take me

後藤いつき

take me

 いつか王子様があらわれて、わたしをどこかへ連れて行ってくれないかしらとよく思う。自虐的に誇張すればそういう風に言うことができる。おまえの手で切り開くのだ。あなたの手で切り開いていかなければいけませんよ。先生も親もそう言う。友達も上司も部下もそう言う。わたしは甘えているのか。甘えているのかもな。甘えてちゃいけないとみんな言う。わたしもそう思っている。

 鬼が町を歩いているのを二階のカフェの窓から見ていた。小柄な鬼だった。小鬼ではないことは立ち振る舞いからわかった。鬼はバスを待つ列に加わって、どこでもないところを見ている。何を考えているのだろう。想像してみる。

 虚ろだ。知性のあるものでもないものでも、生物でも無生物でも、彼ら自身になったつもりで考えてみようとすると、いつも虚ろな感覚に陥る。言語を解するけど、解していない。わかるけど、わからない。どこか上滑りしているような、手ごたえのない感覚。なんでこんなことをしているのだろう。人の気持ちを考えなさい、とか言われたからだろうか。わからないが、気がつくといつの頃からかしていた。わたしは父。母。水槽の魚。校舎の窓から見える桜の木。そして小柄な鬼。夕食はコンビニ弁当。酒。なんとなく麻雀を打つ。楽しいような気がする。故郷の友を想う。

 規則的に、ずっと遠くまで並ぶ街灯の列はどこかへ連れて行ってくれるような気持ちにさせてくれる。こちらの方角は故郷のほうではないが、遥か故郷を想う。嫌なことを思い出す。楽しかったことを思い出す。なぜ記憶に残っているのかわからない、ある日のおしゃべりを思い出す。今日は運よく座席に座ることができて、もはや完全に慣れてしまってなんのエキゾチズムもおこらなくなってしまった車内でゆっくりと、静かに微睡んでいく。乗り過ごしてはいけない。でも暖かな座席とバスの揺れに、このまま身を任せてしまいたい。深く首を垂れて眠る鬼の頭に光る角を、赤子は母の腕に抱かれてじっと見つめていた。降りる際までずっと見ていて、そしてバスの扉が閉まった。

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take me 後藤いつき @gotoitsuki

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