5: 邪魔板
木々を抜ける風が鼻先をくすぐる中、きなこは耳をピンと立てて歩いていた。
だが、村を出たからといって、全てが解決するわけではなかった。
膝や足首の鈍い痛みに耐えながら進むだけでも大変だった。
なのに、目の前には視界を遮る大きな光る板が居座っている。
どうやら先ほど触ったことで固定されてしまったらしいが、消す方法がまるでわからない。
「これが、何を意味してるのか……」
呟くようにため息を漏らした。
耳を垂らしながら前を見据えている兄の姿に、くろみつが首をかしげて声をかけた。
「兄ちゃん、どこに向かうの?」
「まずは隣の村に行こうよ。王都のお父さんに会いに行くには、三つ村を越えた先の町から、魔法の列車に乗るのが一番早いんだよ!」
「魔法列車? チケットないのに乗れるの?」
「向かいながらお金を貯めるか……。魔法列車いくらするんだろう?」
ため息をつく。
村を出たばかりの道はまだ穏やかだったが、遠くに広がる旅路を考えると、不安が膨らんでいく。
しばらく無言で歩いていると、くろみつが何かを思い出したように口を開いた。
「兄ちゃん、村を出る前に言ってたことだけど……何だったの?」
「ああ、それか!」
肩を軽くすくめながら、事の経緯を静かに語った。
「最初、赤く点滅しててさ、ちょっと触ったらこの板が出てきたんだよ。それから全然消せなくて、ずっと視界の邪魔になってるんだ」
「え、それって今も見えてるの?」驚いたように聞き返す。
「見えてるよ。もう、 すっごく目障りで仕方ないんだ」
目の前の空間を指し示す。
「でも、下手に触ったらまた何か起きるかもしれないし……」
「それ歩きにくくない?」
くろみつが不安そうに尋ねる。
「まあね。謎解きは好きだけど、今はそれどころじゃないよ」とぼやく。
視線が足元から逸れた瞬間、きなこは小石につまずいた。
(痛っ……)
「兄ちゃん、大丈夫?」
「平気、平気!」
苦笑いを浮かべた。
「でも、そのままだと危ないよ。この先、村を襲った連中と出会ったらどうするの?」
その真剣な表情に、きなこは少し視線を落としてから頷いた。
「じゃあ、安全そうな場所を見つけたら、休憩しながら試してみようかな?」
「うん!」
元気よく答えると、ふと首をかしげた。
「ねえ兄ちゃん、その浮かぶ光る板って何て呼べばいいかな?」
「ん……邪魔板とか?」
苦々しげに口を尖らせる。
「邪魔板?」
くろみつがくすっと笑いながら顔を上げた。
「それ、名前っていうより感想じゃない?」
「いやいや!きっと世界中探しても、“邪魔板”よりピッタリな名前なんてないってw 僕、これ考えた時、ネーミングセンスあるかもって、ちょっと思ったもん!」
半ば本気、半ば冗談でぼやくと、くろみつは笑顔のまま軽く尻尾を振る。
「じゃあ、まずは邪魔板攻略だね!兄ちゃん、冒険って感じしてきたね!」
しばらく進むと、緑の木々が姿を現し始めた。木々の隙間から、静かに流れる川の音が聞こえてくる。
「兄ちゃん、川がある!」
嬉しそうに指さす。
きなこもその方向を見て頷く。
川の側にに小さな茂みが広がっていた。
きなこは目を細め、わずかな異変も見逃さないように周囲を見渡す。
耳を立て、空気の匂いを嗅ぎながら、慎重に茂みの中へ足を踏み入れた。
「ここなら、少し安全そうかな?」
「そうだね、ここで休憩しよう。水も確保できるし」
きなこは足の痛みをこらえながら頷き、茂みの影に腰を下ろした。
「兄ちゃん、リュックの中のルミナスリリーに水をあげてもいい?」
「もちろん」
リュックをくろみつに渡す。
くろみつは葉の間を慎重に進み、川の近くで水を汲んだ。
小さな手で水をこぼさないように、ゆっくり運び、ルミナスリリーにそっと注いだ。
金色の花びらが鮮やかに輝く様子を見て、ほっとした表情を浮かべた。
一方、きなこは、目の前に浮かぶウィンドウをじっと睨みつけていた。
無言の苛立ちが耳と尾に表れている。
何をどうすればいいのか分からない。それでも、手をこまねいているわけにはいかない――。
「よし、やってやる!」
慎重に手を伸ばし、
「触れば消えるかな……」
と、そっとウィンドウに触れた。
何も起きない。
ため息をつき、肩をすくめる。
「なんだ。ビビらせないでよ!」
次第に気持ちが落ち着くと、大胆になり始めた。
どうにかしてウィンドウを消そうと、試行錯誤を繰り返す。
