第28話 運命
ジョーが飛び降りた崖から氷上までは、およそ二メートル半といったところだ。
エルザがすぐに、上からロープを落とした。
「いいから早く行け!」
ジョーがそう言うと、エルザはベルネージュをキッと睨みつけて、そのまま姿を消した。
それを見たベルネージュは、鼻から息を吐いた。
「フン、あんた、俺が足止めするから先に行け逃げろ、とか言ってたわけ?」
ベルネージュはハハハ笑った。
「私の妖術を見たやろ。お前なんか瞬殺して、あの女を洞窟の中で氷漬けにしてやるわ」
するとジョーは両手の斧を目線の高さで構えた。それを見た ベルネージュはニヤリと笑った。
「その前に、少し楽しませてもらおか」
「俺はそう簡単には殺られんぞ」
ジョーがベルネージュに向かって飛び掛かっていくと、彼女は手に氷の片手剣を作り出し、ジョーへと斬りかかっていった。
カキン、カキンと打ち合ったかと思うと、次はビュンビュンと剣を躱していく。
「見ろ、この氷剣は硬いだろう! それより、ダメージが入ると瞬時に修復される。つまり折れないし、折れても瞬時に元通りよ」
「むううっ!」
妖術の力も乗っているのか、ベルネージュの剣はかなり重い。ジョーは冷や汗をかいていた。
「なあ、私の剣も中々やろ? カミルを吸収した時に、剣術スキルも頂いたからな!」
「そんな付け焼き刃なもので、闘えるものか!」
ジョーは斧を振りまわすが、ベルネージュは華麗なバックステップでそれを躱わす。そして、エッジを効かせてクルリと回転すると、そのまま遠心力も加わって剣を飛ばしてくる。
「ううっ!」
ガキーンという激しい音を鳴らして、ジョーの斧と氷剣がぶつかり合う。
「ぬおーっ!」
「オオッ!」
氷剣が斧とぶつかるたび、細かな氷の粒を飛ばす。二人の息が氷点下の空気にさらされ、キラキラとしたダイヤモンドダストを撒き散らしていた。
「ほらほら、どないしたんや、足が止まってるで!」
「なに!」
気が付くと、ジョーの足元が凍りついて動かない。ジョーは斧の背中で氷を叩き割った。だが、その時、ベルネージュは風を呼んで急接近していて、刃を突き出してくる。
ジョーが斧を横に振ると、ベルネージュは風を吹かせてクルリと回転しながらそれを躱すと、逆に氷剣を振ってくる。
ジョーはそれを下がって躱したのだが、ベルネージュはクルクルッと回転しながら飛び上がると、スケート靴裏の刃でジョーの顔面を切り裂いた。
「ぐわあっ!」
左目瞼の上を斬られてしまった。顔が真っ赤に染まって、左目に血が入って見えなくなってしまう。ジョーは距離を取って斧を構えるのだが、今度は氷剣の先から短剣のような氷の刃が飛んで来たのである。
「ああっ!」
ジョーは腕を上げてそれを防御したが、氷の短剣は腕に突き刺さってしまった。
ジョーは刺さった氷の短剣を引き抜くと、そのまま床へ投げ捨てた。
そしてジョーが顔を上げた時、ベルネージュの氷剣が目の前に迫っていた。
「くっ、この、目障りな!」
風を使った急激な方向転換で、常人には予測出来ない動きをする。ジョーはその動きを必死で追うのだが、どうしても足元が滑るので、踏ん張りかきかない。そして、ついにベルネージュの、魔素がこもった重い剣を受けた時、ジョーは足を滑らせ、思わず膝を付いてしまった。
「わははは! とうとうジョーに膝をつかせたぞ!」
ベルネージュは氷の剣を上段から振り下ろしてくる。
それを見たジョーは、ゆっくりと片手の斧を前に伸ばして、落ちてくる刃の軌道に合わせて斧の刃を当てた。すると不思議なことに、ジョーの頭上へ向かっていた氷剣が、ジョーのすぐ横を通り抜けたのである。
「あれっ?」
