第2話


「うーん、どうも違うんだよなぁ……」


 プレイリストを再生しては止め、再生しては止め、俺は悩んでいた。


「この曲……、好きなのは間違いないんだけど……俺が歌うと何か違うんだよな……」


 好きな曲なのに、どうにもテンションが上がらない。


『何かが……たぶん、間違ってんだよなぁ』


 曲名の流れる画面とにらめっこしながら、解決策がないか、ああでもないこうでもないと頭を回す。


と。


「ただいま〜」


 ガチャリと扉の開く音がして、誰かが帰ってくる。


「おかえり〜」


「ただいま……ってどうしたの!? そんなにソファーで溶けて……」


「あー、うーん」


 白兄しろにぃに言ってもいいけど……なんか抵抗感が……


「僕には、言えないこと?」


「そういうのじゃないんだけど……どうも、うまくいかなくて……」


「……。珍しいね。君がそんなこと言うなんて」


「うーん。そうだよねぇ。俺らしくないよねぇ……」


「君を悩ませてるのが何なのか、僕、興味があるなー」


「ん〜……」


「教えてくれない?」


「……ホントに大したことじゃないんだけど、いい?」


「もちろん。僕が知りたいだけだもん」


「ええと、ここに入れた曲、俺が歌うとピンと来ないんだよ。でも、歌いたい気持ちはあって……何で、このプレイリスト作ったのか分からないんだ。…… 白兄しろにぃ、分かる?」


「えーと、ここにあるの全部?」


「そう」


「ちょっと見てもいい?」


「いいよー」


「……(ここまでのやりとりで、僕、大体、分かっちゃったんだけど……どうしよ)」


「何でなんかなー」


 俺は、ミュージックポッドを白兄しろにぃに預けて、ソファーの上で、猫のように伸びをする。


『変なとこ、鈍感だよねぇ』


「鈴乱、これさ」


「うーん、」


「『他の人に』歌って欲しいリストなんじゃないの?」


「……え?」


 素直に驚いて口がポカンと空いてしまう。


「アハハハ。何、その顔」


「そんなこと、ある?」


「あるんじゃないのー? 鈴乱、他人に合うもの見つけるの、得意じゃん」


「え、そうなの?」


「そうだよ。現に、僕の一張羅いっちょうらも選んでくれたじゃん。これ、結構、みんなに好評なんだよ? 知ってた?」


「知らなかった……」


「そっか。僕、てっきり知ってるのかと思ってた」


「……知らないよ。俺……俺のこと、あんまり知らないもん……」


「そうだよねー。この世で一番難しいのは、自分を知ることなのかもねー」


「それは……分かんないですけど。……そっか。じゃあ、これ……」


言いかけて、はた、と。


「ん?」


 白兄しろにぃが、純粋な疑問の目を向けてくる。


『俺……、俺の大事なミュージックポッド、平気で白兄しろにぃに渡した……。普段なら、絶対にしないのに……。ってことは、そういうこと!?』


白兄しろにぃ……」


 白兄しろにぃの両肩を押さえて、正面に向き合う。


「あの、騙されたと思って、これ、歌ってくれませんか?」


「えっ……。(はは。そうくると思った。)いやー、僕、歌下手だし〜」


「そこを何とか!」


「え〜、どうしても?」


「どうしても!」


「んじゃー……300万」


「!? お金、取るの!?」


「……の価値を、僕に提供すること」


「そ、そそそそんなの……」


「出来ない?」


「ぐっ……」


『どうかな? これで、引く? それとも……』


「それ、ディスカウントとか……」


「ええ〜、君ともあろう人が、自分の価値を値切ろうっての?」


「うっ……」


「あー、残念だなぁ。君がそんな人だなんて思わなかったなぁ〜。大変だ〜。みんなに伝えなくっちゃ〜」


「そ、それだけは……、どうか、それだけは……!」


「それじゃあ〜……」


「やります! やります! が!」


「が?」


「……一生払い&超細かい分割払いでもいいですかっ……(涙)」


「一生払い……。鈴乱、いいの? そんなこと言って……。それは、一生、僕と一緒にいるってことだよ?」


「別にいいっすよ……。(この人、言い出したら聞かないし)元よりその覚悟ですぅ……」


「そう!(ニコニコ) そんなら、善は急げ! すぐやろう! すぐ行こう! さぁ、君の描くユートピアへ!」


「ええええ! 話が早すぎる! あと、ユートピアってどこッスか!」


「そんなの、決まってるでしょ! 近所のあそこだよ!」


「そんな近所にユートピア転がってないッスよ!」


「ええ? 転がってるよ。ゴロゴロ転がってる。あっちにもこっちにもあるじゃん!」


「……(何のこと言ってんの、この人……?)。」


「歌うと言えば! その心は!」


「あぁ……。カラオケのことッスか」


「そう、カラオケにあり! というわけで、経費使ってカラオケ行くぞー!」


「……いや、何でも経費にすればいいってもんじゃ……」


「いいのいいの、これは僕の必要経費!」


「いやいや、会社の財布をそんな、自分の財布みたいに言ったらダメッスよ」


「じゃ、君のポケットマネーってことになるけどいいかい?」


「うぐぐ……。ふたりぶん……お高め……」


「いいや、君の分だけでいいよ。僕は、僕の必要経費から出すから」


「……うん? 『白兄しろにぃの』必要経費?」


「そう。またの名を、『僕の生活費』ー!」


「(ガクッ)あぁ……、そうッスか。俺、てっきり……」


「アハハハ。会社のだと思った!?」


「思うッスよ、その言い方ぁ〜。あー、よかった。よかった……。ウチの社長、まともな感覚で……」


「何言ってんの! まともな感覚の奴は社長なんてやらないよ!」


「……せっかく各方面フォローしたのに、台無しじゃないっすか」


「まともじゃないレベルの夢と目標と行動力持ってるから、そこにいるんだよ」


「それ、褒めてるんすか?」


「褒めてる!」


「(そうなんだ……?)」


「まっ、僕はまだペーパーカンパニーの社長だけどね!」


白兄しろにぃ、言い方、言い方!」


「そう、まだ僕の会社は【白紙】だからぁ!」


「ワーォ! 夢も理想も計画も、描き放題ってことですね!」


「そう。だから、描いてくの。出来ることを、するしかないから」


「そう、っすね」


「僕に出来ること、君に出来ること。僕が君が、やりたいこと……、組み合わせていけば、きっと、何か大きなものが出来る。そんな予感がするから」


「予感、ですか。なら、現実に持ってこなきゃ、ですね?」


「そう。絵に描いた餅は、具現化の魔法を使って、食べられるようになる。僕は、お餅は見るより食べる派だから」


「そうですね。正月に餅を食べるように、長く伸びて、長くみんなが楽しめるといい」


「うん。理想は、バカみたいに高い方が楽しいから。僕は、"みんなで"楽しみたい。……たとえそれが、絵に描いた餅だとしても、誰かの心を弾ませるくらいは出来るかもしれない」


「……弾んだ勢いで、ステキなところに飛び込んでしまったりして」


「そう、そこから冒険が始まって」


「勇者が魔王になったり、魔王が勇者になったりして」


「気持ちが浮いたり沈んだりして」


「仲間が出来たり、離れたり、敵に塩を送ったり、プレゼント贈ったりして」


「とにかくドラマにあふれてる」


「そんな物語が……あったらいいですよね?」


「ほんとだね」

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