6話:『コメント欄の海、優の選択』
――それは、ある夜の配信後。
優はモニターの前に座り、終わったばかりのコメント欄をゆっくりとスクロールしていた。
今日はゲーム配信ではなく、雑談メインでやってみた。たわいもない話――近所のたこ焼き屋の値上げとか、昼に見た猫がめちゃくちゃ太ってたとか、そんな話。
「……ん? あれ?」
ふと、あるコメントが目に留まった。
> 「今日の話、なんかすごいリアルで、めっちゃ好きやった」
> 「ゲームもええけど、こういう日常話ももっと聞きたいなぁ」
> 「岸和田って、行ったことないけど、なんかええなって思えてきたわ」
優の手が止まる。
一瞬、胸の奥がチクッと疼いた。あったかくて、でもちょっとだけ苦しいような――そんな感じ。
「……うちが、うちのこと話して、誰かが喜ぶって……そんなことあるんやろか」
画面の端には、今日だけで新しく登録されたチャンネル登録者数“+748人”の表示。
思い出すのは、昨日の姉・優佳の乱入、今日の雑談。
ゲームじゃない日こそ、数字が跳ねる――それが、なんとなく不思議で、でもちょっと嬉しかった。
「……ほな、明日は“岸和田まるごと紹介配信”でも、やってみるかぁ」
頭の中に、地元の風景が次々と浮かぶ。
だんじりの通る道、神社の石段、角のたこ焼き屋、商店街のアーケード。
小さな頃から当たり前に見てきた、でも大人になって見逃してきた、あの町並み。
――そのすべてを、画面の向こうに伝えたいと思った。
「VTuberって、キャラ作るもんや思ってたけど……もしかして、うちのまんまでも、ええんちゃうやろか」
優は小さく呟いた。
そして翌日。
彼女は画面越しにこう語り始める。
「みんなー! 今日は特別やで。うちの町、岸和田を紹介すんで! ただの地元紹介ちゃう、これは“岸和田愛炸裂SP”や!」
画面には、彼女が描いた手描きマップ。
「だんじりルート」や「優のおすすめたこ焼きMAP」「優佳姉ちゃん出没ポイント」など、ツッコミどころ満載の情報が並ぶ。
コメント欄は爆笑と感動の嵐。
> 「ガチで現地行きたくなってきた」
「こんなローカル推しVTuber、はじめてや」
「岸和田PR大使に任命しろw」
画面越しでも伝わる、優のまっすぐな想い。
誰かの心を、少しだけでもあったかくできるなら。
――そんな小さな覚悟が、彼女の中で芽吹いていた。
「うち、これからも、ちゃんと“うち”でおるからな。よかったら、ずっと見とってな」
それは、優自身が初めて言えた“自分の言葉”。
画面の外は、夜風に揺れるだんじりの提灯。
小さな灯りのような配信が、静かに、人の心を照らし始めていた。
---
次回、第1章7話『VTuber優、企業案件くる!?』
突然届いた一本のメール。それは、夢に近づくチャンスか、それとも――?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます