第一章 Polar Star 3


◇◇◇



「適応同期性評価結果だ、」

 教官がタブレットを片手に読み上げる。

「0611Hベノアと0634Aウェーバー、適合率92%」

「90%超えてきたね」

 ブリーフィングデスクの卓上で指を組んでいたカイがこちらを見て微笑んだ。柔らかな黒髪が、ライトの下で輝いていた。

 組んだ当初は70%台後半だった。それをここまで持ってくるのにはそれなりの努力を要した。

「90%以上ならもう実戦レベルだ」

 JJは背もたれに深く背を預け、頭の後ろで指を組んだ。卒業も近く、実際にはクリアできるか心配していたので安堵の気持ちの方が強い。教官はほかのペアの結果について読み上げている。

「早く前線へ出たいってこと?」

「どこでもいい。ここ以外の場所へ出られるならな」

「そうだね」


 適応同期率90%以上なら現場のESたちの組み合わせと同レベルだ。もうほぼ、二人一組ツーマンセルのユニットとして完成しているということである。訓練所を出たら即、実戦投入されるだろう。

 ちなみに訓練所の成績は実戦時の配属先にも影響する。だからこれらのテストで手を抜く者はいない。


 ところがそれから数日後、JJとカイは指導教官に呼び出された。


「計画が変更になった。来週の適合評価では、0625I斎木瑛司と0634Aカイ・ウェーバーがユニットを組む」

「は?」

 JJは思わず教官を睨んだ。

「俺とカイはもう2年は組んでるのに。最終テスト目前で今さらユニット交代なんて承服できません」

「別のペアも試すのは普通のことだ」

「ですが、この時期にシャッフルってのは納得いかない」

「0611H、J・J・ベノア。これは上からの指示だ。歯向かうつもりか?」

 教官の持つデバイスはJJのICチップに干渉できる。JJは規則違反で罰せられたときの引きずられるような痛みを思い出し脂汗をかいた。

「……分かりました。でもカイ自身の意見を聞いてからだ」

 衝動を抑えて拳を握るJJの横で、カイは不安げな表情を浮かべていた。

「0634A、異存はあるか」

「僕は……いえ、ありません」


 カイが背筋を伸ばしそう答えたのはおそらくJJを庇うためでもあっただろう。教官に逆らえばデバイスからICチップ経由で神経系への直接刺激が行われる。訓練生が命令に従わない場合、頭痛から始まり、徐々に全身に痙攣や焼けつくような痛みが拡散する。また重い違反では数時間の「感覚隔離」も行われ、その間、視覚や聴覚が一時的に遮断される。記憶を司る大脳辺縁系への介入もあると聞く。このような罰則は「神経調整」と呼ばれ、公式には「行動適正化処置」という言葉で記録される。誰もがこの経験を積むことを恐れていた。


 そして適正化措置を繰り返し受けることの危険性を……二人は感覚的に理解していた。


◇◇◇


 オーエンから適応同期性評価テストを受けろと言われ、JJの脳裏には不意に、そんな訓練所時代の記憶がフラッシュバックしていた。


 ……カイ・ウェーバーは斎木瑛司とはまったく逆のタイプで、温厚で感受性に優れ、訓練生のなかでは比較的目立たない青年だった。年に数日しかない休暇には訓練施設の芝生エリアの端っこで、レトロな紙の本を読みながらうっかり寝入ってしまい自動散水機スプリンクラーの放水を浴びて飛び起きるような愛すべき青年だった。彼の名の綴りは『Kay』だが、自分の名には『海』という意味があるんだ、と十代のころ教えてくれたのを覚えている。

 またあるときカイは憧れに満ちた表情でタブレット端末の海の写真を指さして、いつかこんな砂漠に囲まれた都市から離れて本物の海を見てみたいんだと語っていた。


 カイはあれから、本物の海を見ることができただろうか。

 それとも命を失って今、自分の名の由来であるその場所に、辿り着けただろうか。



 カイのPSIタイプは増幅型、戦闘タイプは遠隔型だった。『とびぬけた才能がない分、誰とでも組めて都合がいいのが僕の長所かな』と、カイは自虐的に言っていたことがあるが、それは別に恥ずべきことではない。

 『感覚系に難あり』とされていたJJにとっても、カイは相性のいい相棒だった。

 斎木瑛司はそれを知っていてカイ・ウェーバーを自分の相棒にと希望したのだ。嫌がらせのつもりか? いや、斎木瑛司が自分に嫌がらせをしたと感ずるなど、自惚うぬぼれが過ぎるというものだ。

 なぜ彼のような天才がカイを「発見」してしまったのだろう?

 そしてなぜカイも、彼を選んだのか。


(瑛司と行かなければカイは死なずに済んだだろうか?

 もしも俺があのとき――、最終適応テスト時にはっきりと拒否を訴えていたら?)


 信じたくない思いと仮定が、次々と脳裏を駆け巡る。ついでにいくばくか美化された訓練生時代の思い出も。


 思考が追いつかなくなり、オーエンに返答しなければと無理やり現実に立ち戻った。


「……話が見えてこない。まず斎木瑛司が重体。それからオレのバディになるはずだったカイ・ウェーバーがやられたって話も理解した。だがそこからどうして俺が中央セントラルに呼ばれる?」

「さあな、何故だろう。俺は上からお前を探して来いと言われただけだ」

「おかしい。欠員補充にしたって、実戦配備後に研究施設に戻されるなんて聞いたことがない。エリアの配置転換リアサインなら分かるが、研究所はまず、ない。何か隠しているんじゃないのか」

「行きゃ分かる、とりあえず観念して助手席に乗れ。単座艇はこっちで曳航する」


 JJの単座艇は掃討班によって隊列の最後尾に括りつけられていた。拿捕された敵機のようにセントラル市までけん引していくらしい。JJは足元の砂を蹴とばした。

「なるほどね、わざわざあんたが作戦エリアの真ん中まで迎えに来たのは俺を逃亡させないためか?」

 オーエンのオリーブ色の瞳が細められる。

「状況把握が素早いな、坊や」

「坊やはよせ。もう21だ」

「じゃ若手のホープとでも呼ぼうかな。呼び戻されるのはセントラルのお偉方がお前に期待している証拠さ」

「期待されてるESの使われ方か? こんなの。そもそも辺境の哨……」

「つべこべ言うな、おまえに選択権はない」

とオーエンは言い捨てて歩き出す。本人同様にバカでかい軍用車のスターターを踏み、通信を入れた。


「オーエンだ。ゼロ・シックス・ダブルワンHを回収リカバリーした。今からセントラルへ帰還する」


 湧き上がる暴言を打ち消しながら、JJはまだ衝撃に揺らいでいる頭でオーエンの隣席へと乗り込んだ。拒否権もなくセントラルシティへ連行。まるで囚人の移送だ。


 砂漠の景色が後方へと流れはじめ、JJはやや乱暴に防塵ゴーグルを下ろして目を閉じた。




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