氷の剣は床に突き刺さった。そしてジョーの斧は、そのまま前に突き出され、ベルネージュの肩へと突き刺さった。
「ぎゃああ!」
ベルネージュの体から、猛烈な血しぶきが上がった。ジョーはそのまま斧を押し込んでいく。
「そろそろ死んでくれ、ベルネージュ!」
ベルネージュは眉を吊り上げて、荒く息を吐きながらジョーを睨みつけた。
「不死身や言うても……痛くないわけやないんやで」
ベルネージュは血を吹きながら、ジョーを鋭く睨んだ。
「だったらお前に殺された人たちの、痛みを少しは想像してみることだな」
それを聞いたベルネージュは、ジョーの顔目掛けてペッと唾を吐いた。
「闇の処刑人ジョーが言う言葉かよ!」
するとベルネージュは、斧を突き刺されたままにしながら、左腕を伸ばして、ジョーの右腕をつかんだ。すると、その触れた先からパキパキと、ジョーの体が凍り始めたのである。
「剣技ではお前に敵わへんのはわかったわ。……だからもうええ、そろそろ死んでもらおか!」
ベルネージュの手から強烈な冷気が発せられ、ジョーの心臓が止まるほど、体を硬直させた。
「うおおおっ!」
ジョーの顔はみるみるうちに顔が青くなり、苦痛に歪んだ。
「完全に凍らせたら、叩き割ったるわい」
そう言ってベルネージュがにやけた時、彼女の背中に何やら尖ったものが突き刺さった。
「あああっ!」
振り返ると、赤い髪の女がベルネージュの体に、2本目の杭を突き刺そうとしていた。
「あ、痛いっ! 何だお前! 逃げたんじゃなかったのか?」
エルザはニヤリと笑って、もう一本、杭を突き刺した。
「あんたを倒すための道具を取りに行っていたのよ」
「ぐわああっ! 私を倒すだって? そんなしょぼい杭なんかで私を倒せるとでも思っているのか?」
「わからないの? あなた、今、吸われてるのよ?」
「ええ?」
ベルネージュは自分の顔に触れると、なんだか皮膚がたるんでいるような気がした。
「おおお……なんだか力が抜けていく……」
魔素が抜けているのだ……ベルネージュは青い顔をしながら、背中へ手を伸ばした。その時エルザがベルネージュの胸元にもう一本の杭を突き刺す。
「ぎゃああ! やめてくれ!」
ベルネージュは必死になって、胸の杭を抜こうとする。だが、力が入らないのか、うまく抜けない。
「返しがついているから、肉ごと引きちぎらないと取れないわよ」
「くそうっ! なんて酷いことを!」
ベルネージュは、胸に突き刺さった杭を、力任せに引きちぎり始めた。それを見たエルザは、ジョーの元へと駆け寄った。
「大丈夫? ジョー」
「おかげで助かった……もうちょっとで、心臓が止まる所だったがな」
特に酷かったのは、ヴェルネージュに直接触れられた右腕だった。
「まだしばらく動けそうもないわね」
エルザはジョーの右腕を自分の上着の中へ入れて、直接肌で温める。そして凍ったジョーの上着のボタンを外すと、氷のように冷たい胸板を摩ったり、手の平を密着させたりしながら温めていった。
「もう一本杭があっただろう? あれはどうした?」
「え? もう一本? ああ……これのこと?」
エルザは腰に差していた短剣を見た。
「杭じゃないわよ?」
するとジョーは頷いた。
「五本目の杭は短剣型だったのか」
ジョーはエルザの目をジッと見つめた。
「壺の下に埋まってこれらの杭はな、すべて、魔素を収集する装置なんだ。そしてこの短剣は、この中で最も強力に魔素を吸うらしい」
「でもなんで、オリバー様はこっそりあなたに伝えたの?」
「万が一にでも、盗み聞きしている奴がいないとも限らないからな。そこは念を入れたらしい。俺は後でお前に伝えるつもりだったが、その前に戦闘が始まってしまったからな」
