星海紀行

浮空世界 I.1



ケサリーヌは、自分がいつかこの星を離れることを知っていた。

だがその時が本当に来たとき、搭乗ゲートの前に立った彼女は、ふっと眉をひそめた。


共和国の艦船レムールは軌道を離れつつあり、接続ポートの向こうには、帝国の探査艦エアリビオンが静かに待っていた。

鋭く削ぎ落とされた金属のような船体は、星の光の中を一筋の線となって貫いていた。


観測カプセルの曲面シートに座りながら、ケサリーヌはまだ湯気を立てている紅茶を両手で包んでいた。

その紅茶は地上の基地から持ってきたものだ。決して美味ではない。だが、味があれば、それで充分だ。

宇宙では、それが贅沢だった。


彼女はこうした移動の感覚に慣れていた。

五年前、学術飛行の選択科目で高等資格を取得して以来、彼女はほとんど研究棟に戻ることをしなくなっていた。


好奇心こそが、学問の原点なのだ。

そして好奇心は、静止ではなく、移動を欲する。


「準備はできたか?」

短く振動した通信端末に、プロジェクト調整官のメッセージが届いた。


「ハッチの前にいる」と彼女は簡潔に返した。


「帝国側は時間厳守だが、口数は少ない。艦船の構造ファイル、送っておくよ。」


「ありがとう。……読まないけど。」


通信を切ると、ケサリーヌはドアランプが緑色に変わるのを見上げた。

身元確認、学術協定の認証、調査団のアクセス権限。すべての情報が同期された。


気圧差を伴う冷たい風が、船内とは異なる空気を引き込んだ。

帝国の艦船は、わずかに低めの温度設定がされている。あれは、乗員の意識を覚醒させるためなのかもしれない。


軍用フロアに足を踏み入れたとき、彼女のブーツの音がやけに鮮明に響いた。


「ようこそ。」

出迎えたのは帝国の士官だった。灰青色の制服に、表情を完全に覆い隠すマスク。

その声は処理された電子音で、無感情だが無礼ではない。


ケサリーヌは何も言わずに軽くうなずいた。

彼らが無駄な言葉を嫌うことを、彼女は理解していたし、それを非礼とも思わなかった。


その艦内で、彼女は“騎士”を初めて目にした。


剣を帯びてはいなかったが、装甲の胸甲とマントを纏ったその姿は、誰よりも目を引いた。

まだ若い。盔甲に完全には馴染んでいないようにも見える。

おそらく、プロジェクト側から派遣された護衛だろうと彼女は推測した。


だが、彼女は目を逸らした。

帝国の艦内で、誰かをじっと見るという行為自体が、すでに無用だった。


十七標準時後、軌道基地に到着。


レムール号で最後に口にした紅茶の余韻はもうない。

足元には帝国製の合金デッキ、眼前には浮上艇へのシャトル連絡ポート。


まだ、その姿は見えていなかった。


ケサリーヌはシャトルの窓際に腰を下ろす。

通信チャンネルはしばらく沈黙し、その後、冷静なパイロットの声が響く。


「目標確認。ネクシスA07号、浮上安定中。」


彼女は窓の外を見た。


雲海の下、銀色の艦影が浮かんでいた。


それは、軍艦のようであり、空中の城のようでもあった。

艦尾には三層の動力翼が広がり、中央には直通式航空甲板。

そのすぐ下に、全周囲型の観察デッキが静かに沈み込んでいた。


ケサリーヌは肘掛けに手を添え、口元にわずかな吐息を落とす。


「なるほど。そういうわけか。」


浮かぶのは、船だけじゃない。

自分自身もまた、今、風に乗っていた。


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