このスープ、俺の足よりまずい
雨は上がったが、塹壕の中はまだ湿っていた。
VC型戦車のサイドハッチが半開きのまま、士官と副班長は補強された旧型掩体壕のフタの上に座り、食事をとっていた。
そばには帝国海軍陸戦隊の兵士二人もしゃがみこんでいて、膝に温まりすぎた突撃銃を抱えていた。
「特別供給だぞー。」
灰緑の腕章を巻いた治安官後方支援員が箱を担いでやってきた。
「本日の特例支給は“湿地炊き根スープ”と、“標準発酵マフィン”。」
「その名前の時点でアウトだろ。」
中士はスプーンでスープをつつきながら言った。
「この色、昨晩の反応炉の冷却水じゃねえか?」
副班長は一口も飲まず、匂いだけ確認して無言で地面に置いた。
「前線のヘリクイスで、泡状の合成肉ってのが出たことがある。」
海軍陸戦隊の一人が言う。
「あれには少なくとも“高タンパク質”ってラベルが貼ってあった。」
「これにも同じラベル貼ってあったら、タンパク質は外来生命体製だな。」
「このスープ、殺傷力あると思うか?」
もう一人がマフィンを眺めながらつぶやいた。
「一口かじっただけで、歯の詰め物取れたぞ。」
中士は自分の携帯加熱パックを開けながら言った。
「お前ら、まだ非常食持ち歩く癖がねえのか?
そんな連隊長に任せてると死ぬぞ。」
「昨日そいつ、戦術マニュアルを焚き火にくべてたぞ。
“使わねえ物は熱エネルギーに換えろ”ってさ。」
「それ、連邦のスパイが言いそうなセリフだな。」
副班長が淡々と話し出した。
「最近の連邦放送、降伏勧告でこう言ってきてる。
“そんなもん食ってまだ陣地を守ってるお前ら、上官が毒料理人なのか?”」
「それに対してこっちの返答は ‘ああ、そうだ。毒認定済み’ ってな。」
中士がスプーンを口に運び、顔をしかめる。
「俺、昔ミサイルの弾頭のススを舐めたことがあるけど、それよりマシだったぞ。」
「なんで舐めたんだよ?」
陸戦隊の兵士が驚いた。
副班長が静かに答える。
「訓練後の賭けに負けたの。」
「で、報酬は?」
「交代時間を6時間前倒し。」
数秒の沈黙のあと、全員がうなずいた。
「……それは価値あるな。」
その時、陸戦隊の一人が再びスープをすする。
「……おい、二口目、意外といける気がしてきた。」
「それ、味覚の敗北だろ。」
「違う。これは生理の降伏だ。」
マフィンのかけらが一つ、弾薬箱に投げ込まれた。
「パチッ」と小さな音がして、誰も笑わなかった。
でも、全員が納得していた。
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