(15)そういえば、なんだ?

 ウサギ狩り界隈、といっても大きな組織があるわけではない。徒党を組んでいる人たちはいたし、何度か誘われもしたけれど、ウサギを殺したいわけではなかったから断った。


 戦利品だけは大量に換金してたから、それで噂が一人歩きしたのかもしれない。


「ええと、『マクレガー』です」


 涼さんに教えてもらったわたしのリングネーム。マクレガー。マクレガー……あっ、ピーターラビットの登場人物か。お父さんをウサギのパイにしたという。


 変な趣味。


 受付の男も例によって真っ白な制服を着ていた。強面で、いかにもカタギじゃないですという感じ。ここ、本当に国営だよね。


「ルールは知ってるな。武器使用禁止、消極的行動禁止、あとはなんでもあり。形式はタッグマッチだ。塩試合したらぶっ殺す」


「こわ……」


「当然だ。これは興行だからな。逆に盛り上がれば、無事解放してやる」


 涼さんの話のとおり、勝つことが交換条件。でも、一体なんで。直接的な物言いは、流石に怪しいか。


「わたしたちがなにしたって言うの?」


「あぁ!? まだそんな寝ぼけたこと言ってんのか」


「大したことしてないし」


「お前らがうちのシステムに侵入したことはわかってんだ。それが大したことないなら、核戦争だって花火大会みたいに楽しめるだろうよ」


 拳用のサポーターとヘッドギアを投げ渡されて、さっさといけ、と後方を指さされる。


 ハッキング。何かの情報を盗もうと?


 振り返ると、細い廊下の向こう側が白く光っている。あの先がリングなのだろう。光を切り抜くように、人影が一つ、立っている。


 控室とかはないらしい。


 ということは。


 もしかして。


 長年染みついたファン根性とは厄介なもので、こんな状況でも別の興奮が何よりも勝る。


 なんでもない風を装って人影に近づいた。途中からそんなの無意味だと思い直して駆け寄った。


「四分神奈さんですよね!」


「なんだてめぇ」


「きゃー口が悪い! キャラじゃなくて素なんだ! わーー!」


「なんなんだてめぇ……」


 トゥーハンのドラム、四分神奈は『力こそパワー!』な人だった。力強くスティックを叩きつける様は演奏というより暴力の解放。バスドラはいつも破れるんじゃないかと思うほど、激しく踏み抜く。


 生命力。神奈さんを表すならこの一言。


 180センチを越える長身と、隆々とした筋肉。鋭い目つきと少し伸びたバズカット。


 なんかこう、目の前にいるだけで潰されそう。


 闘技場にいるって聞いたとき「なんで?」って思ったけど、よくよく考えるとこの人ほど闘技場が似合うドラマーもいない。闘技場が似合うドラマーが異端だけど。


「わたし、トゥーハンの大ファンで」


「あー、だから九十九と一緒にいんのか? 話は聞いてるぜ。ユキ連れて逃げてくれてるんだろ」


「すごい。本当にムキムキ。一回のライブでスティックを10本折ったっていう。しかも素振りで……」


「おい、聞いてんのか?」


「ひゃあ! なんかもう、キャパオーバーで。涼さんにも会えたし、神奈さんにも会えたし……死ぬ」


「今死ぬな。せめてリングで死んでくれ。いや死ぬな。お前、ほんとに九十九の連れか?」


「なんで?」


「全然ウマが合わなそうだ。あいつ、自分のこと好きな奴嫌いだろ」


 あれ。


 反対のことは言ってたけれど、自分が好きな人のことも?


「トゥーハンって不仲なの?」


 そんな噂は、なかったはずだ。


「ウチらはまた話が変わるけどよ。まー、現に一緒にいるんなら、あいつも変わったのかもな」


「わたしはただ、九十九さんの……トゥーハンの歌に救われて。そうだ、お礼。涼さんには言いそびれたけれど、ありがとうございました」


「会ってすぐ礼を言われる筋合いはないぞ」


「わたし、お母さんを亡くしてて。全部どうでも良くなっちゃってたときに、『STOLEN』に出会って、理不尽な世界でも生きていこうって思えた。だから、ありがとうございます、です」


「お前、敬語苦手?」


「あまり使い慣れてない」


「いいぜ。馴れ馴れしいほうがウチも気が楽だ。あとよ、今の話って、九十九にも直接言ったのか?」


「出会ったときに」


「なるほどね。お前、ええと」


「神酒コウ」


「コウね。よろしく。で、今の聞いて、九十九とコウが一緒にいる理由がわかったわ。これからも仲良くしてやってくれな」


 お墨付き。トゥーハンメンバーからの。


 お腹の辺りがふわふわする。あれ、でもわたし、九十九さんと仲良くしたいって思ってたんだっけ。


 んー?


 わたしと九十九さんって、そういえば、なんなんだ?


「とりあえずよー、逃げ回ってくれてていいから。あとはウチがなんとかする」


 そうだ。これから試合なんだった。今はそっちに集中だ。なんてったって、神奈さんのバディなんだから。

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