第4話 かつての仲間、いまは敵

明日香の夢の中——

金色に輝く広大な空間。彼女は赤い装束に身を包み、長い金色の髪を風になびかせていた。周りには四人の姿。顔はぼんやりとしているが、今の仲間たちの姿と重なる。

「我らが共に立つ限り、闇は決して勝てない」

明日香自身の声でありながら、どこか違う響きを持った声が夢の中で響く。

「だが、気をつけろ。我らの中の一人が、闇に囚われる」

「誰が?」現在の明日香の意識が問いかける。

「それを見極めるのが、お前の使命」

夢の中の景色が急に変わる。荒廃した大地。空には黒い雲が渦巻き、地上では無数の影喰が蠢いている。そしてその中央に、巨大な人型の黒い影。黒ノ帝だ。

「我は再び目覚める...」黒く深い声が響く。「そして今度は、お前たちも我のものとなる...」

黒い影が手を伸ばし、明日香の仲間たちを次々と飲み込んでいく。

「やめて!」明日香は叫ぶが、声が出ない。

最後に黒い影が明日香に手を伸ばす。その赤い眼が、彼女の魂を射抜くように輝いている。

「来い、焔の戦士よ...お前もまた、我が一部となるのだ...」

「いやっ!」

明日香は悲鳴と共に目を覚ました。全身が冷や汗で濡れている。窓の外はまだ暗く、時計を見ると午前3時を指していた。

「夢...?」

だが、それは単なる夢ではないと彼女は感じていた。記憶の断片、そして...警告。

彼女はベッドから起き上がり、窓際に立った。学園の敷地が月明かりに照らされている。静かな夜だが、どこか不穏な気配を感じた。

「明日からどうなるんだろう...」

朝食時、食堂で五人が集まった。皆、前日の出来事と、これからの運命について考え込んでいる様子だった。

「よく眠れた?」小鳥が心配そうに明日香に尋ねた。

「うーん、まあ...」明日香は曖昧に答えた。夢のことは言わないでおこうと決めた。皆にこれ以上心配をかけたくなかった。

「今日から特別訓練か...」蓮司が食事をかき込みながら言った。「楽しみだな!」

「楽しむものじゃないわよ」理央が冷静に言った。「命がかかっているのよ」

「分かってるよ」蓮司は真剣な表情になった。「だからこそ、全力で取り組むぜ」

「僕も」零児が静かに言った。「力を制御する方法を学ばないと」

「私、ちょっと不安...」小鳥が正直に告白した。「昨日あんなすごい力が出て、ちゃんと扱えるか...」

「大丈夫だよ、小鳥」明日香は彼女を励ました。「青嵐先生が教えてくれるんだから」

その時、全校放送が流れ始めた。

『一年三組第一班の生徒は、授業終了後直ちに西棟特別指導室に集合してください。繰り返します...』

「呼ばれてるね」零児が言った。

「普通の授業はあるのね」理央が確認した。

「うん、それはいつも通りみたい」明日香は頷いた。「放課後から特訓が始まるんだろうね」

通常授業は、まるで昨日何も起きなかったかのように進められた。教師たちは普段通りに振る舞い、生徒たちも日常的な会話を交わしている。だが、明日香たち五人にとっては、すべてが違って見えた。

「不思議だね」昼休みに小鳥が言った。「私たちだけが特別な運命を知っているみたい」

「多分、知っている人は限られているんだろう」零児が推測した。「学園の秘密を全生徒に明かすわけにはいかない」

授業が終わると、五人は約束通り西棟特別指導室へと向かった。青嵐先生が既に待っていた。

「来たわね」彼女は厳しい表情で言った。「これから毎日、ここで特訓を行う」

特別指導室は想像以上に広かった。表から見るよりもずっと奥行きがあり、様々な訓練用の装置が設置されていた。壁には防音と防爆の処理が施されているようだ。

「まず、基本から始める」青嵐先生は五人を円形に配置した。「五人で円を作りなさい」

明日香たちは指示に従い、互いに向き合って円形に並んだ。

「これから、五人で共鳴訓練を行う」青嵐先生は説明した。「かつての守護者たちは、互いの力を共有し合うことで、個々の力を増幅させることができた」

「共鳴...?」明日香は首をかしげた。

「そう。まずは目を閉じて、自分の中心にある力を感じるところから始めなさい」

五人は目を閉じ、集中し始めた。

「自分の中の熱源を感じて...」青嵐先生の声が落ち着いた調子で響く。「明日香は炎、理央は水、蓮司は火、零児は空、小鳥は風...それぞれの元素を意識して」

明日香は自分の内側に意識を向けた。そこには確かに、小さな炎のようなものが感じられる。それは昨日爆発的に解放されたエネルギーの源だ。

「次に、その力を少しずつ外に放出して、仲間とつなげなさい」

五人はそれぞれの力を解放し始めた。明日香の周りに金色の炎が現れ、理央の周りには青い水の粒子、蓮司には赤い炎、零児の周りには紫色の空間の歪み、小鳥の周りには緑色の風が現れた。

「そう、その調子」青嵐先生が見守る。「今度は力を互いにつなげて」

五つの元素が徐々に混ざり合い始めた。金色の炎が青い水とつながり、赤い炎と交わり、紫色の空間を通り抜け、緑色の風に包まれる。五色の光が輪を描き、回転し始めた。

「感じるわ...」理央が驚いたように言った。「みんなの存在が...」

「俺も」蓮司も頷いた。「なんか、体の中に力がみなぎってくる」

「これが...共鳴...」零児も珍しく興奮気味だ。

「温かい...」小鳥は微笑んだ。

明日香は仲間たちとのつながりを感じていた。まるで五人が一つの存在になったかのよう。そして、その感覚はどこか懐かしかった。

「これは覚えているわ...」明日香は思わず言った。「前世でも、こうやってみんなとつながっていた」

青嵐先生は満足げに頷いた。「記憶が戻り始めているのね」

訓練は続き、五人は元素の共鳴をさらに深めていった。やがて、共鳴が最高潮に達すると、部屋の中央に虹色の球体が形成された。

「素晴らしい」青嵐先生が言った。「これが『五行陣』の基礎形だわ」

「五行陣?」明日香が尋ねた。

「焔の戦士と守護者たちが使う最強の防御と攻撃の陣形よ」青嵐先生は説明した。「完成すれば、黒ノ帝をも打ち倒す力になる」

訓練はさらに続き、一人ひとりが自分の元素の制御方法を学んでいった。明日香は金色の炎をより細かく操る練習、理央は水の形状変化、蓮司は炎の熱量調整、零児は空間操作の精度向上、小鳥は風の制御と癒しの力の強化。

