それでも彼女を信じてる
Yuki@召喚獣
僕と、彼女と、彼女の幼馴染との――
街ゆく人々を眺める。駅前の広場のベンチに座って、凍り付いた手に息を吐いた。
傍らには彼女のために用意したプレゼントがある。たぶん、もう出番のないプレゼントだ。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。日は落ちて暗くなって、色とりどりのイルミネーションが街を照らしていた。
恋人たちが一緒の夜を過ごし、更にお互いの仲を深め合う。そんなクリスマスイブの日に、僕はここに一人。これが答えだった。
僕と、彼女と、彼女の幼馴染との――
これから始まる高校生活に緊張しながら入った教室で、僕の隣の席に座っていた。それが愛梨だった。
一目ぼれだった。ボブカットの艶のある黒髪も、大きな丸い瞳も、かわいらしい桜色の唇も、少し上ずったような高い可愛らしい声も。
緊張していた僕に「初めまして」なんて声をかけてくれた。
それまで人を好きになったことがなかった僕が、初めて人を好きになった。それまで人を好きになるのにはいくつかのステップを踏んでいって、徐々に好きになるものだと思っていた。
でも実際にはそんなことはなかった。思っていたことと全然違っていた。人を好きになるのに時間も理屈も必要なかった。
出会った瞬間から愛梨は僕の中で輝いていた。他の女子なんて目に入らなかった。僕には愛梨だけが輝いて見えた。
だから、僕はその気持ちに動かされるように積極的に愛梨に話しかけていった。
席が隣だったから、愛梨に話しかけるのは簡単だった。おはようの挨拶から、授業の話。お弁当の話とか、昨日見たテレビドラマの話。SNSで話題になっている漫画の話とか。
愛梨は人当たりが良くて話し上手で、話をしていても話題が尽きることはなかった。
それまで引っ込み思案だった僕は愛梨に見合った男になるために、見た目を変えて、態度を変えて、生活を変えた。
初めて美容院に行ってカットしてもらって、人に自分から話しかけるようにして、早起きしてランニングをしたりしっかり予習復習をしたりするようになった。
愛梨は誰が見たって美少女だったから。高校に入学した瞬間の僕はどう見たって冴えない陰キャだ。友達も少ないし、女子と喋るなんてとんでもない。そんな男が愛梨の側にいれるわけがない。
だから僕は僕なりに努力した。そのおかげで段々とあか抜けた雰囲気になっていって、愛梨にも「最初に見たときから変わったね」って言ってもらえた。愛梨以外との女子とも喋れるようになったし、男子の友達も増えた。
高校一年生の秋頃、僕は愛梨に告白した。思いのたけをぶつけた。でも、結果は失敗。
「ごめんね。私好きな人がいるの」
って。
わかっていた。愛梨と一緒にいれば誰だって気づくことだ。もちろん僕だって気づいていた。
愛梨には同い年の幼馴染がいた。
愛梨と柊はクラスが違ったけど、ことあるごとに愛梨は柊に会いに行っていたし、柊が愛梨に会いに来ることもあった。
傍目から見たら付き合っているような距離感に見える二人でも、その実恋人関係じゃないことは周知の事実だった。
何故なら、柊にはもう一人女の子の幼馴染がいて、その幼馴染と付き合っていたからだ。
一学年上のその幼馴染の彼女と柊は仲が良かった。帰りはいつも一緒だったみたいだし、休日もよくデートに出かけていたらしい。愛梨から聞いた。
だから、愛梨が柊のことが好きでも、その想いが叶うことはなかった。
僕はそのことを知っていたからダメもとで愛梨に告白をした。結果は失敗だったけど、一度で諦めるつもりはなかった。
一回でダメなら、二回。二回でダメなら、三回。何度もアタックしようと心に決めていた。
ただし、期限も自分の中で決めていた。高校を卒業するまでにOKをもらえなかったら潔く諦める。何度も何度も頻繁に告白するようなことはしない。断られたらしっかり期間を開けて、再度アタックする。
愛梨が柊のことを諦めきれないのと同じように、僕も愛梨のことが諦められなかったから。でも、愛梨の迷惑になり続けたいわけじゃない。
高校一年生で告白して、高校二年生で告白して、高校三年生で告白した。断られても、愛梨から離れていこうとしない限りは愛梨の側にいた。愛梨が気まずくならないように殊更友達としての距離感を気を付けた。
そんな僕の態度に徐々にほだされていったのか。それとも高校三年生の間に柊への諦めがついたのか。
「まったく……こんなに諦めずに私に告白してくるのなんて、君だけだったんだから」
卒業式の日、これで終わりにしよう。思い出にしよう。そう思ってした最後の告白で、とうとう愛梨は僕のことを受け入れてくれた。
仕方なさそうな、呆れたような態度をしていたけど、愛梨は嫌なものは嫌だとはっきりと言う女の子だったから。
「やったぁ――!」
「ありがとう、こんな私を好きでいてくれて。これからよろしくね?」
僕と愛梨は恋人になったのだ。
