3 路地裏のゾンビ

 駅前でタクシーを降りると、平尾さんはスタスタと歩きはじめた。

 彼女のとなりに並び、ボクはもう一度聞いてみる。


「あの、どこ行くの?」


「すぐそこだよ。歩いて行ける距離」


「何するの?」


「来ればわかる」


「今のところ、ボクにはキミの言動すべてがイミフなんだけど?」


「百聞は一見に如かずっつってね」


「おじいちゃんみたいなことを言うんだな」


「ま、似たようなもんだよ」


「じゃあ、今度からおじいちゃんって呼ぶね」


 いたずらな感じで、ボクは彼女に言ってみる。

 彼女は、ニヤリとこちらにほほ笑んだ。


「そこはせめて……スーパー美少女JCでしょ?」


「あの、さっきから思ってるんだけど、フツー、それ、自分で言わなくない?」


「自分で言う人がいても良いでしょ?」


「まぁ、悪くはないけど……」


「離れないで」


 彼女が、今度は腕じゃなく、ボクの手を握ってくる。

 学年女子・人気ランキングぶっちぎりトップのぬくもりが、じんわりと伝わってきた。

 これ、一体どうなってるんだ?

 なぜボクが、こんな美人と、手をつないで街を歩いてる?


 駅前通りの人波を、ボクたちはくぐりぬけていく。

 行き交う人々は、皆楽しそうだった。


「今日の私はね、めちゃくちゃイレギュラーな目に遭い続けてるんだ」


「それはつまり、思いがけない出来事に遭遇しまくってるってこと?」


「そう」


 街を歩く男たちの多くは、平尾さんを振り返っていた。

 まぁ、それはそうだ。

 平尾さんはスーパー美少女JCで、この街を歩くどの女性よりも輝いている。

 でもそんな視線を完全にシカトし、彼女は続けた。


「まず――昼休みのバグ」


「バグ?」


「その処理をあなたに目撃された」


「目撃、したんですね、ボク……」


「おまけにたった今、追跡中のバグ。一日に二体バグを処理するとか、そういうことってあんまないんだ」


「あの、そのバグっていうのは、一体何なんだろ?」


「あれ? こどおじさんにファミコンやらしてもらってたんじゃないの?」


「いや、ゲームのバグはわかるけど、ボクが聞いてるのはキミが言ってるバグ」


「まぁ、便宜的にバグって呼んでるだけだよ。実際はグリッチ的なものだね。グリッチ、わかる?」


「あれでしょ? ゲームのバグとか不具合を利用して、めちゃくちゃ強くなるやつ」


「そう、それ。でも、まぁ、どちらかと言うと、ヤツらはノイズの側面の方が強いかな」


「ノイズなんだ……って言うか、ヤツらって誰?」


「ここだ」


 平尾さんが立ち止まり、路地裏に入っていく。

 そこはビルとビルのすき間にある、薄暗くて狭い空間だった。

 ボクはここに、なんとなく見覚えがある。


「ここ、ボク、知ってる」


「え? マジ?」


「うん。小学校の頃、たまにみんなで遊びに来てた」


「路地の奥は、どんな感じ?」


「この先は行き止まりだね。向こうの通りに抜けることはできない」


「あなた、何をしにこんなとこに来てたの?」


「ゲーセンがあったんだよ。たぶん、今もあるんじゃないかな?」


「ゲーセン……」


「そこは80年代のアーケードゲームがたくさん置いてある店でね。店長さんがマニアで、キチッとメンテナンスしてある」


「つまり、あなたくらいの世代には、夢のような場所ってこと?」


「まぁ、そうだね。あの頃は楽しかったなぁ……」


「でも悪いんだけど、あなたがこれから見るのは、ちょっと違う夢かもしんない」


「ちょっと違う夢? どんな夢?」


「ナイトメア――悪夢だよ」


「悪夢?」


「着いた。この空間は、一時的に強制隔離する」


「強制、隔離?」


 次の瞬間――薄暗い路地裏が、一瞬にして暗闇に包まれた。

 まるで何かのシステムがダウンするように、周囲の風景が静かに闇に沈んでいく。


 え? え? え? え? え?


 気がつくと、ボクたちの目の前の空間にあきらかな異常が見えはじめた。

 ビルの壁のアチコチに、ブロックノイズのようなものが出現してくる。

 それは今日の昼休みに、階段で見たものと同じだ。

 

「えっと、何、これ? どうなってんの?」


 カサッ。


 突然、目の前の暗闇の向こうから、何かが動くような気配がする。

 そちらに目をこらすと、誰かが立っているのがボンヤリと見えた。

 その人は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 めちゃくちゃ怪しいムーヴだ。


「ね、ねぇ、平尾さん」


「何?」


「これ、なんかマズくない? 雰囲気、激ヤバなんだけど?」


「言っとくけど、もう逃げられないよ。さっきここを隔離したの、聞いてなかった?」


「それは聞いてたけど……隔離って何? 言葉の意味じゃなくて、状況の話……」


 暗闇に目が慣れてくると、路地裏の奥にいるのは二人だった。

 ゆっくりと足を引きずるようにして、こちらに向かってくる誰か。

 そしてその人の足もとで、グッタリと倒れているもう一人。


 あの倒れてる人……見覚えがある……。

 あれって、もしかして……あのゲーセンの店長さん?


 え……。

 店長さんの体の下の水たまりが、よく見ると赤い。

 もしかして……血?


「て、店長さん!」


「あぁ。あの人がそのゲーセンの店長さん?」


「し、死んでるの?」


「あれは死んでるね。完全にやられてる」


「か、軽く言わないでよ……」


 ボクたちがそんな会話をしてる間に、こちらに近づいてくる人影がハッキリと見えてくる。

 そいつの姿を見て、ボクはちょっと、マジでチビりそうになった。


 焼けただれたようにめくれあがった、顔面の皮膚。

 一体どうやったらそんな風に破れるのか、めちゃくちゃボロボロになった服。

 手足が全部、ヘンな方向に折れ曲がっている。

 そいつは目を見開き、楽しそうに口を歪めながら、こちらに向かって歩いていた。


「あの、平尾さん……」


「何?」


「あ、あれ……どう見たって、ゾンビなんじゃ……」


「あぁ。っぽいよね」


「いや、っぽいよね、じゃなくて……あれ、あきらかにゾンビだよ……」


「下がっといて」


 平尾さんが、ボクから手を離し、胸を押してくる。

 ボクはよろよろと、数歩だけ彼女から下がった。


「バグの処理をはじめる。こいつはなかなか手ごわそうだ」

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