第35章 ズドン!!


8回表4-4同点、レッドアイアンズの攻撃


イニングの始まりだけど、タイブレークなので一二塁からスタートする


千楓ちあきはお手玉で遊ぶようにロジンバッグを右の手のひらと手の甲に付ける


ポン!ポン!


「ふっ!」


手で輪っかを作り、その中に息を吹きかける


マウンドのピッチャープレートにスパイクをつけて帽子のつばを整えて捕手あずさの方をしっかり見定める


「さあ、延長戦だ」


ーーー


延長戦に突入するとますます冴えわたる千楓の投球、バントの構えをする先頭打者にたいして、遠慮なく攻めていく



千楓の投球に押されたのか、バントを転がせずに小フライを上げてしまった。

打球はマウンドより少し本塁側ホームがわに落ちそうになる


「任せて!え?……ぶへっ!」


ドシャァァ!


千楓が勢いよく飛び出してグローブを出そうと手を伸ばした瞬間、グラウンドの地面にまた顔から突っ込む


倒れた千楓の手から離れかけていたグローブが仰向けに開き、落ちてきたボールがコロンと音を立ててその中へ吸い込まれた


そのまま落ちずに千楓のグローブにおさまる


「アウト!」


審判のコールを聞いてから少し塁から離れていた2人のランナーはそれぞれ帰塁する


それを確認してから梓はタイムをかけて自分で立って身体中の土を払っている千楓に駆け寄る


「千楓…大丈夫か?2度目だぞ」


「う、うん、大丈夫。なんなんだろうね、あはは」


「目立った怪我がないんなら良いが、気をつけてくれ」


「ごめんごめん、でも良かったよ。ボールが入ってくれて」


千楓は大事そうにグローブからボールを取り出す


「グローブも手から離れてたら危なかったが審判がアウトをコールしてくれた」


「それじゃあ、ランナーも動いてないんだよね?」


「ああ、ワンアウトを取って一二塁のままだ」


「おっけ!ちゃっちゃと抑えて裏でサヨナラにしよ!」


マウンドに戻ろうとする千楓を梓が引き止めて右手を差し出す


「あ、ち、ちょっと千楓!握ってくれ」


「え?今はプロテクターしてるからそんなに柔らかくは…」


「胸じゃなくて手だ!手!なるべく強くな」


「はいはい」


ぎゅっ!


「痛っ!まだ力はありそうだな」


「当たり前でしょ、まだまだギブアップはしないよ」


「わかった」


笑いながら2人ともポジションに戻る


マウンドに戻った千楓は自分の手を見つめて

「良かった…まだあったね。あと何イニングくらいイケるかな、こっちも頑張ってくれないと」


そう言いながら自分の左足で自分の右足のふくらはぎをトントン蹴って、また念入りにロジンバッグを塗る


……そのとき、ベンチの奥で「ガシャン」と金属音が響いた。

誰かがブルペンで何かを始めたようだが、マウンド千楓には聞こえない


次のバッターは今日は抑えている3番打者ばんバッター、油断はできないが多少は気持ちが楽になる


そう思っていた


「ボールフォア!」


審判のコール無慈悲に響く


「……え?」


カラン!


3番打者ばんバッターはバットを置いて少しホッとした様子で一塁に向かう


「ふぅ…ふぅ…」


膝に手を着いて地面を見つめながら顎の下の汗を拭く


千楓 (ちょぉっとやばいかもなー)


そんな千楓の前に更なる山が立ちはだかる


前の打席で千楓からバックスリーン直撃のホームランを打ったレッドアイアンズの4番だ


ブルン!ブルン!と素振りを繰り返す4番打者ばんバッターを見て千楓は歯を見せながら笑う


千楓 (良いねぇ、こういう展開って…すっごく燃えるじゃん!あたしは好きだよ)


4番打者ばんバッターは打席に立ち、千楓と向かい合いあってとんでもない威圧感を放つ


千楓は流れてきた汗ごとぺろっと唇を舐めてセットポジションに入り息を吐き投球動作に入る


ざっ!しゅっ!カーン!


一球目、外角低アウトローめにスライダーを投げ込むがバッターはそれを引っ張り左翼レフト方向に打球が飛ぶ


ガシャァン!