僕と愛梨は同じ市内の別々の大学に通っていた。大学が近かったのは偶然だった。もっと早くに恋人になっていれば同じ大学を選んだかもしれないけど、受験の時は恋人じゃなかったし、これはそれぞれの将来をしっかり考えての選択だった。
会話の流れで愛梨がどの大学に行くのかは知っていたし、愛梨も僕が行く大学のことを知っていた。僕は高校で愛梨のことには区切りをつけるつもりだったから、愛梨と同じ大学を受験しようとは思わなかった。行きたい学部もなかったし。
それでも同じ市内で近い大学同士だったから、僕と愛梨が恋人としての時間を作ることには困らなかった。
大学生は高校生なんかよりもよっぽど自分で時間を作ることができる。家を出てお互い一人暮らしをしていたから猶更だ。
「今日は大学の講義で心理学やったんだー」
「へー。僕の心とかわかるようになった?」
「そんなことまではやらないよぉ」
「今度一緒に映画見に行こうよ。バイト無い日にさ」
「いいよー! 丁度見たい映画があったんだ!」
「決まりだ。チケットは予約しておくね」
「私の大学へようこそ! ねぇねぇ、どんな感じ?」
「どんな感じって言われても……なんか見慣れない建物があるね」
「建築家の先生が作ったんだってー。すごいよね」
なんて。
僕と愛梨は恋人として順調に過ごしていた。
大学に入ってから暫くして僕たちはお互いの初めてを捧げあった。
一緒に旅行も行った。何度もデートを重ねて、二人の思い出を作っていった。
大学は違っても、僕たちはそんなことを感じさせないほど二人の時間を作って、一緒の時間を過ごしていた。
愛梨は柊の話を僕にすることはほとんどなかった。
時々実家の話をする流れで柊の名前が出ることはあっても、それ以上の深い話はしなかった。
僕が柊のことを知っているのは愛梨も知っていたし、愛梨自身柊の話をしないことで柊のことを忘れようとしていたのだろう。
僕たちは順調だった。
僕は幸せだった。愛梨もそう思ってくれてたらいいなと思っていた。
そうだったらいいなって思っていたのになぁ……。
大学三年生になって暫くしてからだった。
ある日愛梨が「高校の時の友達と地元で会ってくる」と言って実家に帰った日があった。
愛梨が高校の時の友達と会いに実家に帰ることは今までにも何度かあったから、僕はその時もいつもと同じように「帰る時に連絡してね」とだけ言って愛梨を送り出した。
帰ってきた愛梨を駅に迎えに行くのがいつもの僕の役目だったから。
それなのに、その時はいつもと違っていた。
いつもなら帰るときに僕に連絡をくれる愛梨が、連絡をくれなかった。いつの間にか一人暮らしの家に帰っていて、僕が連絡を入れたときに「忘れてた」と帰ってきたことを教えてくれた。
「何かあったの? いつも帰ってくるとき教えてくれるのに」
僕は愛梨に尋ねた。
「健太……別れたんだって」
僕の問いかけに、愛梨はそうぽつりと呟いた。
健太。柊健太。愛梨の幼馴染で、かつての愛梨の想い人だった男だ。
「そっか……それで? 友達から聞いたの?」
「うん。友達と健太って大学が一緒みたいだったから。それとたまたま実家に帰ったら健太がいて、本人からも聞いた」
心ここにあらずと言った愛梨の様子を見て、僕は不安になった。
幼い頃からずっと好きだった幼馴染の男の子。でもその男の子には他に好きな人がいて、すでに付き合っていた。
でも諦めきれなくて高校生の間ずっと想っていたけど、ついに諦めて僕と付き合い始めた。
そんな男が、恋人がいるからと諦めた男が、その恋人と別れた。
愛梨は今、どんな気持ちなんだろうか。おそらく恋人と別れて傷心中の柊と会って、何を思ったのだろうか。
僕と愛梨が過ごした時間よりも、愛梨が柊と過ごした時間の方が長い。絆の天秤は、きっと今でも柊に傾いている。
「ごめん。今は君の彼女なんだから、健太のことは気にする必要ないのにね」
「……そんなことないと思うよ。幼馴染なんだしさ」
幼馴染っていうのがどんな繋がりなのか、僕には正確なところはわからないけど。
きっと、離れていても、時間が経っていても、引きずってしまう思いがある。そういう関係性なんだと思う。
その関係性に後から割り込んだのは僕だ。
もちろん僕だって愛梨が柊を想っていたのと同じくらい愛梨を想っている自信がある。でもそれは裏を返せば、僕が愛梨を好きな気持ちと同じくらい愛梨も柊のことが好きだったということで。
そんな柊のことを、愛梨は本当に諦めていたのだろうか?
僕と付き合い始めたのは、柊が彼女と別れないから、妥協して付き合い始めただけなんじゃないのか?
こんなことを考えるなんて、僕と付き合うことを選んでくれた愛梨に失礼だ。でも今の愛梨を見ていると、どうしたってそんな考えが浮かんでしまう。
「でも……今は僕が彼氏なんだから。僕だけを見ててほしいな」
だから僕は僕の気持ちを伝えるように、そんな言葉を口にしていた。
「うん……心配させてごめんね?」
そんな僕に、愛梨は困ったようにそう謝った。
僕はそんな愛梨を、信じようと努力することしかできなかった――
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