数時間が経ち、日が暮れ始めた頃、青嵐先生はようやく訓練の終了を告げた。

「今日はここまで」彼女は言った。「明日も同じ時間に」

疲れ切った五人は、互いを支え合うようにして特別指導室を後にした。

「疲れた...」蓮司が大きく伸びをした。「でも、なんか充実してる感じだな」

「そうね」理央も珍しく素直に同意した。「力が少しずつ戻ってきている感覚がある」

「私も」小鳥が嬉しそうに言った。「風の流れが前より感じやすくなった気がする」

「僕も空間の歪みを感じ取れるようになってきた」零児が言った。

「明日香は?」理央が尋ねた。

明日香は少し考え込むように言った。「うん、力は確かに強くなってる。でも...」

「でも?」小鳥が心配そうに見つめる。

「記憶が断片的に戻ってくるんだ」明日香は打ち明けた。「昨晩も夢で...黒ノ帝を見た」

四人は驚いた表情で彼女を見つめた。

「何を言ってた?」零児が冷静に尋ねた。

「私たちの中の一人が、闇に囚われるかもしれないって...」明日香は言葉を選びながら言った。

「え?」小鳥が不安そうに言った。「それって...」

「夢だろ?」蓮司が焦った様子で言った。「そんなことある訳ない。俺たちは仲間だぞ」

「分からない」明日香は正直に答えた。「でも、単なる夢じゃない気がする」

「警戒するに越したことはないわね」理央は冷静に分析した。「黒ノ帝の力は人の心の弱さに付け込むものなのかもしれない」

「だとしても、俺たちは絶対に負けない」蓮司は拳を握りしめた。「仲間を守るためなら、何だってやる」

そんな彼らの会話を、校舎の影から一人の生徒が見つめていた。三年生とおぼしき黒い長髪の少年。彼の瞳は一瞬、赤く光った。

「見つけたぞ...焔の戦士...」

彼の唇が薄く歪む。それは微笑みとも、別の何かとも取れる表情だった。

翌朝、学園は騒然としていた。夜中に何者かが侵入し、西棟の一部を破壊したのだという。特に被害が大きかったのは...特別指導室だった。

「何が起きたんだ?」蓮司が他の生徒から情報を集めながら明日香たちに報告した。「昨晩、何者かが学園に侵入して、特訓してた部屋をめちゃくちゃにしたらしい」

「影喰?」零児が眉をひそめた。

「いいえ、違うわ」

背後から青嵐先生の声がした。彼女は疲れた表情を浮かべているが、冷静さは失っていなかった。

「人間よ。それも、異能力者ね」

「人間が?」明日香は驚いた。「どうして?」

「説明する時間はないわ」青嵐先生は五人を見渡した。「直ちに校長室に来なさい」

校長室では風祭校長が窓際に立ち、何かを見つめていた。彼は五人が入室すると振り向き、深刻な表情で言った。

「来たか。状況は青嵐から聞いたか?」

「はい、少しだけ...」明日香が答えた。

「詳しく説明しよう」校長は大きな画面を表示した。そこには監視カメラの映像が映っている。「昨晩、この人物が侵入した」

映像には黒い長髪の少年が映っていた。彼は手かざすと、特別指導室のドアが爆発して開く。室内に入った少年は、何かを探しているようだった。

「三年生...?」小鳥が疑問に思った。

「いいえ」青嵐先生が静かに言った。「彼は『暗影結社』の一員で、名は影斬(かげきり)慶一郎。かつて、この学園の生徒だった」

「暗影結社?」理央が聞き返した。

「影喰と通じる人間組織よ」青嵐先生は説明した。「彼らは黒ノ帝の復活を望み、それに協力している」

「なぜそんなことを?」明日香は理解できなかった。

「力への渇望だ」校長が暗い表情で言った。「影喰と共鳴することで、通常の異能者よりも強大な力を得られる。代償として魂の一部を明け渡すことになるがね」

映像では、少年が部屋の中央に立ち、何かの呪文を唱えているように見えた。すると、彼の体から黒い霧のようなものが放出され、部屋中に広がっていく。

「彼が探していたのは暁の核だろう」校長は言った。「だが、我々は昨晩のうちに別の場所に移した」

「昨日の訓練の後?」零児が尋ねた。

「そう」青嵐先生が頷いた。「君たちの力の共鳴を感じて、彼らが動き出すことは予測していたわ」

「そして一番の問題は...」校長はさらに深刻な表情になった。「彼、影斬慶一郎が誰なのかということだ」

「誰...ですか?」明日香は不安を感じ始めた。

「前世において」校長は重々しく言った。「彼は五人の守護者の一人だった可能性が高い」

「え!?」五人は驚きの声を上げた。

「でも、守護者は私たちでしょ?」蓮司が混乱した様子で言った。

