第23話 秘密通路


 控室での騒動の結果、エルザとジョーは王宮の一室に軟禁されることとなった。その状況にショックを受けたエルザは、ベッドに飛び込んだままオイオイと泣いてしまった。


 城の中に囚われてしまって、扉の前に見張りまで張り付いている。こんな状況では逃げ出すことも出来ない。


 ましてやジョーも万全ではないのだ。エルザは絶望で胸が一杯になった。


 なかなか泣き止まないエルザに、ジョーはたまらず声をかけた。


「もう泣くなエルザ」


 ジョーはベッドに腰を下ろした。


「もともとは、俺が蒔いた種だ。俺がこれまで行って来た人生の結果なんだ。殺人をしたくなければ、皿洗いでも荷物運びでも、なんでもすれば良かったのだ。だが、俺はそれをせず、戦いに明け暮れた。これは、俺の……選択の結果なんだ」


「でも、私はあなたをさんざん戦わせた挙句、捕縛の手助けをしたようなものなのよ? 私ってなんて馬鹿なのかしら? ……このままではあなたを死なせてしまうことになる!」


「いいんだエルザ……あまり俺を庇うな。お前の騎士としての人生を棒に振ることはない。セラス様について良い騎士になるといい。俺はな……毎夜夢の中で、昔殺した敵たちが俺を責める声を聞いて考えたんだ。俺の人生は、業が深い……。ここで終わらせるのもいいだろう」


 ジョーは悟ったようにそう言うが、エルザは眉尻をキッと吊り上げて大きな声を出した。


「馬鹿なこと言っちゃ駄目!」


 エルザはへの字に口を結んでジョーを睨みつけた。


「最後まで、諦めちゃ駄目よ。考えなきゃ……」


 ジョーはエルザに顔を向けた。


「エルザ……どのみち、今の弱った俺では、危機を振り払う力はない。……最後だから言うが、俺はこのメラーズ討伐の数日間がとても楽しかった。エルザ、お前がそばにいたからだと思う。……俺は恋をした事がないからわからなかったが、きっとこれがそうなのだろう」


 エルザはバッと顔を上げてジョーを見た。


 エルザが呆然とする中、ジョーは言った。


「俺はお前の事が好きだ」


 ジョーは穏やかな顔をしながら言った。


 エルザは目を大きく見開いて、ジョーを見ていた。


「俺は、お前が騙してここへ連れて来たとは思ってない。だから、俺のトラブルに巻き込まれるな。……お前はちゃんと褒賞をもらって、騎士として幸せに生きろ。俺は、最後にお前と一緒に戦えたことで満足だ」


 それを聞いたエルザは、いつの間にかポロポロと涙を流していた。


 その時である。


 コンコン……コンコン。


 不意に部屋の扉がノックされた。


 二人は顔を見合わせた。


 エルザは涙を指でぬぐうと、扉の方へ向かった。


「誰?」


 耳を澄ましてみたが、外は静かだ。


「見張りがいるはずなのに」


 エルザはそっと、扉を開けた。


 だが、扉の外には、なぜか見張りがいない。


 そして、扉の前にはエルザの剣と、ジョーの斧が二挺置いてあった。エルザはしゃがみこんで、剣の上に置かれていた小さな紙切れを拾い上げた。そしてそこには「部屋の暖炉の周りをよく調べて」……とだけ書かれていたのだった。


