新婚の夫による個人ブログ⑥


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 私はブログを読み終えて、息をついた。

 その後は何事もなかったかのようにホテル副支配人である夫の日常を書きとめた記事ばかりになっていた。意識して避けていたのか、妻や家の話は載っていない。一年後にホテルが倒産。ブログの更新も途絶えた。

 売却された家がその後、どうなったかはわからない。


「確かに第一の家と似ていますね。まったく別の怖い体験談ではありますが、奇妙な構造をした家、という軸が共通しています」

 ヤモリさんに第二の家の話を紹介したところ、ブログを検索して読んでくれた。

 第一の家の話で考察を語りあってから、ヤモリさんとはよく話すようになっていた。


 ヤモリさんはいわゆる読書アカだ。日頃から読了した小説の感想を投稿しており、愛読している本が一致していたことでさらに親近感が湧いた。SNSという場なので、読書の感想しか投稿しないヤモリさんの素姓はうかがえなかったが、愛読している作家の傾向、膨大な知識量や言葉遣い、顔文字の選びかたから察するに熟年の女性ではないかと推測していた。


 私たちはチャットのようにリアルタイムで喋ることもあれば、文通のように何週間かの期間を空けながら長文の交換をすることもあった。その時は文通期だったので、彼女からの返信は八ヶ岳でも梅の莟が綻ぶ三月過ぎになるだろうかと思っていた。だが意外なことに返信は二日と経たずにかえってきた。


「奇妙なかたちに設計された家に住んで不可解な現象に見舞われるという部分だけではなく、人間関係が破綻をきたしていくというところまで一致していますね」

「まあ、どちらの要素も家系ホラーのお約束ではあるので、ほんとうに関連があるかは分からないのですが。家の設計が似ているなと」


 家系ホラーとは小説とか映画とかで昔から人気のジャンルで、古いものだと1979年制作の『悪魔の棲む家』1982年制作の『ポルターガイスト』といった映画が有名で、小説だと小野不由美氏の書いた『残穢』等が有名である。今でこそ家系、物件系ホラーは人気を博しているが、私がこの話を収集していた令和三年から四年はまだ、じわじわと火がつきはじめたころだったと認識している。


「家は生活の基盤ですから。実際、家に殺されることって結構あるんですよね」

 家に殺されるというヤモリさんの言葉は私に刺さった。不謹慎だが、良い表現だ。

「家が死因というのが正確ですが、事故物件のなかでも連続して居住者が自殺したり事故死したりするいわくつきの物件ってあるじゃないですか。事故物件に暮らしてみたレポとかがありますけど、調査したひとが体調不良に見舞われたりしています。霊障だと騒がれていますが、実のところ、あれって家の構造に欠陥のある例が多いんですよ」

 ヤモリさんのコメントに「え、そうなんですか?」とかえす。


「よくある例は建材ですね。壁紙の接着剤にはホルムアルデヒドというものが含まれていることがあって、これを吸いこむとシックハウス症候群になります。頭痛やめまい、疲れ、傾眠、鼻炎に喘息といった様々な症状が現れ、段々体調に異変をきたします。そうなると気分が落ち込んだり不注意で事故に遭ったりという危険性が増します」

「なるほど、確かにそれは考えられますね。幽霊の正体見たりということでしょうか。私の幼少期にアスベストの危険性が明らかになって、騒動になったのを思いだしました」

 平成十七年だっただろうか。その一年後にはアスベストの使用が全面停止になった。私はあることを思いだして「そういえば」と続ける。


「十九世紀ごろにヨーロッパでも似た事例がありましたね。貴族の間ではエメラルドのようにあざやかな緑の壁紙や緑の家具等が人気を博していたのですが、実はその緑は砒素からつくられていたんです。なので緑の部屋に暮らしていた貴族たちは続々と砒素中毒になって、命を落としました。ナポレオンの死因も実は毒殺ではなくこの緑の部屋だったのではないかという噂があるくらいです」

 この致死毒の緑で染められた死のドレスもあったとか。砒素の毒性が知られていなかった時代には袖を通したものが死にいたる呪われたドレスとされていたかもしれない。

「今のは物理的に有害な、というか有毒な例ですが、他にも傾いた家に暮らし続けることで心身に負担がかかって自律神経が乱れるという研究結果もあります。こちらも睡眠障害に始まり、食欲不振、倦怠感、不安やうつ傾向等が表れるとか。車酔いみたいなと表現することもありますね」

「つまりは家の構造に異常があると、居住者も異変をきたすということですか?」

「そうなります」


 あらためて、ふたつの物件を確認する。

「第一の家は全室に設けられた排水口と床下の異様な排水管の配置。第二の家だとふたつあるドアノブ、ですかね」

「加えて、第二の家は外壁と内壁の建材も逆になっているのが私は気になりました」ヤモリさんに指摘されて「え、どこですか?」と尋ねる。読み落としていた。


「2019年5月13日の投稿記事に詳細が書かれていました。通常モルタル壁は外壁に、無垢材は内壁に使う建材です。モルタルは罅割れやすいですし、でこぼこしているので埃がたまると掃除がたいへんです。外壁だと気にならなくとも、室内だと細部まで気になっちゃいますからね。たいする無垢材は耐水性も低いので、外壁にするとかびてしまったり変色したり、三年おきにメンテナンスが必要です」

「面倒ですね」

「天井部分につかわれていたモスグリーンのガルバリウム鋼板も屋根材ですし。もちろん、ぜったいに内装にはつかわないというわけではないですけどね。ただ、この構造も怪異と関連性があるように感じます」


「確かに奇妙なドアノブ側から入った時のリビングは左右反転していますね。鏡と表現されています。それから真っ赤になった妻というのは……想像したくはないのですが、身体が、つまりは表皮と皮下組織や臓物が裏返って露出していたのだとおもいます」

 保健室の人体模型ならば分かりやすいが、あれは剝いただけなので、さらに異様な姿になっていたのだろうと想像がついた。

「なるほど、現実的に考えるとかなりグロテスクですね。反転したというと、この奇妙な家に引っ越すまでは幸福そうなご夫婦だったのに、段々とすれ違いはじめて妻の嗜好や思考が真逆になっていきますよね」


 ヤモリさんの考察に私は「あれ?」とおもった。

「すみません。私は変化があったのは妻ではなく、語り手である旦那さんのほうだと思って読んでいました」

「え、そうなんですか?」ときょとんとした様子で返事がきた。

「はい。旦那さん、前半は酸味の強いハヤシライスが好きだったのに、後半になると妻のハヤシライスは酸っぱくてまずいと書き込んでいます。ちょうど反転したリビングに踏み込んでから嗜好が変わっているような」


 通知が十五分ほどとまる。投稿を確認してきたらしく、ヤモリさんが「ほんとうですね」と感心したようにコメントを投げてきた。


 私もログを読みかえしながら、あらためて家についての考察を進める。

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