この戦場、前にも来た気がする
風が装甲にぶつかり、まるで何百匹もの虫が這っているような音を立てていた。
気候制御は三時間前にやっと復旧し、C-524-53-A号車は外部電源をつないで半時間だけ暖房が使える状態になっていた。
10人の車組のうち、車内常駐の5人は半脱ぎ状態で、装備の汗と外気の冷たさが金属の壁面に白い結露を作っていた。
「で、今回はどこで戦うんだ?」
第2射手が言った。側面座席で標準ライフルを抱えている。
「地図上はT7-3-A陣地。聞き覚えないな。」
中士が答える。
「なんか…模擬試験のコードみたいだな。」
「それを“期末試験”とか言い出したらマジで殴る。」
第3射手が言った。
副班長は主制御パネルを見ながら淡々と聞いた。
「突入波、うちらは何波目?」
「第四じゃねえか?」
「“この部隊”じゃなくて、“うちら”って言った。」
「だったらC-524に記憶チップでも付けるか?
あいつが前回の“脚折れ”を覚えてたら、今回はルート変更してくれたかもな。」
そのとき、隣の車両から別部隊の班長が顔を出した。
装甲に手をかけて、車内を覗き込む。
「お前らの車内、雰囲気冷たすぎないか?」
「空調の話か、それとも会話か?」
「両方だ。」
彼はニヤッと笑った。
「うちの連隊長、ついさっきこう言った。“連邦に帝国の履帯の音を刻み込め!”
俺、言いかけたよ:『前回それで先に雷踏んだの俺たちだぞ』って。」
車内で軽く笑いが漏れた。
「俺の補給食、ニンジン味だった。」副班長が唐突に言った。
「誰がそんなの選ぶんだ?」中士がぎょっとした顔で訊いた。
「お前、何のコード入力したんだよ?」
「ランダム抽出。」
「食事じゃなくてガチャだな。」
「それでもお前の“合成牛肉味”よりマシだったわ。三日間、匂いが消えなかった。」
「俺のは牛じゃない。“思い出”の味だった。」
隣の班長が驚いた顔をする。
「お前ら、戦闘前の過ごし方、それでいいのか?」
「祈祷でもしろってか?」
「うちの車組、遺書読み合わせしてたぞ。」
「真面目か。」中士が答えた。
「俺らのは書いても誰も読まねえよ。」
副班長が低く呟いた。
「でも…私は一通だけコピーしてる。軍の外に向けてのやつ。」
車内が2秒ほど静まる。
第3射手が少し戸惑いながら言った。
「……君が“私的な手紙”なんて書くとは思わなかった。」
「私的じゃない。」彼女はスクリーンを見つめながら言った。
「それは“私が死んだあと、誰に何を言わせるか”を決めるためのもの。」
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