第14話 最後の戦いと、手応えの最大値

数日後、フィーリアが解析した情報と、ギルドの調査によって、「蛇の聖餐会」が大規模な儀式を行おうとしている場所が特定された。それは、リコリスの町の南、古代遺跡が眠る「忘れられた谷」の地下深くに広がる、巨大な地下神殿だった。

ギルドマスターのドレイクは、リコリスの町の全冒険者と衛兵隊の一部を招集し、総力をもってこの地下神殿への奇襲攻撃を決定した。フィーリアは当初、得意の単独潜入による情報収集と破壊工作を提案したが、敵の規模と儀式の危険性を考慮したドレイクの「今回は全員で叩き潰す」という鶴の一声で、結局は主力部隊の一員として参加することになった。ブレイブ・ハーツの面々も、もちろん一緒だ。

「やっぱり、こうなっちゃったか……。でも、やるしかないよね。せっかく準備したんだし」

フィーリアは、ガンツと共に作り上げた数々の秘密兵器を革袋に詰め込みながら、小さくため息をついた。その瞳には、面倒だという色と共に、どこか試練に臨む者の静かな高揚感が浮かんでいた。

決行は月が隠れる闇夜。フィーリアたちは、ドレイクの指揮のもと、音もなく地下神殿の入り口へと迫る。そこは、不気味な蛇の石像がいくつも並び、禍々しい魔力が渦巻いている場所だった。

「総員、突入!」

ドレイクの号令と共に、冒険者たちが一斉に神殿内部へと雪崩れ込む。待ち構えていたのは、黒いローブを纏った「蛇の聖餐会」の信者たちと、彼らが召喚したと思われる異形の魔物たち、そして以前フィーリアたちが遭遇した強化オークの群れだった。

神殿内部は、たちまち剣戟の音、魔法の爆音、そして怒号と悲鳴が入り乱れる大混戦となった。

フィーリアは、その混乱の中を縫うようにして冷静に立ち回る。

「レオンくん、右翼の敵が多いよ! ティムくんは後方から広範囲の魔法をお願い!」

的確な指示を飛ばしながら、彼女自身も戦闘に参加する。腰に下げたポーチから取り出したのは、ガンツ特製の投げナイフだ。数本同時に投擲されたナイフは、まるで生きているかのように正確に信者たちの急所を捉え、次々と戦闘不能にしていく。

敵の魔術師が強力な魔法を詠唱しようとすれば、ワイヤー射出装置で体勢を崩させ、詠唱を中断させる。オークの群れが突撃してくれば、足元に自作の小型爆ぜ玉を転がして混乱させ、その隙に携行槍で確実に仕留める。

「あっちの通路、罠を仕掛けておいたから、そっちに追い込んでくれると助かる、かも。踏んだら、ちょっと痺れると思うよ」

フィーリアが事前に仕掛けておいた感知式の麻痺罠が発動し、追ってきた敵の一団がまとめて動けなくなる。その戦い方は、他の冒険者たちのような力任せの豪快さはないが、まるで精密機械のように計算し尽くされ、効率的で、そして何より効果的だった。

「フィーリアちゃん、すごい! まるで戦場を踊ってるみたいだ!」

リリィが感嘆の声を上げるが、フィーリアは「別に……。早く終わらせたいだけだよ」と素っ気なく答えるだけだった。

主力部隊が信者たちや魔物の大群を引きつけている間に、フィーリアとブレイブ・ハーツ、そしてドレイクを含む数名の精鋭は、神殿の最深部、儀式が行われようとしている祭壇の間を目指した。

そこには、これまでの敵とは明らかに格の違う、禍々しいオーラを放つ三人の人影がいた。一人は、以前フィーリアたちが「竜の寝床」で遭遇した、髑髏の杖を持つ魔術師の上役と思われる、より強力な闇の魔力を操る老婆。もう一人は、全身を異形の鎧で覆い、巨大な戦斧を振り回す屈強な戦士。そして中央には、蛇の紋章が刺繍された豪華なローブを纏い、冷たい笑みを浮かべる若い男が立っていた。彼こそが、このリコリス周辺における「蛇の聖餐会」の指揮官、幹部の一人だろう。