手を振ったり、ウィンクしてみたり、尻尾を振ってみたり……。
尻尾が画面を横に撫でた時、突然新たな表示が現れた。
「え……変わった?」
画面には大きく『ステータス』と書かれており、以下の情報が並んでいた。
【ステータス】
名前:きなこ
種族:グルミー族 赤柴犬型
レベル:1
HP:80/80
MP:20/20
STR:10
DEF:8
MAG:3
MDF:5
AGI:15
DEX:12
EVA:7
LUK:9
[固有スキル]潜伏者の祝福(Lv.1)
[種族スキル]影疾風(Lv.1)
[魔法]
『名前:きなこ』『種族:グルミー族 赤柴犬型』まではわかる。だが、その下に続く『HP』『MP』『STR』といった言葉は、全く意味がわからない。
「『HP』って、もしかして腹ペコの略?でも、120?」
耳をピクリと動かせて考え込む。
その下に続く『魔法』という文字を見つけ、
「魔法……って、あの魔法使いの使う魔法?もしかして……これって呪文?」
半信半疑ながらも、画面に表示された内容を呪文のように
「ステータス、名前きなこ、種族グルミ……」
と唱える。
だが、結果は何も起こらない。
沈黙が広がる中、期待していたきなこの顔はみるみるうちに沈んでいく。
「なんだよ……全然ダメじゃん!」
耳を垂れ、ため息をつく。
「条件があるとか?」
ウィンドウを睨みつけ、読み方を変え何度も唱える。
「ステータスきなこグルミ!……エイチピーエムピー……なんだよもう!」
ふと横を見ると、くろみつが鼻をひくつかせて首をかしげていた。
きなこは、耳を赤くしながらしっぽを揺らし、
「いや、その……試してみただけだよ!」
と慌てて答えた。
「ふーん、そうなんだ」
くろみつはクスッと笑いながら、きなこの足元に目を移す。
「それより、兄ちゃん足、大丈夫?」
慣れた手つきで薬草を擦り潰し、きなこの傷に塗り始めた。
その手際の良さは、まるで熟練の薬師のようだった。
「これ、ブルーズヒールだよ。腫れとか痛みに効くんだ。それと、火傷用にアロエリーフもあるよ」
「……」
きなこは驚いて弟を見つめる。
「いつの間にそんなもの……?」
「兄ちゃんが“邪魔板”と格闘してた間に、周りに色々生えてたから摘んで来たんだ。サンリーフもあるよ」
「すごいよ、くろみつ! いつの間にそんなに詳しくなったんだ?」
感心して尋ねると、
「母さんが教えてくれたんだよ。この草は何に効くとか、毒草とどう区別するかとか、ちゃんと覚えとけって。母さんが生きてたら、褒めてくれたかな……」
と、一瞬目を伏せ、黙り込む。
きなこもその様子に気づき、襲撃の日の記憶が脳裏に蘇る。
母の教えが今も二人を支えていることを感じ、静かに息をつく。
「そうか。ありがとね」
くろみつは顔を上げると、少し元気を取り戻したように笑顔を見せた。
「まだ掛かりそうなら、他にも摘んでおくよ。リバーモスとかワイルドベリーとかも見つかるかもしれないし」
きなこは小さく笑いながら頷き、
「やるじゃん!くろみつ。助かるよ!」
「でも兄ちゃんだってすごいよ!星や古代文字のことも詳しいし……体術やサバイバル術だって得意だもん!」
くろみつは明るく尻尾を振りながら声を上げる。
「えへへ……そんなの、別に大したことないってば!」
苦笑いを浮かべた。
「邪魔板もまだ消せないし……」
目の前に浮かぶ板を指さし、深いため息をつく。
「僕にはやっぱり見えないけど……兄ちゃん、それ、本当に大丈夫?なんだか普通じゃないよね」
「そうだね。視界確保してから考えるよ」
その後も諦めずに試行錯誤を続け、気づいたことなどを、ノートにメモしていく。
そして、ついに画面の特定の場所をダブルタップすると、小さくなることを発見する。
きなこの手元には、
【邪魔板操作メモ】
1. 引っ掻いた時、かすかに音がした 意味不明(?)
……
15.尻尾で横に撫でると、表示が変わる!→ステータスと表示。謎の文字列?呪文?
……
64.邪魔板の隅を2回ノックすると小さくなる→やっと分かった!次回からこれ最優先!
と書かれたメモ。
「小さくはなったかな。これなら歩けそうだ」
と安堵したのも束の間――
突如、ウィンドウが明るく輝きだし、赤い文字が視界に広がった。
【ミッション発生】
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