 エルザは周囲を見回したが、誰の姿も見えない。


 エルザはとりあえず、剣と斧を回収して部屋の扉を閉めた。


「どうしたんだ」


 エルザは腕に抱えている剣と斧をチラリと見せた。


「変な手紙と一緒に置いてあったの」


「誰の手紙かわからないのか?」


「わからない……だけど変なことが書かれているの」


 ジョーはその紙切れを見ると、暖炉周辺を調べ始めた。


 すると、暖炉の手前側にある一枚の石に目を付けた。


 ジョーはそれを押したり、爪で引っかけたりと、色々なことを試している。


 エルザはそこに何か隠されているのか……心臓を大きく鳴らしながら見守っていた。


 ジョーがあれこれ触っていると、石板がズズズ……という音を立てて上へあがってきた。


「何? 中に何かあるの?」


 エルザは持ちあがった石板を両手で掴んで持ち上げるのを手伝った。そして、それが完全に板が持ちあがった時、その板の下から地下へと続く階段が現れたのである。


 エルザは驚いてその階段を眺め、それからジョーを見た。


「これは秘密通路だ」


 エルザの目は、零れ落ちそうなほど大きく見開かれていた。そして、今一度、この地下へ続く通路を見た。


「この剣を置いていった人たちは……どういう意図でこの秘密通路の場所を教えたのかしら?」


「わからん……。俺たちを助けようと思ってのことなのか、それとも罠なのか……」


 ジョーはエルザの方を振り返った。


「だが、俺たちにこの通路は必要ない。お前はただ、ここで明日を迎えればいいだけのことだ」


 ジョーはそう言って、石板を塞ごうとしたが、エルザはそれを止めた。


「ジョー。……私はあなたが殺される姿を見てまで、騎士でいたいとは思わない」


 エルザはジョーの方を向いて言った。


「……ジョー。ここがたとえ罠だったとしても、ここを行くしかない。あなたも体が辛いだろうけど、王城の廊下を駆け抜けるよりマシだと思うわ。少し、力を振り絞って、城の外まで歩いて頂戴。私のことを想っているなら出来るでしょ?」


 そう言ってエルザはニヤリと笑った。


 ジョーは立ち上がって、ため息をついた。


「出来るだけ、足手纏いにならないよう、頑張るとしよう」


 二人はすぐさま、棚に置いてあったランタンを手に取って、階段の中へと入って行った。


 通路の大きさは、幅、高さともに二メートルほどだった。床には土や埃などが積もっていて、掃除された形跡はひとつもない。


 かれこれ一時間くらい歩いた時、ジョーの調子が悪化した。


「大丈夫?」


 ジョーの息は荒い。


「このくらいのペースなら問題ない」


 ジョーは息を荒げながらそう言うが、見るからに辛そうである。


「もうすぐ外に出れると思うわ。王城だって、無限に広いわけではないもの」


 そうジョーを励ましながら前へと進んで行った。


 しばらく行くと通路は、数メートル先で、真横に折れ曲がるようになっていた。


 エルザたちがその曲がり角を曲がった時、前方にランタンの灯りが見えた。通路の一〇メートルほど先に、人が立っているのである。


 エルザの背中に冷や汗が流れた。


 こんな薄暗い地下通路で待っているなど普通の人ではない。相手はエルザたちを待っていたのだ。


「あなた一体誰なの? ここで何をしているの?」


 エルザはそう問いかけると、その人物は、ゆっくりとこちらへ近づいて来た。


 その人物が、エルザの持つランタンに照らされて、少しだけ姿が見えて来た。……どうやら女性のようである。


 女性ということで、もしかして味方なのかと期待したが、その期待を裏切るように、女は剣を抜いた。


 エルザも慌てて剣を抜く。


「ジョー!少し下がるわよ!」


 壁を背にして戦うのは有利ではない。エルザは後ろに下がって角を曲がり、通路にランタンを置いてから、すこしばかり距離を取って剣を構えた。


 そして、相手が角を曲がってくるのを待った。姿を現したのは、王都七剣と名高い女剣士・マリルだった。髪は雑に束ねられ、顔は青白く、目の下には隈が出来ている。


 そんな荒れた姿のマリルが、抜き身の剣を力なく握りながら、通路の先を塞いでいる。


「マリル……あなた一体どうして?」


 エルザはかつて自分を指導したこともあるマリルが、自分に刃を向けているのが信じられなかった。


「エルザ……その男を渡せっ……」


 マリルがそう言って凄んだ。あの、凛としたエルランディの護衛騎士マリルと同一人物とは思えないほど、心が荒れているように見えた。


「どうして? どうしてあなたが私に刃を向けているの? 私たちはエルランディ様を助けるために必死で戦ったのよ? それをなんで、エルランディ様の護衛騎士であるあなたが、私たちに刃を向けているのよ!」