「ファール!!」


レフトポール際のファールフェンスに当たる


「嘘でしょ、あのコースをあそこまで飛ばす?」


右側の歯を食いしばって悔しがる千楓


ファーストストライクは取れたがそのあと二球続けてボールとなる


バッターは微動だにしないまま見逃し、不気味な雰囲気がバッターから漂う


カウントは2ボール1ストライク、いわゆるバッティングカウントだ


「はぁはぁ…しんどいなぁ」


疲労を隠せなくなった千楓を見て梓がマウンドにタイムをかけて向かおうとすると…


ズドン!!

球場の空気がわずかに震える。屋根のトタンがビリビリと揺れ、観客のざわめきが波のように広がった。


「な、なんの音?」


どこからともなく響く突然の音に球場内がざわざわし始める


ズドン!!


音の正体はわからないが一塁側のベンチの奥、屋内ブルペンから聞こえてくる


ズドン!!


「ふふ、なんか不思議だね。この音に背中を押されてる気分だ」


「大丈夫か?千楓」


心配をして梓が駆け寄ってきた


「うん、元気が出たよ」


「なんの音だったんだろう…我々のほうのブルペンから聞こえてきたが…リオンか?」


「それだったら非常に頼もしいね…あたしは大丈夫、安心して」


先ほどの疲労が見えた千楓の顔が嘘のように元気になっていた


「そうか、わかった。球は来てるぞ!」


梓は走ってキャッチャーボックスに戻り千楓はマウンドに再び立つ


4番打者 (……雰囲気が変わったな)


「プレイ!」


試合が再開すると千楓は疲労を忘れたかのように捕手あずさのミットを目掛けて投げ込む


カッ!


「ファール!」


千楓 (追い込んだ!)


ボールを握る指先が震える。心臓が胸を叩くたびに、汗が視界を曇らせる。

それでも——ミットの中心しか見えなかった


カッ!


そのあとも連続でファールで逃げる


「くっ…!」


全てストライクゾーンに投げる千楓の強気な投球にバッターもだんだんと苦しくなってくる


「「はぁはぁ」」


千楓とうしゅ打者バッター、2人とも息をし始める


何球目になったかわからない…


その次の投球


ざっ!しゅっ!フワッ


千楓の手から放たれたボールは軽く放物線を描く


4番打者 (チェンジアップかよ!?)


ガッ!


思いっきり強振するバットの先っぽにボールが当たる


投手ちあきの足元に少し強めのゴロが飛ぶ


パシっ!


その打球を避けながら千楓はグローブを出して捕る


捕手あずさ!!」


本塁に送球してツーアウト、そのまま一塁にも送球してスリーアウト


1-2-3のゲッツーとなった


「またゲッツー!!」


「すごい、タイブレークを無失点だよ!」


葛城学園女子野球部は勝ったかのように騒ぎながらベンチに戻る


ドサっ!


お祭り騒ぎの中、千楓は1人ベンチの奥に座って上を仰ぐ


「あー疲れた…」


「あの、千楓先輩、よろしければこちらを」


「え?」


横から声がしたのでそちらを向くと後輩のリオンがタッパーが差し出していた。


「レモンの薄切りをハチミツ漬けにしたものです。」


「ありがとう、もらうよ」


火照った指に、冷えたレモンの香りが心地よい。


噛んだ瞬間、酸っぱさが弾け、はちみつの甘さが筋肉の奥にまで沁み渡る。


「美味しいね、うわ、すっぱ……」


思わず顔をしかめながらも、次の一口を求めてしまう。

甘さより先に、疲れが抜けていく気がした。


「本当は試合後にお渡ししようと思ってたのですが…」


「いや助かったよ。まだ投げられそう」


「お役に立てて良かったです」


「そうだ、リオン。ブルペンにいたでしょ?さっきの音なんだったの?」


「音…ですか?」


「うん、ズドン!!ってスゴイやつ」


「あ!あー…さ、さあなんでしょう?」


「リオンも知らないか…なんだったろうなー」


「あはは」


赤くなった左手を背中に隠して引き攣った笑いになるリオンだった

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葛城エース ― 野球少女と、元甲子園左腕の再出発 CIMAGIROW @AXEL35NY

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