「異なる解釈もある」青嵐先生が説明した。「焔の戦士の元に集った守護者は五人ではなく、六人だったという伝承も存在するわ」

「では、彼は...」理央が言いかけた。

「そう」校長が頷いた。「彼は恐らく、『闇の守護者』。かつては仲間でありながら、最後に黒ノ帝の側に寝返った裏切り者だ」

明日香は夢の中の言葉を思い出した。「我らの中の一人が、闇に囚われる」...それは過去の記憶だったのか。

「彼は何を狙っているんですか?」明日香は尋ねた。

「君たちだ」校長はストレートに答えた。「特に、焔の戦士である君をね、明日香さん」

「私を...?」

「そして、残りの核を」青嵐先生が付け加えた。「彼らは既に二つの核を手に入れたという情報がある」

「二つも!?」蓮司が驚いた。

「そう。我々が持つ火の核、暗影結社が持つ土と空の核。残るは水と風の核」

「どこにあるんですか?」小鳥が尋ねた。

「それを探るのも、君たちの任務の一つになる」校長は言った。「だが今は、まず自分たちの身を守ることが先決だ」

校長は立ち上がり、五人に向き直った。「今日から、特訓内容を変更する。実戦的な戦闘訓練を中心に行う」

「実戦...」明日香は緊張した面持ちで繰り返した。

「そして」青嵐先生が言った。「週末には最初のミッションに出発してもらう」

「ミッション?」五人は驚いた表情で見つめ合った。

「水の核の在処について、有力な情報がある」校長は地図を広げた。「北方の湖に、核に関連する遺跡があるとされている」

「私たちだけで行くんですか?」理央が不安そうに尋ねた。

「いいえ、青嵐が同行する」校長は答えた。「だが、実際に動くのは君たちだ。これが最初の実地訓練となる」

五人は決意と不安が入り混じった表情を見せた。特に明日香は、自分たちを狙う「闇の守護者」の存在に強い不安を感じていた。

「では、今日の訓練場所は体育館に変更する」青嵐先生が言った。「午後の授業終了後、すぐに集合するように」

「はい!」五人は答えた。

校長室を出た後、明日香は考え込んでいた。かつての仲間が今は敵として立ちはだかる—その事実は彼女の心に重くのしかかっていた。

「大丈夫?」理央が心配そうに尋ねた。

「うん...」明日香は弱々しく微笑んだ。「ただ、全部が急に現実味を帯びてきて...」

「分かるよ」小鳥も同意した。「私たちの運命が、本当に世界を救うことに関わってるんだって」

「怖くなるよな」蓮司も正直に認めた。「でも、俺たちには仲間がいる。一人じゃない」

「そうだ」零児も頷いた。「前世で負けたとしても、今回は違う。私たちは最初から五人揃っている」


「実戦訓練、か……」

明日香は体育館へ向かう廊下で呟いた。窓から差し込む夕陽が彼女の顔を赤く染める。

「なんだか急に話が大きくなりすぎて」

「でも考えてみれば当然よね」理央が冷静に分析した。「私たちが力を取り戻せば、敵も動く。チェスのように、一手ごとに相手も打ってくるの」

蓮司が拳を握りしめる。「あの影斬って奴、本当に前世では俺たちの仲間だったのか?」

「仲間を裏切るなんて、許せない」小鳥が珍しく怒りを滲ませた。

零児はしばらく黙っていたが、ふと口を開いた。「でも、なぜ裏切ったんだろう」

全員が足を止め、零児を見た。

「そうよね」理央が頷く。「前世で何があったのか、それを知らないと同じ過ちを繰り返すかもしれない」

明日香は胸に手を当てた。自分の内側に眠る記憶——かつての焔の戦士としての記憶が、断片的に蘇ってきている。

「私、思い出そう」明日香は決意をにじませた。「前世で何が起きたのか、どうして負けてしまったのか。そして、どうして彼が裏切ったのか」

「無理しないでね」小鳥が心配そうに言った。

「大丈夫」明日香は笑顔を見せた。「一人じゃないから」

体育館に入ると、そこは完全に様変わりしていた。床には複雑な魔法陣のような模様が描かれ、壁には様々な武器が掛けられている。中央には青嵐先生が立っていた。

「来たわね」彼女は厳しい表情で言った。「今日からは本格的な戦闘訓練を始める」

青嵐先生は手を振り、体育館の照明がやや暗くなった。同時に、中央の魔法陣が淡く光り始める。

「暗影結社や影喰と戦うには、まず基本を身につけなければならない」先生は五人を見渡した。「元素の力の制御、共鳴の維持、そして——」

青嵐先生は片手を上げ、何かを召喚するように指を鳴らした。すると、体育館の隅から五体の黒い人型の影が現れた。

「実戦経験」

「あれは……」明日香は目を見開いた。