 マリルは歯をギリギリとさせながら、悔しそうに叫んだ。


「私の弟の名はオルトランと言ってな……リールの騎士団長だったのだ。お前も知ってるだろう? エルザ……私の弟はな、三日月湖でそこの男に殺されたのだ」


「え! あのオルトラン様は、マリルの弟だったの!」


「そうだ。弟も、弟の部下もみんな、その男に殺されたのだ!」


「でもね、彼はその後、色々あって仲間になってくれたのよ。彼がいなかったら私も死んでいたし、エルランディ様も死んでいたわ。もっと言えば、戦争になって、王国だってとんでもない被害を受けていたはずよ。あなたも騎士なら、もっと色々な可能性を考えてみてよ! 私はエルランディ様を助けることだけ考えて、必死だったんだから!」


 エルザがそう叫ぶと、マリルは聞きたくないとばかりに首をブルブルと振った。


「うるさい! もう他のことなどどうでもいい。愛する弟を失った私の悲しみは海よりも深い。……その男を殺すことでしか、その気持ちは晴れないのだ! たとえ、この先に破滅が待っていようともな!」


「じゃあなんで剣や斧を置いたの? ここで襲うつもりなら、普通、武器なんか渡さないでしょう」


「それはお前たちをこの通路へと誘導するためさ。誰かがこっそり自分たちを助けるために、通路を教えてくれたと思わせるためにな」


「でも、最悪の場合、二人と戦うことになるのよ? そんなリスク取ってまで、あなたは何がしたいの?」


「もちろん、その男の抹殺だ。エルザ、私を誰だと思っている? これでも王都七剣の一人だぞ。邪魔をするようならお前もろとも斬って捨てるぞ!」


 そういうと、マリルは剣先をエルザへと向けた。


「さあ、エルザ! そこをどけ! そうすればお前の命は助けてやる。だが、抵抗するというなら話は別だ。 さあ! 私と剣を交える覚悟はあるのか!」


 マリルの激しい言葉を受けて、ジョーは真っ青になっていた。


 まるで悪夢の続きのように恨みの言葉を浴びせられ、ジョーはもう生への執着を失いつつあった。


 ジョーは手を伸ばして、エルザの肩に手を置いた。そして弱々しくエルザを見つめた。


「もういい……もういいのだエルザ。何もお前が苦しむことはない。俺が首を差し出せば済む話だ。俺を残して先にいけ。後のことは心配しなくてもいいから……」


 ジョーがそう言った時、エルザから強烈な張り手が飛んだ。


 バシーンと大きな音がなって、ジョーの頬が赤く腫れた。


 ジョーは吃驚して、目を丸くしていたが、それだけでは終わらない。


 バシン、バシン、バシンとさらに三回も張り倒されたのである。


 ジョーは驚いて両手で頬をさすった。


「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ! なんのためにこんな地下道を必死で歩いていると思ってるのよっ! しっかりしろよジョー! お前、男だろ!」


 ジョーはそう言われて、慌てて頷いていた。


 エルザは興奮冷めやらず、そのままマリルを睨みつけた。


「あなたもあなたよ!」


 エルザは大きく息を吸った。


「……護衛騎士のお前がしくじったからエルランディ様は死にかけたんだろうが! 私たちはその尻ぬぐいに、命がけで走り回っていたんだよ! それを仇討ちだなんだと勝手なことばかり言いやがって! ぶった斬ってやっからかかって来いよ!」


