第2話 「何の為に振るう剣か」

空気が張り詰めていた。


 灰色の雲が差し込む天窓から、わずかな光が降り注ぐ大聖堂。

 アキラの手には、今もなお聖剣が握られていた。地から引き抜かれたそれは、刃先まで澄んだ輝きを帯び、沈黙のうちに彼の選ばれた運命を告げている。


 そして、扉が開いた。


 甲冑の音。鉄と革の匂い。

 やがて現れたのは、三人の騎士――全員が女性だった。


 その中心に立つ銀鎧の騎士は、一瞥で空気を支配した。

 年若いが、振る舞いには隙がない。ルビーのように赤く長い髪がポニーテールのようにまとめられており、背に風のように揺れる紅のマントが、その威容を際立たせていた。


「……その剣を、抜いたのはお前か」


 問われ、アキラは言葉を失った。

 自分でも、なぜ剣を引けたのか分からない。だが確かに――自分の手は、迷わずそれを選んでいた。


「……あ……」


 名を言おうとした瞬間、頭の奥に、声が響いた。


 ――“アーサー”と答えるといい。


 女とも男ともつかぬ、澄んだ声だった。だが、それは恐ろしく自然に、彼の思考に溶け込んできた。


(誰だ……? いまの……)


 戸惑いのまま、口が自然と動いた。


「……アーサー、だ」


 銀鎧の騎士の目がわずかに細まる。後方の二人――黒鎧の寡黙な騎士と、法衣を纏った神秘的な騎士も、微かに反応した。


「アーサー……それが、お前の名か」


「……ああ」


 答えながら、アキラ自身にもその言葉が馴染んでいくのが分かった。まるで、それこそが本当の名前だったかのように。


 銀鎧の騎士は、一歩踏み出す。


「私はガウェイン。カメリア辺境騎士団副長。

 この地に伝わる予言に従い、聖剣を引く者――未来の王を見極めに来た者だ」


 そして、剣の柄に手をかける。


「だが、剣が抜けただけで“王”と信じるには、まだ足りない。

 我々は、“何のために剣を振るうか”を問う必要がある。これは試練だ。力ではなく、意志の試練」


「……試練?」


 アキラは聖剣を構えることすらままならないまま、問いを返す。

 だが、ガウェインはそれに答えず、鋭く踏み込んできた。


 その剣は、寸分の容赦もない速度で迫る。だが、殺意はない。彼女も、本当に斬る気はないのだ。


 アキラは反射的にエクスカリバーを構える。

 受け止めた刃と刃が火花を散らし、足元に衝撃が走った。


「言え。――その剣を、何のために振るう?」


 鋭い問いかけ。アキラは押されながらも、歯を食いしばる。


(なぜだ? なぜ俺は……この剣を持っている?)


 剣を手にした瞬間に感じた、あの得体の知れない想い――

 誰かを守りたい、何かを変えたいという感情が、胸の奥にまだ燃えている。


「……まだ、思い出せない。だけど……」


 アキラは剣を振るうのをやめ、その場に立ち尽くした。


「俺は……誰かが泣くのを、もう黙って見ていたくない。

 この剣が、誰かを守れるなら……俺は、それを手放さない。

 理由がわからなくても、それだけは……譲れない」


 その言葉に、ガウェインの剣が止まった。


 沈黙が流れる。

 やがて、彼女は剣を鞘に戻し、まっすぐアキラを見つめた。


「……その意志が、偽りでないことを願おう。

 我らが信じるに足る王であるか――まだ、見極める時だ」


 そう告げて、彼女は背後の騎士たちに目配せする。

 二人もまた剣を納め、軽く頷いた。


 忠誠ではない。だが、拒絶でもない。

 それは、「観測者として傍に立つ」という判断だった。


 アキラは深く息を吐く。そして、頭の奥に再び、あの声が囁いた。


 ――よく答えました、王よ。目覚めの時は、近い。


(……誰なんだ、お前は……?)


 その声に応えるように、剣がわずかに光を帯びた。


 まだ始まったばかりの物語が、静かに、その歩みを刻みはじめていた。

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