(14)界隈では有名ですよ

 階段を降りた先は、上階とは別の熱気に包まれていた。


 ダンスフロアにあるのは甘ったるくて弛緩した熱。だが、ここは違う。闘技場を埋め尽くすのはまさに熱狂だ。


 中央に向かって窪んでいくすり鉢状の客席には、ダンスフロアなんて目じゃないほどの人が密集していた。鉢の底、中央部には正方形型のリングがあり、観客はそこに向けて歓声を、汗を、昂りを、全身全霊でぶつけている。肌身で感じるこの熱気は、ここにいる人たちの体温が作り出したリアルなものだ。


「なに……これ」


「見ての通り、地下闘技場です」


「でも、ここって国の管理下じゃ」


「こんなご時世ですから、ガス抜きが必要なんですよ。私たちが前にここでライブしたのも、同じような理由です」


 リングでは殴り合いのバトルが行われている最中だった。どちらかの拳が相手の体にめり込むたび、歓声が地響きを巻き起こす。


「武器使用禁止、消極的行動禁止、あとはなんでもアリです」


 無法じゃないか。そんなところに、どうして神奈さんが。というか、わたしまで。


「真香さんのこと聞きに来ただけなのに……」


「交換条件、というわけではないですが、実は私たちもちょっと困ってまして」


 涼さんが「こちらです」と手招きした。すり鉢の上のほうをぐるりと回っていく。遠目にも、反対側にもう一つ出入り口があるのが見えていた。


「お姉ちゃんと私は、訳あって海ほたるに潜入してたんです。スパイってやつですね」


「ごめん、ついてけてない」


「でまぁ、お姉ちゃんがヘマしちゃいまして、見せ物として闘技場に出場することに」


「勝たないと出られない的な」


「はい。4人抜きしたんですけど、それは運営さんにとって計算違いだったみたいで」 


 この血と暴力の巣窟で? 神奈さんが? 4人抜き? それって本当にわたしの知ってる神奈さん?


「お姉ちゃん、強いですからね。それで、もともと5戦勝ったらって勝ったら約束だったのに、最終戦がタッグマッチにさせられて」


「涼さんも狙われた?」


「私だってことは、気づかれていないと思います。でも、協力者の存在はバレている。私はまだ、ここを離れるわけにはいきません。そこでコウさん、あなたの出番です」


 すり鉢の反対側についた。ぽっかりと空いた入口は、また下り階段になっている。


「この下が事務室です。選手登録はしてあるので、名前を言えば、あとは下のスタッフが」


「待って待って。なんか戦う流れになってるけど、わたし、できないよ」


「コウさん、ウサギ狩り界隈では有名ですよ? 『無傷のコウ』って」


 うっわ〜。


 顔を覆いたくなった。誰だそんな恥ずかしい名前つけたやつ。


「涼さんも、ウサギ狩りの人?」


「さぁ?」


「……勝ったら真香さんのこと教えてくれるんだよね?」


「もちろん……というか、お姉ちゃんがいないと、真香さんは助けられないかと」


 助けるって。まだこのきな臭さは続くのか。ぽってりふわふわ不思議系と思っていた涼さんが、今はとてつもなく怖い人に思える。考えていることの、底が見えない。あれ、妹ってこんな怖い存在だっけ。


「あの、2つ聞いてもいい?」


「どうぞ」


「わたしが来なかったらどうしたの?」


「ツクポンとコウさんが一緒にいることは知ってました」


「試したの」


「最悪、逃げるだけならできるので。計画は全部ダメになっちゃいますが。もう1つは?」


「IQ201ってほんと?」


 涼さんがニコっと笑った。どっちだ。

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