 エルザは怒っていた。


 溜まりに溜まった怒りが爆発したのだ。それを聞いたマリルは、眉を吊り上げて怒鳴った。


「その口が言ったかエルザ! ゴント村で一度でも私に剣をかすらせたことがあるのかっ! 死にたいのなら相手をしてやる!」


 そういうと、マリルは前へ飛んで刃を振り下ろしてきた。同時にエルザも前へ出た。


 ヒュンヒュンと剣を躱す音に混じって、ガン、ガンと鉄と鉄が打ち鳴らす音が地下道に鳴り響く。


 この通路は幅、高さともにたった二メートルほどしかない。


つまり、剣は大上段で構えることは出来ないし、左右に振り回すことも出来ない。攻撃を受けても、横へ躱すことも出来ないのだ。


「ここではお前の怪力は役に立たないっ! 狭い通路で戦うには技術がいるのだ! どけ、エルザ! 邪魔をするな!」


 マリルの剣が、風を斬ってエルザに襲い掛かる。エルザはその剣を受けようとして、壁へ剣先を突き刺してしまった。


「あっ!」


 その隙をマリルが逃すはずもない。小回りの利いた振りで、エルザの小手を狙ってくる。


「くっ!」


エルザは壁から剣を外すと、前後の足を入れ替えて体を振り、コンパクトに刃を回してマリルの刀身に当てた。


 暗い通路に火花が飛んで、キインと大きな音を立てた。


 マリルの剣先がエルザの体から逸れたと同時に、エルザは突き技を放った。


「ええええい!」


 エルザは片腕で大きく踏み込んで突き伸ばす。


「うぬっ!」


マリルは大きく飛び退き、自身の剣をうまく当てて刀身を逸らす。


するとエルザはその場で手首を回して刃を斬り上げた。これはバクスの竜巻を真似した技である。


「でえい!」


 だが、マリルは、それを刃で受け流しながら後ろへ飛び退き、約二歩の距離に着地した。エルザは着地と同時に、足のバネを使って突きを放った。


「ええええぃ!」


「やああああっ!」


 マリルは、エルザ渾身の突きを一歩引いて躱すと、その伸びきった刀身へ自身の刃を滑らせ、鍔と鍔とをぶつけた。


 鍔鳴き……。突きを放ってきた相手の剣の鍔へ、自分の鍔をぶつけることで、相手の肩へと衝撃を与える技だ。これはエルザがベリーに使った技である。


「ぐあっ!」


 エルザの肩に衝撃が走った。


 エルザの上半身はのけぞるように体勢を崩した。


「終わりだエルザ!」


 マリルはぶつけた鍔を外すと、そのままエルザの顔面へと剣を突き入れた。マリルの剣は、体勢を崩したエルザの顔面へと突進していく。


 その剣はエルザの右頬を斬り裂き、そのまま右目をも切り裂いていった。


 その時である。


 マリルが異様な殺気を感じて思わず下を向いた。すると、剣を持つマリルの両手と胸の間に出来る三角形の空間から、エルザの剣先が、斬り上げて来たのである。


 剣先はマリルの手首に迫っていた。


「ええぃっ!」 


「ううっ!」

 

 マリルは顔をしかめてのけ反ったが、エルザの剣はマリルの右手をスッパリと斬り飛ばしていた。


 マリルの右手首は、剣を握りしめたまま、汚い通路へと落ちた。


 お互いが半歩後ろへ飛び退いて、剣を構える。 


 荒い呼吸だけが、暗い通路へ響き渡った。


 エルザは片目でマリルを睨みつけていた。


 マリルはエルザを睨みつけていたが、やがて諦めたように膝をついた。


「強くなったな……エルザ」 


 そう言うとマリルは血の吹き出る手首を押さえながら、エルザに言った。


「私の負けだ」


 マリルはそう言うと、通路の壁に背中をつけて、尻を床に落としたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る