「影喰の疑似体よ」青嵐先生が説明した。「実物より弱いが、動きは本物と同じ。これを相手に戦い方を学ぶわ」

影喰の疑似体はゆっくりと五人に近づいてきた。不気味な動きに、小鳥が思わず後ずさった。

「怖がることはないわ」青嵐先生が言った。「ここは完全に守られた空間。私がいる限り、命の危険はない」

それでも五人の表情は硬かった。昨日までは、異能力の訓練といっても、抽象的なエネルギー操作が中心だった。目の前に敵がいるというのは全く別の話だ。

「どうすれば……」明日香は戸惑いを隠せなかった。

「昨日学んだ共鳴を思い出しなさい」青嵐先生はアドバイスした。「まずは五人で陣形を作って」

五人は互いに視線を交わし、頷き合った。それぞれが昨日の訓練を思い出し、円形に並んだ。

「集中して……」明日香は目を閉じ、内側の炎を呼び起こした。

金色の光が彼女の周りに現れ、続いて理央の青い水の輝き、蓮司の赤い炎、零児の紫の空間の歪み、小鳥の緑の風が現れた。五色の光が輪を描き、融合し始める。

「今だ!」蓮司が叫んだ。

五人は一斉に手を前に突き出した。光の円が拡大し、最も近い影喰の疑似体に当たった。黒い影は一瞬ひるんだが、すぐに態勢を立て直し、さらに近づいてきた。

「まだ力が足りないわ」青嵐先生が冷静に指摘した。「もっと集中して、心を一つに」

「どうすれば心が一つになるんだよ!」蓮司が焦りを見せた。

「蓮司、落ち着いて」零児が静かに言った。「焦れば焦るほど、力が拡散する」

「分かってるけど……」

影喰の疑似体の一体が、蓮司に向かって跳びかかった。

「危ない!」明日香が叫んだ瞬間、彼女の内側から強烈な熱が湧き上がった。

「はあっ!」

彼女の両手から金色の炎が噴出し、影喰の疑似体を直撃した。黒い影は悲鳴を上げたように見えて、床に倒れた。

「明日香……」小鳥が驚いた表情で彼女を見つめた。

明日香自身も驚いていた。この力は昨日よりもさらに強く、制御もしやすかった。まるで、体が記憶を取り戻したかのように。

「素晴らしいわ」青嵐先生が珍しく褒めた。「焔の戦士の力が目覚めつつあるわね」

だが、残りの四体の影喰疑似体は攻撃を止めなかった。むしろ、明日香を集中的に狙い始めた。

「援護する!」理央が手をかざすと、青い水の盾が明日香の前に現れた。影喰の攻撃が盾に当たって弾かれる。

「俺も!」蓮司は地面を蹴って跳び上がり、拳に赤い炎を纏わせて影喰に向かって突進した。

「蓮司、待って!」零児が警告したが遅かった。

影喰は蓮司の攻撃を見切り、逆に彼を掴みかけた。その瞬間、零児が手を伸ばし、蓮司の周りの空間を歪めた。蓮司の体が数メートル横にワープし、危機を脱した。

「ありがとう、零児!」

「無謀すぎるぞ」零児は冷静に言った。

「みんな、もう一度陣形を!」明日香が指示した。「さっきより強く、心を一つに!」

五人は再び円形に集まり、力を共鳴させ始めた。今度は前回よりも早く、五色の光が融合し、強い輝きを放った。

「思い出して」明日香は目を閉じ、仲間たちに語りかけた。「私たちはずっと前から、共に戦ってきた。その絆は記憶より深いところにある」

四人の表情が変わった。言葉ではなく、心で何かを理解したかのように。

「五行陣、展開!」五人が同時に叫んだ。

彼らの周りに虹色の光の壁が現れ、それが波のように広がって残りの影喰疑似体を包み込んだ。黒い影は光の中で溶けるように消えていった。

体育館に静寂が戻る。五人はやや息を切らしていたが、達成感に満ちた表情を浮かべていた。

「見事だわ」青嵐先生が拍手した。「初日にしては上出来よ」

「やったね!」小鳥が喜びを爆発させた。

「なんか、体が覚えてる感じがするな」蓮司は不思議そうに自分の手を見つめた。

「前世の記憶が、体に刻まれているのかもしれないわね」理央が推測した。

明日香は複雑な表情で仲間たちを見ていた。確かに力は目覚めつつある。だが、それと同時に不安も大きくなっていた。

「明日香?」零児が彼女の様子に気づいた。

「ごめん、ちょっと考え事を」明日香は微笑んだが、その笑顔には影があった。

青嵐先生は明日香をじっと見つめたが、何も言わなかった。代わりに、訓練の続きを指示した。

「次は個別訓練よ。一人ひとり、自分の元素の特性を理解し、制御する練習をするわ」

それぞれが体育館の別々の場所に移動し、個別の訓練を始めた。明日香は金色の炎を様々な形に変化させる練習、理央は水を凍らせたり蒸発させたりする温度制御、蓮司は炎の強度と範囲の調節、零児は空間の歪みの精度向上、小鳥は風と癒しの力の融合。

