第3話 私は"焔の戦士"だった?

校長室は厳かな雰囲気に包まれていた。大きな窓からは学園の全景が見渡せ、壁には様々な古文書や絵画が飾られている。風祭校長は大きな木製の机の前に立ち、窓の外を眺めていた。

彼は明日香たちが入室すると、ゆっくりと振り向いた。風祭校長は白髪交じりの長い髪を後ろで束ね、穏やかな表情を浮かべている。だが、その瞳の奥には深い知恵と何か重大な秘密を抱えているかのような影があった。

「よく来たね、火ノ宮明日香さん、そして皆さん」

校長の声は優しく、だが威厳に満ちていた。彼は明日香をじっと見つめ、青嵐先生に目で何かを尋ねた。

「彼女です」青嵐先生が頷いた。「さきほどの戦闘で、金色の炎を使いました」

「そうか...」風祭校長は深く息を吐いた。「時が来たようだね」

「時...ですか?」明日香は混乱した様子で尋ねた。

「座りなさい」校長は彼らにソファを指し示した。

明日香、理央、蓮司、零児、そして小鳥の五人は並んで座った。彼らの前に校長と青嵐先生が立つ。

「まず、君たちに尋ねたい」校長は静かに言った。「特別閲覧室で何を調べていたのかな?」

明日香と理央は顔を見合わせた。校長は既に知っているようだったが、明日香は正直に答えた。

「焔の戦士と暁の核について調べていました」

「なぜ?」

「昨日、地下の封印された部屋で見た幻影について知りたかったからです」明日香は自分の体験を率直に話した。

校長は頷き、書棚から古い巻物を取り出した。「これは、創立者が記した学園の真の目的だ」

彼は巻物を広げ、そこに描かれた絵を見せた。そこには金色の炎に包まれた少女と、彼女を囲む五人の守護者の姿があった。そして彼らの前には、巨大な黒い影が立ちはだかっている。

「これが...」明日香は息を呑んだ。

「そう、焔の戦士と五人の守護者、そして黒ノ帝だ」校長は静かに言った。「この学園は、暁の核を守り、そして焔の戦士の再来に備えるために創設されたんだよ」

「え?」明日香は驚きを隠せなかった。

「火ノ宮明日香さん」校長は彼女をじっと見つめた。「君は焔の戦士の転生体である可能性が高い」

部屋に重い沈黙が流れた。

「そんな...」明日香は言葉を失った。「私が...焔の戦士?」

「まだ確定ではないわ」青嵐先生が冷静に言った。「だが、金色の炎を操れるのは焔の戦士のみと伝えられている」

「そして」校長が続けた。「君を含めた五人が揃ったことも偶然ではないだろう」

校長は明日香たちを見渡した。「姫宮理央、火積蓮司、氷室零児、春風小鳥...そして火ノ宮明日香。五元素の性質を持つ異能者が集まった」

「私たちが...守護者の...?」理央が驚きの表情を見せた。

「転生体かもしれない、ということだ」校長は静かに言った。「確証はないが、状況証拠は揃っている」

「でも、なぜ今になって?」零児が冷静に尋ねた。「なぜ明日香が暁の核に触れたことで影喰が活発になったのでしょう?」

校長と青嵐先生は顔を見合わせた。

「伝説によれば」校長が語り始めた。「焔の戦士が復活する時、封印された黒ノ帝も同時に目覚めるとされている。今日の影喰の異常な活動は、その前兆かもしれない」

明日香は自分の手を見つめた。さきほどまで金色の炎を放っていたその手は、今は普通の少女の手だった。だが、胸の奥に宿る熱は消えていない。

「私に何ができるというんですか?」明日香は不安そうに尋ねた。「私はただの高校生です。戦士なんて...」

「まずは真実を知ることだ」校長は優しく言った。「君たちには、本来の力を思い出してもらう必要がある」

校長は古い箱を取り出し、テーブルの上に置いた。「これは学園が保管している暁の核だ」

箱を開けると、中には赤く輝く宝石のような物体があった。それは時折、まるで鼓動のように脈打ち、光の強さを変えている。

「火の核...」明日香はそれを見つめ、不思議な懐かしさを感じた。

「昨日、君が触れたのもこれだ」校長は説明した。「普段は地下の結界で保管しているが、君との接触で封印が弱まったようだ」

「今回は五人全員にこの核を見てもらいたい」校長は続けた。「そして、可能であれば触れてもらいたい」

「え?」蓮司が驚いた声を上げた。「でも、それって危険じゃ...」

「確かにリスクはある」青嵐先生が厳しい表情で言った。「だが、もし君たちが本当に焔の戦士と守護者なら、黒ノ帝の復活に備えて力を取り戻す必要がある」

「それに」校長は付け加えた。「君たちは既に選ばれている。だからこそ、一つのチームになったんだ」

明日香は仲間たちの顔を見た。理央は冷静だが緊張している様子。蓮司は不安と興奮が入り混じった表情。零児は無表情だが、瞳に決意の色が見える。小鳥は怯えつつも、勇気を振り絞っているようだった。

