ピエロ

 伊賀美加いがみかの恋人作りに野間のまおさむが連れ回されるのは、今回で何度目だろう。

 一時間前、今回も修は学校帰りに待ち伏せていた幼馴染みの美加につかまり、修の友達への告白を手伝って欲しいと、無理矢理連れて行かれた。


 美加の調べた相手の男の帰宅ルートで待っていると、男が制服を着た女性と手を繫ぎながら歩いてくる。

「よぉ、野間。めずらしいな、こんな場所で」

「おー河田、ちょっと野暮用でな」

 河田の彼女が、修に向かって小さく頭を下げる。

 髪が長く、薄い化粧の、大人しい女性だ。

 河田の方も修の背中に隠れている美加に気付き、ニヤニヤしながら修に話しかける。

「おまえもデートか?いつも恋愛に興味なさそうな顔してたくせに」

「ただの幼馴染みだよ」

「おいおい、照れるなよ。じゃあな、また明日」

 河田は繫いでいる手とは反対の手をあげて去って行った。


 修も手をあげて二人を見送ると、背中で肩を小刻みにふるわせながら鼻水をすすっている美加の方に振り返った。

「知ってたの?彼女がいること。なんで教えてくれなかったの?」

 責めるような美加の言葉に、修はため息をつく。

「知ってたけどおまえ、俺が話をしていた奴て言っただけで、誰の事かなんて言わなかっただろ」

「名前、知らなかったんだもん」

「ストーカーまがいの事までしてたくせにか?」

「えー、チョーひどい。たまたま街で見かけて、後ついて行っただけだもん」

 修は、より深いため息をついて、「危険だから、二度とするな」と言うと駅に向かって歩き出した。

 その後をぴょこぴょこと、跳ねるように美加がついて行った。



「ミカが好きな人は、何でミカを好きになってくんないんだろね、シュウ」

 信号を待っている美加が、修にぼやく。

「おまえは理想が高いんだよ、もっと身近なところで探せ」

「えーえーえー、意味わかんない。ちょー釣り合ってんじゃん、あんな地味な女より」

「おまえの家、鏡はないのか」

「えーっ、メイク崩れてる?」

 美加はバッグから鏡を取り出し、様々な角度から自分の顔を見出した。

 その厚いギャルメイクを一つ一つ確認しながら、美加は自らの出来映えに満足そうに頷く。

 修は呆れて、道に立ち止まって鏡を見ている美加を置いて、さっさと信号を渡っていってしまった。 



 先に駅について、いつまで経っても来ない美加を探しにいった修が、信号近くの小道に入った先の公園に着いたのは、別れてから三十分ほど経ってからだった。

 夕方の薄暗くなってきた小さな公園には、数人の小学生が遊具の周りに残っているだけで、そこのブランコに美加は一人で下を向いて座っていた。

 もう少しすれば騒いでいる小学生も家に帰る。

 電灯がつく頃には近くを走る車の音くらいしか聞こえてこなくなり、途端に治安が悪くなりそうな立地の公園だった。


「何してんだよ」

 修は近くの自販機で買ったジュースを美加の頬につける。

 美加はビクッと肩をすくめ、修の顔をみとめると睨んだ。

「迎えに来るのが遅い!いつまで待たせるの」

「おまえが言うか」

「ミカだからいいの」

 公園で一人で泣いていたのか、ミカの化粧はさっきよりも大きく崩れている。

 濃いアイシャドウやマスカラは大きくゆがみ、顔全体がコントのキャラクターの様になっていた。


 修も隣のブランコに腰をおろす。

「本気だったのか?」

「本気だよ。ミカはいつでも恋には本気」

「言いたかないけど、本気で付き合いたいならその似合わない化粧、もう少し大人し目にしろよ」

「イヤっ、これは私のヨロイだよ、似合ってるし。大体私の初めてを奪って騙しておきながら、えらそうに!」

 修は口に含んでいたジュースを吹き出して、咳き込む。

「き、きもちのわるいこというな!」

「なんで?ホントじゃない。私の初一目惚れ、初告白。あっ、初プロポーズはシュウからだっけ」

「ガキの頃の話だろ、いつまで言ってんだよ」

「いつまでだって言うよ、ミカとシュウがおばあちゃんとおじいちゃんになって、死ぬまで、何度だって」

 そう言って美加は笑い、顔を上げて視線を暗くなっていく空に向けた。

「ホント、世界はミカに優しくないね」

 修は何も答えず、美加の視線を追って空を見上げる。

 暗くなりかけた空は、月が薄く見えるようになっていた。



 駅で化粧を整えた美加を心配して、修はマンションまで送っていった。

「大丈夫か?」

「うん、今日は付き合ってくれて、ありがと」

そう言うと、美加は振り返らずにマンションに帰っていった。

修はそれを見届けると、足下の石ころを蹴飛ばして「クソ親父」と呟く。



 修と美加が出会ったのは小学二年生の頃。

 転校してきた修がいじめられているのを、助けたのが美加だった。

 修と美加は、幼いながら運命のように魅かれあい、お互いを意識するようになった。

 三年生になると美加が告白し、しばらくして修がプロポーズをした。

 大人の目から見たら幼稚なママゴトに見えたのだろうが、二人は真剣に将来を約束していた。


 二人の恋愛に決定的に亀裂が入ったのは、五年生の時だった。

 修が母親とデパートに買い物に出かけた時、突然美加に声を掛けられた。

 美加も家族で買い物に来ており、両親を紹介された時、修は手に持っていた玩具を思わず落とした。

 美加の父親は、修が五歳の時に家族を置いて家を出て行った、修の父親だった。

 修の両親も、美加の母親も、よそよそしく挨拶を交わした後に急いでその場を離れた。

 その場の息詰まる空気に飲まれた修は、父親に何も言う事が出来なかった。


 帰宅後に修が母親に聞かされたのは、美加と自分が兄妹であるという事だった。

 婿養子だった修の父親は、他の場所に家族を持っており、子供までいる事が発覚して、家を出て行く事になったのだと聞かされた。


 それ以来、修は美加を避けてきた。

 急に冷たくなった修に美加は傷ついたが、何とかコミュニケーションをとろうと話しかけた。

 それでも二人の距離は開いたままだったが、中学二年の時にそれは大きく変わった。

 美加が突然、夏休み明けに派手なギャルメイクをして登校してきたのだった。

 それから美加は、好きな男が出来たと言っては修を強引に連れ回し、自分の告白を手伝わせるようになった。

 修も内心は複雑だったが、美加が自分以外の男を好きになるならと、協力をすることにしたのだった。



 エレベーターに乗ると、美加は液晶の階数表示をぼんやりと見上げていた。

 美加が自分と修が兄妹であると知ったのは、中学二年の頃。

 徐々に父親の目元や口元に似ていく自分の顔と、同じ特徴を修にも見てその関係性に決定的亀裂が入った日の事を思いだし、父親に問いただした事で知る事になった。

 悩んだ美加は、その特徴を厚い化粧で消す事で心の安定を図り、道化のように修の前で振る舞う事によって、自分に呆れて欲しくて、わざとおかしな態度をとるようになった。

 


「どんな形でもいいから、ずっと一緒にいたいだけなのにな」

 美加の顔はまた大きく化粧が崩れていて、ピエロのようになっていた。

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