明日香は訓練に集中しようとしたが、頭の中では様々な映像が次々と浮かんでは消えていった。かつての戦場、仲間たちとの日々、そして……闇に包まれた姿の影斬慶一郎。

「うっ……」

突然の頭痛に、明日香はその場にひざまずいた。頭の中で映像が加速し、断片的な記憶が洪水のように押し寄せる。

「明日香!」

小鳥が真っ先に気づき、駆け寄った。他の三人もすぐに集まってきた。

「大丈夫?」理央が心配そうに尋ねた。

「……記憶が」明日香は震える声で言った。「一気に、たくさん……」

青嵐先生も駆けつけ、明日香の額に手を当てた。

「今日はここまでにしましょう」彼女は決断した。「無理をしても仕方がない」

「でも、明日のミッションが……」明日香は弱々しく抗議した。

「その前に休息を取ることも重要よ」青嵐先生は優しく言った。「全員、寮に戻りなさい」

五人は体育館を後にした。明日香は蓮司と零児に両脇を支えられながら歩いていた。頭痛は徐々に和らいでいたが、記憶の断片は今も彼女の中でちらついていた。

寮に戻ると、彼らは共同ラウンジに集まった。窓の外は既に暗く、星空が広がっていた。

「少し良くなった?」小鳥が温かい紅茶を明日香に差し出した。

「ありがとう」明日香は紅茶を受け取り、小さく頷いた。「うん、大分マシになってきた」

「何が見えたの?」理央は遠慮がちに尋ねた。

明日香はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「影斬慶一郎のこと……少し思い出した」

四人は息を呑んだ。

「前世で、彼は本当に私たちの仲間だった」明日香は続けた。「特に、零児と近かったみたい」

零児は驚いた表情を見せた。「僕と?」

明日香は頷いた。「二人は、双子のように近い存在だったらしい。『空』と『闇』の守護者として」

「だから裏切られた時の衝撃は、特に零児にとって大きかった」明日香は淡々と続けた。「でも、なぜ彼が裏切ったのかは……まだはっきりとは思い出せない」

「双子……」零児は考え込むように呟いた。「確かに、さっきの訓練中、不思議な既視感があった。自分の力の使い方だけでなく、何か大切なものを失った感覚も」

「でも、今回は違う」蓮司が力強く言った。「今度は俺たちが勝つ」

「それに、完全に思い出せなくても、少しずつ記憶が戻ってきているなら、それでいいんじゃない?」小鳥が明日香を励ました。

「そうね」理央も同意した。「無理に思い出そうとしなくても、必要な時に必要な記憶が戻ってくるはず」

明日香は友人たちの優しさに、心が温かくなるのを感じた。彼女は紅茶を一口飲み、ほっと息をついた。

「明日は北の湖に向かうんだよね」明日香は話題を変えた。「水の核を探しに」

「不安?」零児が静かに尋ねた。

「正直、ある」明日香は認めた。「でも、みんなと一緒なら大丈夫。それに……」

彼女はふと真剣な表情になった。

「もし影斬慶一郎と会ったら、話してみたい」

「話す?」蓮司は眉をひそめた。「あいつは敵だぞ」

「でも、かつては仲間だった」明日香は静かに言った。「なぜ裏切ったのか、その理由を知りたい。そうすれば、もしかしたら……」

「彼を救えるかもしれないってこと?」小鳥が希望を込めて尋ねた。

明日香は小さく肩をすくめた。「可能性はゼロじゃないかもしれない」

「甘いわ」理央が冷静に言った。「敵は敵。私たちには守るべき使命があるの」

「分かってる」明日香は頷いた。「でも、私は信じたい。人は変われるって」

四人はそれぞれの表情で明日香を見つめたが、反論はしなかった。

「とにかく、明日に備えて早く休もう」零児が提案した。「初めての実戦ミッションだ。万全の状態で臨みたい」

全員が同意し、それぞれの部屋へと戻っていった。小鳥だけが明日香に寄り添って残った。

「本当に大丈夫?」小鳥はもう一度確認した。

「うん」明日香は微笑んだ。「小鳥がいてくれて嬉しい」

「当たり前じゃない」小鳥も笑顔を返した。「私たちは親友だもの」

二人は廊下で別れ、明日香は自分の部屋へと戻った。窓辺に立ち、夜空を見上げる。満月が雲間から顔を覗かせ、学園の敷地を銀色に照らしていた。

(明日、何が起こるんだろう)

彼女は胸に手を当てた。心臓の鼓動が、いつもより少し速い。興奮か、それとも恐怖か。おそらく両方だろう。

明日香は目を閉じ、深呼吸した。自分の内側に眠る金色の炎を感じ、それが自分を守ってくれると信じた。

明日は重要な一日になる。水の核を見つけることができれば、彼らの力はさらに増す。だが、敵も黙ってはいないだろう。

そして、もし影斬慶一郎と対面することになれば——

明日香は決意を固めた。彼女は立ち上がり、部屋の隅にある制服が入った鞄を手に取った。明日への準備を始めよう。

外では風が強くなり、窓ガラスを揺らし始めた。嵐の前触れのように。


翌朝、東の空がまだ白み始めたばかりの早朝、五人は学園の正門前に集合していた。青嵐先生が運転する黒いワゴン車が待機している。

「全員そろったわね」青嵐先生は厳しい表情で言った。「出発するわよ」

明日香たちは車に乗り込んだ。理央と小鳥が中央の席、蓮司と零児が後部座席、そして明日香は助手席に座った。

「行き先は北方湖、シンジュ湖ね」青嵐先生は車を発進させながら説明した。「かつて『水晶宮』と呼ばれる神殿があった場所。今は湖底に沈んでいるわ」

「水晶宮……」明日香は小さく呟いた。その名前に聞き覚えがあった。

「そう、前世では水の守護者の聖域だったわ」青嵐先生が言った。「今は廃墟だけど、水の核はまだそこにあるはず」

「核って、どんな形をしているんですか?」小鳥が好奇心を抑えきれずに尋ねた。

「それぞれ異なるわ」青嵐先生は答えた。「火の核は紅玉のような結晶、水の核は青い水晶、風の核は翡翠、土の核は琥珀、空の核は紫水晶」

「綺麗な宝石なんだね」小鳥は目を輝かせた。

「単なる宝石ではないわ」青嵐先生は厳しく言った。「それぞれが膨大なエネルギーを秘めた聖遺物。不用意に触れれば、命を危険にさらすことになる」

「では、どうやって」理央が質問した。

「それは、理央自身が見つけることね」青嵐先生は意味深に言った。「理央は水の守護者。水の核は理央に反応するはず」

理央は複雑な表情で窓の外を見た。彼女の内側では、水の力が青嵐先生の言葉に共鳴するように波打っていた。

車は市街地を抜け、やがて山道に入った。窓の外の景色が徐々に変わり、都会的な風景から自然豊かな光景へと移り変わっていく。

「到着まであと二時間ね」青嵐先生が言った。「その間に、作戦を説明するわ」

全員が耳を澄ませた。

「シンジュ湖は直径約3キロの円形の湖。かつての水晶宮は湖底中央、水深約50メートルのところにある。通常の人間なら潜水装備が必要だけど、理央の水の力があれば簡単に潜れるわ」