「みんな...どうする?」明日香は仲間たちに尋ねた。

「やるしかないだろ」蓮司が答えた。「俺は明日香についていく」

「私も」理央が静かに言った。「真実を知りたい」

「僕も」零児が頷いた。

「わ、私も!」小鳥も勇気を出して言った。「みんなと一緒なら...」

明日香は深く息を吐き、校長を見つめた。「分かりました。私たち、やってみます」

校長は満足げに頷き、箱を彼らの前に差し出した。「では、順番に核に触れてみてください」

明日香が最初に手を伸ばした。彼女の指が火の核に触れると、再び金色の光が彼女の体を包み始めた。だが、今回は制御できているようだ。穏やかな炎が彼女の周りを優しく舞っている。

「温かい...」明日香は微笑んだ。

次に蓮司が核に触れた。彼の体は赤い光に包まれ、筋肉が一瞬盛り上がったように見えた。「す、すげぇ...力が溢れてくる...」

理央は慎重に核に触れた。彼女の周りに氷の結晶が浮かび、青白い光が彼女を取り巻いた。「これが...本来の力...」

零児は黙って核に触れた。彼の体は紫色の光に包まれ、一瞬、空間が歪んだように見えた。「...興味深い」

最後に小鳥が恐る恐る核に触れた。彼女の周りを緑色の優しい風が包み、髪が舞い上がる。「わぁ...なんて心地いいの...」

五人が順番に核に触れると、不思議なことに、核の光が強まり、五色の光線が部屋の中央で交わった。そこに現れたのは、金色の空間と、その中に立つ一人の少女の幻影だった。

「焔の戦士...」校長が畏敬の念を込めて言った。

金色の髪と瞳を持つ少女は、明日香そっくりだった。彼女は微笑み、口を開いた。

「ついに...めぐり逢えたね」

声は不思議と明日香の声と重なっていた。まるで二人の声が一つになったかのようだ。

「私は...あなたなの?」明日香は幻影に尋ねた。

「そう」焔の戦士は穏やかに頷いた。「私はあなた。あなたは私。時を超えて、再び目覚めた」

「なぜ...私が?」明日香は混乱した様子で聞いた。

「運命」焔の戦士は簡潔に答えた。「そして選択。あなたの心が、私の心と共鳴したから」

幻影は明日香の仲間たちにも視線を向けた。「そして、私の大切な仲間たちも...また揃った」

「私たちは本当に...守護者の転生なんですか?」理央が恐る恐る尋ねた。

「そう」焔の戦士は頷いた。「水の守護者、理央。火の守護者、蓮司。空の守護者、零児。風の守護者、小鳥」

「俺たちは前世でも...友達だったのか?」蓮司が興奮気味に尋ねた。

焔の戦士は微笑んだ。「単なる友達ではない。家族のような絆で結ばれていた」

その言葉に、五人はなぜか懐かしさを感じた。まるで遠い記憶の中の感情が、今蘇ってきたかのように。

「でも」焔の戦士の表情が暗くなった。「黒ノ帝も目覚め始めている。彼の復活を阻止するには、残りの四つの核を見つけなければならない」

「残りの核は?」零児が冷静に尋ねた。

「世界各地に散らばっている」焔の戦士は答えた。「だが、あなたたちの力が高まれば、それらを感知できるようになるだろう」

「何から始めればいいんですか?」小鳥が尋ねた。

焔の戦士は明日香を見つめた。「まずは、あなた自身の力を制御することから。そして、守護者たちとの絆を深めること」

幻影が薄れ始めた。「時間がない...私の力も限られている...」

「待って!」明日香は叫んだ。「まだ知りたいことがたくさんあります!」


「全ては...あなたの中に...」焔の戦士の声が遠くなっていく。「思い出して...記憶を...」

そして、金色の光は完全に消え去り、部屋には五人の生徒と二人の教師だけが残された。

「消えた...」明日香は呆然と虚空を見つめていた。

一瞬の沈黙の後、校長が静かに言った。「これで確信が持てた。君たちは確かに焔の戦士と守護者たちの転生体だ」

「だけど、黒ノ帝って何者なんですか?」蓮司が尋ねた。「旧世界大戦の頃の敵なんでしょ?」

校長は古い本棚から一冊の書物を取り出した。「黒ノ帝は、影喰の創造主にして支配者。人間の恐怖と絶望から生まれた存在と言われている」

彼は本を開き、ページを示した。そこには巨大な黒い影のような存在が描かれていた。人型のようでもあり、獣のようでもある姿。ただ一つ明確なのは、その眼だけだった。鋭い赤い光を放つ眼。