ジョーはそう言いながら立ち上がった。
「俺の体はまだ満足に動きそうもない。エルザ、その短剣で奴の胸を突き刺してくれ! そうすれば胸の中にある核を破壊できるかもしれん!」
いや、胸じゃだめだ。あいつ、頭頭に何か秘密があるんだ。頭がある時に、何度でも生き返るかもしれ。
エルザが物騒なものを持って来たことを理解したベルネージュは、杭のことは後回しにすることにした。
「こうなったら大妖術で一気に殺す!」
ベルネージュは頭上に、人間の頭ほどの大きさの、炎の球を作り出すと、エルザめがけて投げつけた。
「うわっ!」
エルザは大きく前へ飛んだが、元いた場所へ熱い炎が落ちてきて、氷を叩き割りながら湯気を上げた。エルザは振り返ってジョーを見ると、彼も後ろへ飛んで難を逃れていた。
「わははは、丸焦げになりな、エルザ!」
ベルネージュは2つほど炎の玉を投げると、氷がバリバリと割れて、湯気がもうもうと上がった。エルザは湯気に紛れて走り回る。
「どうしてそんなに早く動ける?」
ベルネージュはイライラしながら炎弾を放つ。
すると湯気の影から、エルザの蹴りがビュンと飛んでくる。足裏の踵に仕込んだアイスピックが、ベルネージュの頬を切り裂いていった。
「ギイイ、おのれ、また私の顔を!」
ベルネージュが炎弾を飛ばすと、エルザはバッと後ろへ飛んだ。氷に穴が開いて、湯気がドオッと上がった時、魔素を吸う短剣がベルネージュの胸に突き刺さった。
「ギャアッ!」
思わずベルネージュが風の力で飛びのいたので、剣先しか突き刺さらなかったが、明らかにベルネージュの魔素を吸ったことがわかった。彼女は荒々しく肩で息をしながら、エルザを睨みつけている。
「くそ、調子に乗りやがって! お前ら二人とも、一気に消し炭に変えたる!」
ベルネージュは醜く歯を剥いてガタガタ噛み締めると、震える両手を上げて術を展開しようとしていた。
その時、ベルメージュとエルザの足元が、グラグラの揺れ始めた。
「な、なんだ? 今度は何やねん!」
ベルネージュが他所を向いた瞬間、ベルネージュの足元がもりもりと盛り上がった。
「なんやこれは!」
ベルネージュが転びそうになりながら、盛り上がった氷に手を置いて身を起こすと、割れた氷の穴からアースクエイクが飛び出して来たのである。
「あああっ! お前はぁ!」
ベルネージュの足元が、ぽっかりと開いたアースクエイクの口の中へ吸い込まれた。
「ああっ! 風よ!」
するとベルネージュの回りで強烈な風が巻き起こったが、そのころにはアースクエイクの白い牙が、ベルネージュの腹をガッチリと突き刺していたのである。
ベルネージュの白い腹が裂けて、血が噴出した。ベルネージュは必死の形相で、アースクエイクの鼻先を押した。
「お前! 獣の分際で裏切ったか!」
ベルメージュは片腕で火の魔法を放とうとしていた。
その時ジョーが叫んた。
「エルザ! こっちだ! 受け取れ!」
いつの間にか崖の道まで上がっていたジョーが、エルザへロープを投げていた。
エルザはそのロープを急いで腰に巻くと、崖の道へと走った。
その時、背後から氷の短剣が飛んでエルザの足へと突き刺さる。
「あっ!」
エルザはそのまま、躓いたように転倒し、氷上に肩から落ちた。振り返ると、真後ろには、アースクエイクに下半身を噛まれたベルネージュの姿があった。
「どこ行くんじゃ、われ! 地獄への道はそっちやないで!」
ベルネージュはそういうと、獣のように歯を剥いて威嚇した。
「ああ、うっとおしいっ! 早く口、開けんかい!」
ベルネージュは手の平の上に炎弾を作り上げると、それをそのままアースクエイクの顔に押し付けていった。