「私の力で、皆を湖底まで?」理央は少し不安そうに尋ねた。

「ええ。理央の力が目覚めれば可能よ」青嵐先生は自信を持って言った。「それに、明日香の炎は水中でも消えない。零児の空間操作で呼吸も確保できる」

「よーし、俺もがんばるぜ!」蓮司が拳を上げた。

「蓮司は静かにね」小鳥がクスリと笑った。「魚たちを驚かせちゃうわよ」

車内の雰囲気が少し和らいだが、明日香の胸の内には重い予感が残っていた。

「敵の動きは?」零児が冷静に尋ねた。

青嵐先生の表情が引き締まった。「警戒すべきね。暗影結社も同じ情報を得ている可能性が高い」

「影斬慶一郎が来るかも」明日香は静かに言った。

青嵐先生はバックミラー越しに彼女を見つめた。「その可能性もあるわ。その時は私が対応する。あなたたちはまだ彼には太刀打ちできない」

蓮司が不満そうな表情を見せたが、反論はしなかった。現状を理解しているのだろう。

車は山道を登り続け、やがて視界が開けた。眼下に青く輝く大きな湖が見えてきた。

「あれが、シンジュ湖」青嵐先生が言った。

五人は息を呑んだ。湖面は朝日を受けて青く輝き、周囲の山々が湖に映り込んでいた。まるで絵画のような美しさだ。

「綺麗……」小鳥がため息をついた。

「でも、水面下には古代の悲劇が眠っている」青嵐先生は静かに言った。「水晶宮は戦いで沈んだ。多くの命が失われた場所よ」

明日香はその言葉に何かを感じた。記憶の断片が脳裏をよぎる。水に沈む神殿、叫び声、そして……深い悲しみ。

「私……ここに来たことがある」明日香は思わず言った。

「前世での記憶ね」青嵐先生は頷いた。「焔の戦士は全ての聖域を訪れた」

車は湖畔の小さな駐車場に停まった。五人は車から降り、朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。湖面から立ち上る靄が、神秘的な雰囲気を醸し出している。

「準備はいい?」青嵐先生が尋ねた。

明日香は仲間たちの顔を見渡し、全員が頷くのを確認してから答えた。

「はい。行きましょう」

彼女の声には迷いはなかった。どんな困難が待ち受けていようと、仲間と共に乗り越えていく——その決意だけが彼女の中にあった。

そして湖は、彼らの到来を静かに見守っていた。水面下に隠された秘密と共に。


湖畔に立つ五人の前に、青嵐先生が手を広げた。

「ここからは、あなたたちが主役よ」彼女は言った。「特に理央、水の力を解放する時よ」

理央は緊張した面持ちで湖面を見つめた。彼女の中の力が、湖の水に呼応するように脈動している。

「どうすればいいの?」

「感じるのよ」青嵐先生は柔らかく言った。「水は理央の一部。恐れる必要はない」

理央は深呼吸し、目を閉じた。彼女は両手を湖に向けて差し出し、水の力を呼び起こそうとした。だが、何も起こらない。

「うまくいかない……」理央は不安そうに言った。

「焦らないで」明日香が彼女の肩に手を置いた。「私たちがついてる」

明日香の手から、温かいエネルギーが理央に流れ込んだ。それは炎ではなく、優しい光のようだった。

「共鳴を思い出して」明日香は静かに言った。「私たちの力は一つ」

蓮司、零児、小鳥も理央の周りに集まり、それぞれ手を伸ばした。五人の間に虹色の光が現れ、共鳴が始まった。

理央の体が青く輝き始め、湖面が反応するように揺らめいた。湖から一筋の水が立ち上がり、蛇のように理央の周りを回り始める。

「その調子」青嵐先生が見守った。

理央の表情が変わった。最初の不安が消え、代わりに確信と力強さが宿る。彼女の目が開いた時、瞳は湖の水のように深い青に輝いていた。

「わかったわ」理央の声が、今までになく落ち着いていた。「私の力は、水を支配することじゃない。水と一つになること」

理央が両手を広げると、湖面から巨大な水の道が形成された。それは湖面に浮かぶ道のようだったが、よく見ると中は空気で満たされている。

「水の回廊」理央が言った。「これで湖底まで行けるわ」

「すごい!」小鳥が目を輝かせた。

「やるじゃないか、理央」蓮司も素直に感心した。

明日香は微笑んだ。「行こう」

五人は水の回廊に足を踏み入れた。青嵐先生は岸に残り、彼らを見送った。

「気をつけて」彼女は最後に言った。「予期せぬことが起きても、焦らないこと。そして、一つになりなさい」

明日香は頷き、先頭に立って歩き始めた。水の回廊は彼らの足元で揺れることもなく、しっかりと支えていた。周囲は青い水の壁に囲まれ、魚たちがその外側を泳いでいるのが見えた。

「まるで水族館みたい」小鳥が感嘆した。

「集中して」零児が静かに言った。「この水の回廊は理央の力で維持されている。彼女の集中力が途切れれば、私たちは湖の中に放り出される」

理央は真剣な表情で前を見つめ、一歩一歩着実に進んでいた。彼女の周りには青い光のオーラが漂い、水の回廊を支えている。

彼らが深く潜るにつれ、周囲は徐々に暗くなっていった。明日香は手のひらに小さな金色の炎を灯し、道を照らした。

「もうすぐよ」理央が言った。


湖の深みを照らす明日香の金色の炎。その光の中、水底の風景が徐々に姿を現していく。最初は岩や水草だけだったが、やがて人工的な造形が見えてきた。白い大理石の柱、崩れた階段、そして水晶のように透き通った壁の残骸。

「水晶宮……」明日香は思わず息を呑んだ。

建物の一部は崩れ、水草に覆われていたが、それでもなお荘厳な美しさを湛えていた。かつての神殿は、円形の広場を中心に複数の塔が立ち並ぶ構造だったようだ。中央の広場に向かって伸びる道を、五人は静かに進んでいった。

「前世で、ここはどんな場所だったんだろう」小鳥が小声で尋ねた。

明日香は頭の中に浮かぶ断片的な記憶を辿った。「水の守護者の聖域。人々が水の恵みに感謝し、祈りを捧げる場所だったと思う」

「正しいわ」理央が静かに言った。彼女の目は深い青に輝いていた。「ここは祈りの場所だった。そして、学びの場所でもあった」

理央自身も、記憶が蘇ってきているようだった。

五人が中央広場に到達すると、そこには巨大な円形の祭壇が横たわっていた。祭壇の中央には、水晶でできた台座が置かれている。しかし、何かが違和感を覚えさせた。

「何かおかしい」零児が警戒するように周囲を見回した。「あまりにも静かすぎる」

蓮司も拳を固め、身構えた。「ほんとだ。湖底なのに、生き物の気配がない」

「核はどこ?」明日香は理央に尋ねた。

理央は祭壇に近づき、その表面に刻まれた古代文字を指でなぞった。「ここにあるべきなんだけど……」

突然、理央の体が強く震えた。彼女の顔から血の気が引いていく。

「理央!?」明日香が駆け寄ると、理央は虚ろな表情で呟いた。

「核が……ない」

その瞬間、水の回廊に揺らぎが生じた。理央の動揺が力の安定を乱したのだ。

「みんな、落ち着いて!」明日香が叫んだ。「理央、集中して!」

理央は我に返り、必死に力を取り戻そうとした。水の回廊はかろうじて形を保った。

「すまない」理央は声を震わせた。「でも、本当に核がない。ここにあるはずなのに……」

「先に来られたか」零児が冷静に分析した。

「暗影結社……」小鳥が不安そうに名前を口にした。

明日香は祭壇を改めて見つめた。確かに中央の台座は空っぽだ。しかし、何か引っかかる点がある。彼女は台座に近づき、金色の炎でより明るく照らした。

「待って」明日香は台座の表面を見て気づいた。「ここに何かの痕跡が……」

台座の表面には、かすかに青い結晶の粉が残っていた。明日香がそれに触れようとした瞬間、粉が光を放ち、水中に舞い上がった。

「なっ!?」

青い光の粒子が五人の周りを舞い、特に理央の周りに集まっていく。理央の体が再び青く輝き始めた。

「理央……?」明日香が心配そうに呼びかけた。

理央は目を閉じ、両手を広げた。彼女の周りの青い光が強まり、やがて彼女の胸元に収束していった。光が消えると、そこには拳大の青い水晶が浮かんでいた。

「水の核」理央は静かに言った。「隠されていたのではなく、守られていたんだわ」

「どういうこと?」蓮司が混乱した表情で聞いた。

「前世の私——水の守護者が、核を守るために形を変えていたのよ」理央は穏やかに説明した。「核そのものを隠し、粉末のようにして台座に残していた。そして、本当の守護者が来た時だけ、元の姿に戻るように」

「理央、君はすごいよ」明日香は感心した。

小鳥が歓声を上げようとした瞬間、零児の鋭い声が響いた。

「来るぞ!」

水の回廊の外側、湖底の暗がりから黒い影が複数迫ってきていた。それは人の形をしているが、完全に黒く、顔の部分だけが白い仮面のようになっている。

「影喰(えいしょく)!」明日香は声を上げた。

五体の影喰が水の回廊を囲み、触手のような黒い腕を壁に押し付けてきた。水の壁が波打ち、危うく崩れそうになる。

「みんな、陣形を!」明日香が指示した。

五人は円形に並び、それぞれの力を呼び起こした。明日香の金色の炎、理央の青い水の力、蓮司の赤い炎、零児の紫の空間力、小鳥の緑の風。五色の光が互いに共鳴し始めた。

「五行陣、展開!」

光の壁が広がり、水の回廊の外側を覆った。黒い影が光に触れると、悲鳴を上げたように揺らめき、後退した。

「効いてる!」蓮司が勇んだ。

だが次の瞬間、遠くから強烈な闇のエネルギーが迫ってきた。黒い霧のようなそれは、湖底の砂を巻き上げながら彼らに向かって流れてくる。

「なに……これ」小鳥が恐怖に顔を歪めた。

零児の表情が変わった。「この気配は……」

黒い霧が彼らの前で渦巻き、人の形を成した。黒いローブに身を包み、顔の下半分だけを露出させた若い男性。彼の目は漆黒で、光を吸い込むようだった。

「影斬慶一郎」明日香は思わず名前を呟いた。

「久しぶりだな」影斬の声は予想外に優しく、どこか懐かしささえ感じさせた。「焔の戦士、そして……仲間たち」

「仲間じゃない!」蓮司が怒鳴った。「お前は裏切り者だ!」

影斬は悲しげに微笑んだ。「そう思うのも無理はない。前世での記憶が、君たちにはまだ完全には戻っていないからな」

「何が言いたい?」明日香は警戒しながらも、話を聞こうとした。

「真実だ」影斬はまっすぐに明日香を見つめた。「全てが君たちに伝えられている通りではない。黒ノ帝のこと、私の裏切りのこと、そして……焔の戦士であるあなたのことも」

「嘘を言うな!」蓮司が拳に炎を纏わせ、前に出ようとした。

「待って、蓮司」明日香は彼を制した。「話を聞こう」

影斬は水の回廊の壁に触れようとしたが、五行陣の力に阻まれた。「理央、水の核を手に入れたようだな。おめでとう」

理央は核を胸に抱き、一歩後ろに下がった。「近づかないで」

「奪うつもりはない」影斬は手を下ろした。「今日はただ、一つの真実を伝えに来ただけだ」

「真実?」明日香は目を細めた。

「そう」影斬は頷いた。「焔の戦士よ、あなたがなぜ転生したのか、知っているか?」

明日香は答えられなかった。彼女自身、その理由を完全には理解していなかった。

「世界を救うため」小鳥が代わりに答えた。「黒ノ帝との最後の戦いで命を落としたから」

影斬は小さく首を振った。「違う。焔の戦士は死んでいない。封印されたのだ——私たち守護者によって」

「何を言って……」明日香は動揺した。

「焔の戦士は、力の暴走を始めていた」影斬は続けた。「最後の戦いで、彼女は黒ノ帝を倒した。だがその後、彼女自身が暴走し始めた。制御できない力が世界を焼き尽くそうとしていた」