「旧世界大戦の終盤、彼は世界の半分を暗黒に沈めた」校長は続けた。「通常の兵器では歯が立たず、異能力者たちが前面に立って戦うことになった。その先頭に立ったのが焔の戦士だった」

「でも、最終的には彼女も命を落としたんでしょう?」理央が静かに尋ねた。

「そう」青嵐先生が答えた。「黒ノ帝を完全に倒すことはできなかった。出来たのは封印だけ。そして、その代償として焔の戦士は命を落とした」

「じゃあ、私たちも...」小鳥の声が震えた。

「それは分からない」校長は穏やかに言った。「今回は違った結末になるかもしれない。何より、今回は初めから五人が揃っている」

明日香は自分の手を見つめた。「でも、私にはまだ焔の戦士としての記憶がほとんどない。力も制御できているとは思えません」

「それは当然だ」校長は頷いた。「記憶と力は徐々に戻ってくるだろう。特に、残りの核を見つけるにつれて」

「そのためには特別な訓練が必要ね」青嵐先生が言った。「明日から、私が直接指導する」

「え?」五人は驚いた表情を見せた。

「通常のカリキュラムとは別に、放課後の特別訓練を行う」青嵐先生は厳しい表情で続けた。「今日の影喰の襲撃は始まりに過ぎない。これから更に強力な敵が現れるだろう」

校長は頷き、五人を見つめた。「重い運命を背負わせてしまって申し訳ない。だが、君たちにしかできないことなんだ」

明日香は仲間たちの顔を見回した。皆、不安と決意が入り混じった表情をしている。彼女は深く息を吐き、校長に向き直った。

「分かりました。私たち、やります。でも...」

「でも?」校長が尋ねた。

「私たちには選択肢があるんですよね?」明日香は真剣な表情で言った。「自分の意志で戦うのであって、ただ運命に従うわけではない」

校長は微笑んだ。「もちろんだ。君たちが自分の意志で選ぶことが、最も重要だ」

「じゃあ」明日香は立ち上がり、仲間たちに手を差し出した。「私は戦うことを選ぶ。みんなと一緒に」

蓮司は即座に明日香の手に自分の手を重ねた。「当たり前だろ!俺も行くぜ!」

理央はため息をつきながらも、二人の手の上に自分の手を置いた。「仕方ないわね。誰かが冷静さを保たないと」

零児も黙って手を重ねた。彼の表情からは決意が伝わってくる。

小鳥は少し躊躇ったが、やがて勇気を出して手を重ねた。「私も...みんなと一緒に頑張る!」

五人の手が重なった瞬間、彼らの周りに五色の光が輝いた。赤、青、紫、緑、そして金色。それらが混ざり合い、まるで虹のような輝きを放った。

校長と青嵐先生は満足げな表情で彼らを見守っていた。

「さて」青嵐先生が言った。「明日から本格的な訓練を始めるわ。今日はもう遅いから、各自寮に戻って休みなさい」

「はい!」五人は声を揃えた。

校長室を出て廊下を歩きながら、明日香は複雑な心境だった。たった一日で世界が変わってしまったような感覚。自分が普通の女の子ではなく、伝説の戦士の転生だなんて...

「なあ、明日香」蓮司が彼女の横に並んで歩きながら言った。「お前、大丈夫か?」

「うん...まあ、なんとか」明日香は弱々しく微笑んだ。「ただ、全部が現実感なくて」

「私も」理央が言った。「でも、あの核に触れた時の感覚は、確かに本物だった」

「僕たちが前世で一緒に戦ったなんて、不思議な感じだね」零児が珍しく感情を込めて言った。

「でも、なんだか嬉しい気もする」小鳥が明るく言った。「みんなと特別な絆があるなんて」

明日香はふと、校長が言っていたことを思い出した。「残りの核を見つけないといけないんだよね...」

「でも、どこにあるの?」小鳥が不安そうに尋ねた。

「それを探すのが、これからの私たちの使命なんじゃないかな」理央が言った。

女子寮の前で彼らは別れることになった。

「じゃあ、明日」蓮司が言った。「訓練、頑張ろうぜ!」

「ああ」零児も頷いた。

男子二人が去ると、女子三人は寮の中へ向かった。

「なんだか、疲れたね...」小鳥がため息をついた。

「そうね」理央も同意した。「今日は早く休みましょう」

「うん...」明日香は少し遅れて答えた。彼女の心はまだ、焔の戦士の言葉と幻影に囚われていた。

自分の部屋に戻り、ベッドに横たわった明日香。窓の外の夜空を見上げながら、彼女は考え込んだ。

「私が...焔の戦士...」

目を閉じると、断片的な映像が脳裏に浮かぶ。金色の空間。炎に包まれた巨大な剣。仲間たちとの絆。そして...最後の戦い。

「思い出さなくちゃ...」

明日香はそう呟きながら、疲れた意識を手放し、深い眠りに落ちていった。

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