「グウウ、グルルル!」
アースクエイクは苦しそうに悶えたが、嚙みついたベルネージュを決して離そうとはしなかった。
「エルザ! 今のうちだ、早くこっちへ!」
ジョーの言葉を聞いて、エルザは悲痛な叫び声をあげた。
「足をやられてしまったの! もう歩けないわ!」
「するとジョーは大声で叫んだ!」
「バカ言ってるんじゃないっ! 左手は無事なんだろ! 左手だけでも這いずって来い!」
ジョーにそう言われて、泣きながら左手だけで匍匐前進を始めるエルザ。ジョーも崖の上から引っ張ってくれる。
「帰るんだろ! そして俺を……」お前の故郷へ連れて行ってくれるんだろう!」
それを聞いて、エルザは歯を食いしばって顔をあげた。
「帰るのよ……生きて帰るの! あの人と一緒に!」
エルザは汗を流しながら、前へ進んだ。
だがその時、背後で何かが倒れる音がする。エルザが振り返ると、ベルネージュがアースクエイクが氷上に倒れこんできて、その衝撃で氷がバリバリと割れたのである。アースクエイクの下半身が水に沈んだ。
「きゃああっ!」
グラグラと割れた大きな氷塊がうごめいて、エルザも翻弄されてしまう。気が付けば、魔獣とは3メートルほどの距離まで接近していた。エルザが顔を上げると、すぐそばにベルネージュがいる。
ベルネージュが荒く息を吐きながら、アースクエイクを見下ろしていたが、視線を感じたのか、エルザの方をギロリと見た。
「くうう、お前という奴は! よくも私をこんな目に!」
その瞬間、ベルネージュの眉間に金の短剣が突き刺さった。オリバーの魔素を吸う短剣である。
ベルネージュは目を大きく見開きながら、ジッとエルザを睨みつける。そして、最後の力を振り絞って、自分もろとも大爆発した。
「ああっ!」
残りわずかな魔素とはいえ、ベルネージュの妖術である。
ドンと大きな火柱が上がって、氷の床が割れ飛んでいった。ゴゴゴゴという音とともに、割れた氷が川の中へと落ちていく。
「あああっ!」
猛烈な勢いで氷の床が崩れ、エルザもそのまま冷たい川の中へ落ちて行った。そして、氷の上にあった何もかもが、氷と一緒に流されて行った。
「エルザ! しっかりしろ!」
エルザは水の中で、ジョーの声を聞いた。そして、流れに逆らってグングンと上へ、上へと引き上げられていく。
冷たい刺すような冷気が、体全体を引き裂く。エルザは耐えきれず口の中の空気を全部吐き出してしまう。
ジョーはロープを肩に巻いて、しっかりと岩場へ足をかけて踏ん張った。やがて水の中からエルザが顔を出したが、グッタリと脱力していた。ジョーは青くなって、ロープを手繰り寄せる。
「耐えろ! 耐えろよエルザ!」
猛烈な流れに伴って巻き起こる風に逆らい、ジョーはロープを手繰り寄せ、ついにはずぶぬれのエルザを引き上げた。
ジョーは、引き上げたずぶ濡れのエルザを両腕で抱いて穴の入口まで移動する。エルザは無意識のまま、ジョーの肩へとしがみ付いた。
「エルザ!」
エルザは冷え切った体をジョーに預けて、その頼りがいのある首筋に腕を回していた。
「ジョー……ありがとう。……きっと引き上げてくれると信じていたわ」
そう言うエルザにジョーは優しく言った。
「ああ、エルザ……心臓が止まるかと思ったぞ」
ジョーはエルザの濡れた髪を優しく撫でた。エルザはブルブルと震えていた。
「とにかく、この穴の上まであがろう。濡れたままでは体に悪い」
ジョーはエルザを背中に背負うと、トンネルを少しづつ上がっていった。
外はまた、雨が降り始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます