチルドレンだったオーナーのウマルと記憶喪失で彷徨っていたイツキが孤児の支援をしていました。そして、ウマルとイツキが成人した後、先程の店を構え、ストリートチルドレンだった子達を皆ここへ住まわせたんです。

 ここでは、読み書き、計算、魔法を教える子が居て自立を目指しているんです。なので先程の店でも子供ばかり働いていたのはそういう訳なんです」

「というと、先程の店の子供もここに居る子供も皆読み書き、計算が出来るという事ですか⁉」

 私はまた頭を雷に打たれたようになった。

「皆と言っても、得手不得手はあるので全員が完璧にという訳にはいかないようですが」

 王女殿下はクスクスと笑った。

「これはメンネフェル殿の施策という訳ですか?」

 私は横に立っていた領主殿に訊くと

「いえ。私の施策だと言えればいいんですが……。私は一切関与していないんですよ。これは、本当に2人の青年の功績です。今ではそのお陰でストリートチルドレンは我が領では見なくなりました。有難い事です」

「王女殿下! 先程の料理もその異国風の青年のアイデアだと仰っておりましたよね? あの、店内に飾られた初めて見る植物の造木も」

「ええ。そのようにお話しましたが」

「今すぐ、そのイツキと言う青年に合わせて貰う事は出来ますか?」

「……分かりました」

 王女殿下は従者に、先程の店に戻り青年を連れてくるよう指示を出した。


 暫く経って、王女殿下の従者は先程の青年を連れて戻ってきた。私は堪らず、その青年に駆け寄り

「君はどこの国の産まれなのですか? 先程の料理やデザートは祖国の料理なのですか? あの植物もこのあたりの国では目にした事がありませんが、それも祖国の植物なのですか⁉」

 青年は暫くの間、固まっていた。

「えーと……。恐らく? その、私は記憶喪失で昔の記憶がないのです。断片的に思い出した事もあるのですが、どこの国だったかまでは……すみません」

 記憶喪失……。まさかそのような事が……。何を隠そう、私は文化人類学者の端くれである。現在は現国王の補佐的な仕事をいているが彼が即位するまでは学者として使節団に入っていた。

 しかし前国王が崩御された後、現国王が即位されアカデミーで同期であり親友でもあった私に声がかかり……今ではフィールドワークにも行けず悶々とした日々を送っている。それにしても、まだまだ私が知らない世界があるとは! 久々に興奮がほとばしる。

「あ……あの……」

 青年が私に話しかけてきた!

「なんだね? もしかして、少し思い出してきたかね?」

「いえ……。すいません。腕が少しばかり痛い……なと、思いまして」

「はっ! これはすまない。つい興奮してしまって」

 この青年にはもっと話しを聞いてみたいものだ。

「バダウィー君!」

「はい。言っときますが無理ですよ。予定は変更できません。あなただけこちらに残るのもなしです。あなたは使節団の責任者なんですから。因みに、彼も仕事があるので一緒には行動できません。彼と彼のお店に御迷惑が掛かります」

 有能過ぎる部下を持つのも困り物だな……。

「むぅ……ならば仕方ない……」

「あなただけ、この国において本国へは帰れません。あなたも仕事が待っています」

 全ての考えを完膚なきまで塞がれてしまった……。

「人間は生まれながらにして自由であるのに、至る所で鉄鎖に繋がれている――byジャン=ジャック・ルソー――」

「え?」

 今、彼は何か言葉を発したような――。

「君、ありがとう。仕事の邪魔をしてしまってすまなかった。もう、戻って貰って構わない」

「かしこまりました。ありがとうございます」

 私が彼がなんと言ったか思案している間にバダウィーが彼を帰してしまった。彼と話しをしたかったが仕方ない。ここは気持ちを切り替えねば。

 寮を出た我々は、領主殿の案内で大通りに場所を移した。こちらは比較的、観光に来た貴族を意識した店の作りになっていた。

 リカーショップにインテリアショップ……そこにコーヒーショップという看板が目に留まる。

「メンネフェル殿、あの”コーヒー”と言うのは?」

「あぁ、あれですか! 私も大好きなんです。飲み物なのですが、あれもこの街にしかないと思います」

 店に入ると香ばしいいい香りに包まれた。

「これは領主様。今日はコーヒー豆ですか?」

 そう店主と思しき男性が言う。

「いえ、今日はアセプト公国の使節団の方たちがみえてまして。コーヒーはこの街ならではの飲み物ですから、ご紹介しようかと思いまして」

「そうでしたか。ようこそおいで下さいました。私この店の店主をしております」

 そうして、是非とも試飲をと勧められコーヒーなる飲み物が出来るまで店内を見て回っていた。

「お待たせいたしました。こちらになります。お好みでミルクとシュガーをお入れ下さい」

 領主の方へ視線をやると、領主は何もいれずにそのまま口に運んでいた。ならば私もとそのまま口に運ぶ。

「香ばしい香りがするが、これは何とも……」

 つい、眉根を寄せてしまう味だった。

「はっはっ! 分かります。私も初めはミルクとシュガーを入れて飲んでいたんですがね。今ではそのままブラックで飲むほうが好きになってしまいまして」

 そう平気そうな顔で飲んでいる。

「ミルクを入れるとマイルドな味になりますので」

 そう店主に勧められ、ミルクとシュガーを少しづつ入れた。

「ほぅ、これは! 美味しい。こんな飲み物があったとは」

 私の顔色を窺ってから、使節団の皆もミルクとシュガーを入れ口にする。若い留学生はシュガーを沢山入れたほうが飲みやすかったのだろう。2杯、3杯と入れている。

「こちら実は……カフェスの実から出来ておるのです」

「カフェスの実ですか? あの、とても人が口にするような実ではない苦さの?」

「そうです。その実を乾燥させて焙煎した後、その実を砕いた物がこちらです」

 店主は手にコーヒーの粉末を出して見せてくれた。

「ただ、カフェスの実同様に眠りを覚ます成分がありますので夜に飲むと眠れなくなってしまうんですがね。しかし、憲兵など夜に仕事をしないといけない人達はこぞって買っていきます」

「成程。確かにあの実を噛む事を考えれば、コーヒーならば美味しく飲めますね。しかし、この香り……どこかで……」

 つい最近、これと同じ香りを嗅いだことがある気がしたが……どこでだったのか、思い出せない。

「これは店主が考えたのですか?」

「いえ。実は商工業組合のドルススさんが教えて下さったのです。なんでも、開発した青年がいたらしく、その青年が作り方を教え、それを活用してこの街の特産品にして欲しいと言っていたらしいです」

 その後に寄ったインテリアショップでも、リカーショップでも同じような話を聞いた。その青年とは何者なのか……。

 商工業組合でドルスス殿を訪ねたが、その青年の名前はおろかどんな青年なのかも教えては貰えなかった。その青年は目立つ事を嫌っているそうだ。

 私は、気になった商品を買い求めた。これは、是非とも国王にも話しを伺わなければ!

 私は決意を新たに人類学者としての使命に燃えていた。


 

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