「お待ちしておりましたよ、ギルドの皆さん。そして……小さなネズミさん」

若い男――名をアルカードと名乗った――は、フィーリアを見て嘲るように言った。

「思ったよりずっと強い……でも、何か弱点があるはずだよね。落ち着いて観察しないと……」

フィーリアは冷静に相手の力量を測る。アルカードは、これまでのどの敵よりも強力な魔力と、底知れない邪悪さを感じさせた。

戦闘が開始されると、老婆の魔術師は広範囲に及ぶ呪詛の魔法を放ち、鎧の戦士は圧倒的なパワーでレオンやドレイクを押し込もうとする。アルカード自身は、指先から放つ黒い棘のような魔力弾で的確にフィーリアたちの連携を妨害してきた。

フィーリアは、ワイヤーを駆使して祭壇の柱や天井を飛び回り、敵の攻撃を紙一重でかわしながら、反撃の機会を窺う。投げナイフは魔法障壁に弾かれ、携行槍も鎧の戦士の硬い装甲には通じにくい。

(このままじゃジリ貧だね……何か、一瞬でもいいから大きな隙を作らないと……)

フィーリアは懐から小さな袋を取り出した。中には、ガンツと開発した特殊な薬草の粉末――強烈な閃光と刺激臭を発する目くらましだ。

「レオンくん、ドレイクさん! あの鎧の戦士、一瞬でいいから動きを止めてほしいんだけど、できるかな!?」

「任せろ!」「おう!」

レオンとドレイクが同時に鎧の戦士に猛攻を仕掛け、その動きを一瞬だけ封じ込める。その隙に、フィーリアは老婆の魔術師とアルカードの間に割り込むようにして閃光粉を投げつけた。

パァンッ!という破裂音と共に、強烈な光と刺激臭が周囲に広がる。

「ぐっ! 目が……!」「小賢しい!」

敵幹部たちが一瞬怯んだその隙を、フィーリアは見逃さなかった。

ワイヤー射出装置でアルカードの足元に素早く接近し、携行槍の石突き部分に仕込んでおいた麻痺毒の塗られた針を、彼のブーツの隙間に深々と突き立てる。

「なっ……!?」

アルカードの動きが、ほんの一瞬、明らかに鈍った。

「今だよっ!」

その瞬間、フィーリアの鋭い声が響き渡った。ティムの最大級の攻撃魔法がアルカードの魔法障壁を揺るがし、リリィの矢が老婆の魔術師の詠唱を中断させ、そしてレオンとドレイクの渾身の一撃が、動きの鈍ったアルカードと鎧の戦士を同時に捉えた。

「ぐ……あ……あああああああっ!!」

アルカードは信じられないという表情でフィーリアを睨みつけ、やがて黒い霧となって消滅していく。老婆の魔術師と鎧の戦士も、主を失ったことで力が弱まり、冒険者たちの追撃によって次々と打ち倒されていった。

祭壇の間には、静寂が戻った。強大な敵を打ち破った達成感と、全身を包む疲労感。フィーリアは、その場にゆっくりと座り込んだ。

(……ふぅ。やっと、終わった……かな?)

それは、これまでのどんな戦いの後よりも大きな、「手応え」だった。自分の知識と技術、そして仲間たちとの連携が、強大な敵を打ち破ったのだ。その事実は、フィーリアの心に静かな、しかし確かな満足感を与えていた。

しかし、アルカードが消える間際に残した言葉が、フィーリアの脳裏に蘇る。

「これで終わりだと思うなよ……我らが主の……“大いなる目覚め”は……もう、止められぬ……」

そして、祭壇の上には、アルカードが持っていたと思われる、奇妙な蛇の形をした黒い短剣が残されていた。それは、不吉な魔力を放ち続けている。

リコリスの町での「蛇の聖餐会」の企みは阻止できたかもしれない。だが、組織の全貌は未だ謎に包まれたままであり、本当の黒幕はさらに奥深くに潜んでいる。フィーリアたちの戦いは、まだ終わったわけではなさそうだった。

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