第6話

 ――なにこの生き物。

 ふるふると小さく身体を震わせている男は、あの荒くれ者揃いの第四騎士団で氷晶の閃光と言われて怖れられているセシル・ベルトランとも思えない。


「狭いでしょう? もっと近くに……」


 こっち、と彼の袖を引けば、バッと払われた。過敏な反応に驚いた私に、彼はすぐに顔色を悪くして頭を下げた。

 いや、この場合は無許可で触れた私が悪い。反省してこちらも頭を下げる。


「いきなり触ってごめんなさいね」

「おっ、俺こそ申し訳ありません。少し、驚いてしまっただけで、不愉快だったわけでは、決して……しかし、あの、あまり気軽に触れないでいただけると、その」

「そんな態度を取られて、好きだと言われても……ねえ?」


 その態度から彼の言葉は本当のことらしいと実感しつつあるものの、今までの印象に加え、私自身の過去に問題がありすぎる。傷者と言われて忌避されていた私を、神聖なもののように思っている、なんてことを簡単に受け入れることが出来ない。

 そう告げればセシルは真剣な顔になる。


「心からお慕いしております」

「言葉だけでは足りないわ」


 言うだけなら、いくらでも嘘は吐ける。私は、同情するような顔と言葉の裏で嘲るような人たちを多く知っているのだ。


「ならば、どうすれば信じていただけますか?」


 セシルの目は真剣そのもので、もうそれだけで彼の言葉は信用するに足るのでは? と頭のどこかで言われている気になる。しかし、これまで汚いものを見るような目で見られることの多かった私にとって、年頃の男性が、しかも相手をしてくれそうなのが私しかない、というわけでもない男が、わざわざこんな女を相手にする? という疑問が拭いきれない。


「そうね、例えば」


 本当に私が好きだというのなら。

 汚れた女だと思っていないというのなら。

 ――こんな私のことを清らかな女のように言ってくれている人に対して、なんで意地悪なのかしらね。

 自分の底意地の悪さにげんなりしながらも、顔だけは笑顔を取り繕う。


「私のこと、抱きしめてくださる?」

「?!!!」


 そうねだれば、彼は露骨に狼狽えた。

 

「それは……」

「出来るの? 出来ないの?」

「……っ、出来……」


 セシルはそのまま、私から視線を逸らして黙り込んでしまった。

 なおも赤いその横顔を

 ――不快で触れたくないのなら、もっと引き攣ったり青くなったりするものかしら。

 などと思いながら不思議な気持ちで眺めていると、じっと見られているのに耐えきれなくなったのか、セシルはぽつりと呟く。


「……この距離でも心臓に悪いというのに……抱き締める、というのは、その、少々難易度が、高いのではないかと」


 ――もしかして、馬車でのアレも今と同じような意味だったわけ?

 てっきり、嫌われているから視線を合わせようとしてないのだと思っていたけれど、そうではないとわかると妙な気持ちになってくる。目の前の旦那さまは、騎士団で鍛えられた筋肉質な体躯をしているはずなのに、なぜか今は小動物のような印象しかない。

 ――この言葉、信じても良いのかしら。

 私は、また口を閉ざしてしまったセシルが、もう軽く5分は黙り込んでいるのを眺めながら思っていた私は、同時に彼から結婚を申し込まれた日のことを思い出していた。

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