「そんな……」明日香は信じられない思いで聞いていた。

「私たち五人の守護者は、最愛の主を救うために、苦渋の決断をした」影斬の声には痛みが滲んでいた。「彼女の魂を五つの核に分け、封印したのだ。そして私は『裏切り者』という汚名を被り、闇の守護者として監視を続けることになった」

沈黙が広がった。五人はその言葉の意味を理解しようと必死だった。

「証拠はあるのか?」零児が冷静に尋ねた。

影斬は懐から小さな黒い石を取り出した。「これが闇の核。かつては六つ目の核として存在していた。だが、歴史から抹消された」

黒い石が淡く脈動し、明日香の内側の何かが反応した。胸の奥が熱くなり、痛みに似た感覚が走る。

「うっ……」

明日香が膝をつくと、突然、彼女の視界が変わった。まるで別の時代、別の場所を見ているかのように。


金色に輝く広大な空間。その中央に、長い金色の髪を持ち、赤い装束に身を包んだ少女が立っている。彼女の金色の瞳は、まるで炎のように燃え盛っていた。

少女の周りには六人の人影。それぞれが異なる色のオーラに包まれている。

「もう、止められない」金髪の少女が苦しげに言った。「この力が、私を焼き尽くす……」

「必ず救います」黒いオーラを纏った青年——影斬慶一郎が前に出た。「どんな代償を払っても」

「方法はある」紫のオーラの人物——零児の前世が言った。「だが、あなたの記憶、力、そして私たちとの絆も全て失うことになる」

「それでも、世界が守られるなら」金髪の少女は微笑んだ。涙が頬を伝う。「お願い……私を止めて」

六人の守護者たちは円陣を組み、それぞれの力を解放した。金髪の少女は光に包まれ、その体から六色の光が分離していく。最後に彼女は守護者たちを見つめ、言った。

「またいつか、共に歩める日まで……」


現実に戻った明日香は、涙を流していた。あの金髪の少女が自分の前世——焔の戦士だと確信していた。そして記憶の中の言葉が、真実だと心の奥底で理解していた。

「思い出したんだな」影斬が静かに言った。

明日香はゆっくりと立ち上がり、仲間たちを見た。彼らも同じビジョンを見たのか、驚きと混乱の表情を浮かべていた。

「なぜ……」明日香は震える声で尋ねた。「なぜ今になって?」

「時間がないからだ」影斬の表情が厳しくなった。「黒ノ帝は復活しつつある。だが、彼は本当の敵ではない」

「どういう意味だ?」蓮司が声を張り上げた。

「本当の敵は、焔の戦士の力そのものだ」影斬は明日香をまっすぐ見つめた。「あなたが全ての核を集め、完全な力を取り戻せば、再び暴走が始まる。それを望むものがいる」

「誰が?」零児が鋭く尋ねた。

影斬が答えようとした瞬間、水の回廊の外側から強烈な衝撃波が襲ってきた。回廊が大きく揺れ、五人は体勢を崩した。

「敵か!?」蓮司が身構えた。

「いや、これは——」影斬の表情が変わった。「校長だ」

「校長?」五人は驚愕した。

水の回廊の外側、湖底に一筋の光が走った。それは湖面から伸びる光の柱で、その先端に風祭校長の姿があった。彼の周りには金色の炎が渦巻いている。

「お喋りは十分だ、影斬」校長の声が水中を震わせた。「子供たちに余計な混乱を与えるな」

影斬は表情を引き締めた。「真実を伝えているだけだ。あなたこそ、彼らを騙すのはやめるべきだ」

「騙してなどいない」校長は冷たく言った。「世界の安定のために必要なことをしているだけだ」

影斬は五人を見た。「考えてみろ。なぜ黎明学園は五つの核を集めようとしている?なぜ焔の戦士の転生者を見つけ出した?それは——」

校長の放った金色の光線が影斬を貫いた。影斬の体が黒い霧のように揺らぎ、後退する。

「子供たち、今すぐ湖面に戻りなさい」校長が命じた。「影斬の言葉に惑わされてはいけない」

明日香は混乱していた。校長の言葉と影斬の言葉、どちらが真実なのか。しかし今は、仲間たちの安全が第一だ。

「理央、回廊を湖面まで」明日香は決断した。

理央は頷き、水の回廊を湖面へと伸ばし始めた。だが、明日香は最後に影斬を見た。彼は痛みに顔を歪めながらも、何かを伝えようとしていた。

「六つの核が集まる時、真実を求めよ」影斬の声が明日香の心に直接響いた。「そして、自分の心に従え」

校長と影斬の戦いが激しさを増す中、五人は急いで水の回廊を上っていった。明日香の頭の中は混乱で一杯だった。自分は何者なのか、真の敵は誰なのか、そして——自分の力は本当に世界を救うものなのか、それとも破壊するものなのか。

湖面に近づくにつれ、明日香は決意を固めた。これからどんな真実が待ち受けていようと、自分の目で確かめ、自分の意志で判断するということを。

湖面を突き破り、五人が陸地に上がった時、青嵐先生が心配そうに駆け寄ってきた。

「大丈夫?怪我は?」

「無事です」明日香は答えた。「そして……」

彼女は理央を見た。理央は胸元に光る青い水晶——水の核を大切そうに抱いていた。

「任務は成功したわ」理央が言った。

青嵐先生はほっとしたように息をついた。「よかった。では早く車に乗りなさい。ここはもう安全じゃない」

五人が車に向かう途中、明日香は湖を振り返った。水面下では今も、金色と黒の光が激しくぶつかり合っている。

何が真実なのか。その答えは、まだ見えない。

だが一つだけ確かなことがある。彼女たちの戦いは、始まったばかりだということを。

明日香は静かに誓った。どんな運命が待ち受けていようとも、仲間たちと共に立ち向かうと。そして必ず、真実にたどり着くと。

金色の瞳が、決意と共に静かに燃えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る