へんな現実

ヤビと瓶

へんな現実

『大動脈を貫通するミートソース』


 お昼。彼女と自宅で仲良くミートソーススパゲティを食べていると、何故か険しい顔になった彼女が突然、こんなことを告げてきた。


「食べ方、汚いね」

「え、ほんとに? でも家だし、別にいいでしょ」

「まあ、いいけど。だけど気を付けてね。その白いシャツに、ソースがつかないように」

「ふふっ、大丈夫だよ。別についても死ぬわけじゃないしさ」


 ――グチュ。


「うぐあっ」


 だいだい色の粒が飛び散り、体に激痛が走る。

 ミートソースが、大動脈を貫通してしまった……。




       × × ×




『アサガオの観察』


 ぼくはタケオ! 小学三年生! 夏休みの宿題でアサガオの観察があるのだけど、何分なにぶんはなびらを描くのが、かったるいんだよなあ……。


「そうだ、いいこと思いついたぞ!」


 “一日目、種を植えました。”

 “二日目、掘り出されました。(知らないおじさんに)”


 そう書いて、黒々とした種と、スコップ掘り掘りおじさんの絵を仕上げに加えてやる。よおし、宿題終わり! さっそく先生に提出だ!


「ふざけているの、ですか」


 次の瞬間、怒りの形相をした変なおじさんが、観察用紙からニョキッと飛び出してきた。それはぼくの担任の先生だった。驚くことに、先生はスコップ掘り掘りおじさんだったのだ。




       × × ×




『なんかオレ今日、肌の色わりぃわ』


「なんかオレ今日、肌の色わりぃわ」


 友人のユウトくんが、けらけら笑いながら言う。見ると、褐色肌の彼の顔は緑色へと変容していた。なんだかエイリアンのようだ。


「え、色が悪いとかのレベルじゃなくない? 大丈夫?」

「あはは、だいじょぶだいじょぶ。むしろ今までが茶色すぎたんだよ。思えばようやくここまで来たって感じだ」


 何を、言っているのだろう? まるで緑色の肌こそ正しく、それまでの状態が間違いだったかのような言い方。普通なら辿り着かないはずの思考。


 ――まさか。ユウトくんの正体は、エイリアン?


「実は、生まれてすぐに隣の家の緑川さんを食べてさ。その効果がやっと出始めたみたいだよ、あは」


 かつての隣人の佐藤さんみたいに、ユウトくんが笑う。なあんだ、顔が緑色なのは、緑川さんを食べたからだったのか! ハハハ阿!




       × × ×




『ギターを入れる』


 僕はロック音楽が大好物で、将来はミュージシャンになりたいと願っていた。だから幾らか前にエレキギターを購入し、そこからずっと練習を重ねているのだが、一向に上達する兆しが見られない。このままでは埒が明かないので、僕はケツから自分の体内へとギターを入れることにした。


「よいしょ、よいしょ」


 仰向けの状態で開脚し、ギターのヘッド先端をケツの穴に当て、体をもぞもぞさせる。僕のギターはストラトキャスタータイプだったので、ヘッドが細長く、以前ゴミ捨て場から拾ってきたレスポールタイプのギターで同じことを試した時よりも、比較的簡単に入れてゆくことができた。


「よいしょ?」


 しかし途中で、問題が発生した。骨や腸が邪魔で、上手く体内に入れ切ることができない。困ったな……。


「よいしょ……」


 ひょうきんで有名な僕だけれど、思わず落胆の声が漏れてしまう。仕方ないので、邪魔な器官をすべて口から出すことにした。たまたま傍にマジックハンドがあったので、手に取り、口内に突っ込んでガコガコさせる。すると、案外簡単に一つずつ運び出すことができた。骨と骨をつなぐ関節や靭帯も、マジックハンドで突くと意外にもあっさりなくなってくれた。


 それから、一時間ほど経った頃だろうか、体内に十分なスペースをと思い、邪魔な骨・内臓・筋肉をすべて取り出し切った時には、僕は皮膚だけになっていた。


 初め、腕と足はそのまま残しておくつもりだった。だけど実際にそうしてみたら胴体だけが凹んでキモかったので、四肢の中身も急遽取り除くことにした。加えて、途中から何だかマジックハンドで遊ぶのが楽しくなってきてしまい、首の骨と筋肉も勢いでいつの間にか取り出していた。すると支えを失くした頭が首からちぎれて、結果こんな感じになった。


 皮膚だけで中身が空っぽなので、袋に物を詰めるように、当然ギターがするする体内に入ってゆく。内部の構造をなくした僕は、今や人間の形でさえない単なる布のようなものへと変容しており、そんな僕にギター全体が包まれる形態となった。


 そして次の瞬間、すごいことが起きた。だらしなくギターを覆っていた僕の皮膚は、どういうわけか、急に元気を取り戻したようにピンと引き伸ばされると、その後すごい速さで収縮し、ギターのボディに体当たりして、バチン、と清々しい音を立ててみせたのである。

 これにより、ギターにぴったりくっついたギター状の皮膚ができあがるとともに、世界にひとつだけの人間ギターが完成した。体内にギターを入れるどころか、人類がこれまで到達し得なかった「ギターになる」という夢を、この僕が達成してみせたのだ。しかも爪は取らずに残してあったので、ちゃっかりピックまで付属しているという優れモノだ。


「よいしょ!!!!」


 ひょうきんで有名な僕だが、これには嬉しさのあまり、思わず「びょゔぎん」といった具合の雄叫びをあげてしまう。まあ、頭が取れているので、もはやそれはいくら叫んでも誰にも届かない、声にならない声に過ぎないのですが(笑)。


 その後、僕の部屋までやって来た警察によって、僕は回収され、やがて親族のもとへと手渡された。親族は僕をパシャリと撮影すると、ネットオークションに僕を売り飛ばし、巡り巡って、最終的に僕はとある一人の若者の持ち物となった。彼は貧乏だけれど、ミュージシャンになるという大きな夢を持っていた。それからは彼の情熱に応えられるようでかい音を鳴らすのが、僕の日課である。

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