リリィズ・ベルム・ヒストリア

オムライスの人

プロローグ

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 少年が息を切らしながら走っている。

 その周りには瓦礫の山と、ところどころ炎の海が広がっていた。


「少しでも……遠くに……逃げないと……!」


 少年は迫りくる恐怖から逃げようと必死だ。

 は間違いなく、少年を今の風景と同じ結末にする力を持っていると確信しているからだ。

 ただひたすらに、道だった場所を駆け抜けている。


 この街は大きな街であった。

 駅の近くにはビルが立ち並び、少し離れたところに商業施設も点在、住宅地もあるくらいだった。

 大都市と言うほど栄えてはいなかったが、かなり人の集まる場所と言って遜色ないだろう。


 そんな街がこの有り様だった。

 建物は崩れ、大人子供問わず倒れている。

 車も燃料か何かに引火したのか炎上、爆発して瓦礫の上にも火の手を伸ばしている。


 少年はそれらを気にすることができない程必死だった。

 人々の悲鳴も聞こえていたが別の音にかき消される。

 その音に、少年は怯えていた。


 その音は獣が鳴き叫ぶ声と言えばいいのか、少なくとも人や機械の出す音でない事は少年の耳にもわかるものだった。

 炎の燃える音の中、その鳴き声は近づいてきていた。


 その鳴き声の主を見てはいない、見たら逃げる事すら出来なくなるだろう。

 他の悲鳴と同じように、かき消される事は明白だ。


「はぁ……はぁ……あっ!!」


 少年の足がもつれ、地面にゴロゴロと転び、倒れこんでしまった。

 足の疲労からか、立とうとしても足もうまく動かない。


「くそっ……動けよ!!」


 自分の足に強く訴えかけるが、動いてはくれない。


 そうしているうちに鳴き声と足音がどんどん大きくなってきている。

 周りに隠れる場所もない、足も動かない、もはや詰みだ。


「動け……動いてくれよ!俺の足!!」

 

 少年も恐怖で涙声になりながら訴えかける。

 やはり動いてはくれない、むしろこれから起きることを想像し震えているようであった。



 大きな足音が止まった。目の前まで鳴き声の主が来てしまった。

 捕まえたぞと言わんばかりに嘶いているその姿は、馬の体を太くし、蟻や蜂のような頭を持つ化け物だった。


 少年はその姿と声を聴いた瞬間悟った。

 

 

 死ぬ、喰われる。



 本能がそう察してしまった。

 自分はもう助からない、このまま喰われてしまうのだと。


(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……)

 

 理性はそれを拒んでいる。

 死にたくない、と心の底から感情は溢れてくる、しかし体がいうことを聞かないのだ。


 化け物が近づき、その顎が開いていく。

 そこには破れた布や赤い液体がついているのが少年には見えた。


「こんなところで死にたくない……誰か助けてよ!!」


 叫んだ直後、目の前で轟音と衝撃が走った。

 思わぬ衝撃に少年は体ごと後ろに吹き飛び、気を失いかけた。


 少年はかろうじて上体を起こし元居た場所を見てみる。化け物は跡形もなくなっていた。先ほどの衝撃で同じように吹き飛んでしまったのか?

 その代わりに人が立っていた。その姿は特撮ドラマやアニメに出てくる、パワードスーツを身に纏っているヒーローだった。


「大丈夫か? といっても大丈夫ではないよな」


 少年の前にヒーローが近づき、しゃがみながら話しかけてきた。

 


 ヒーローは話を続ける。

「このあたりの化け物はすぐに始末するから安心しろ。しばらくすれば迎えが来る」

 何が起きているのか、まだ整理している少年は答えられずにいる。

「とりあえず頭だけは隠しとけ、お前だけを守りながらは戦えん」


 そう言い終わった後に近くから化け物の鳴き声が聞こえてきた。

 ヒーローは聞こえてきた方に向き直ると、携えた剣に手をかけそれを抜いた。


「じゃあな、また会えたら会おう!」


 ヒーローは少年にそれだけ言うと、人ならざる速度で駆け出して行った。

 少年は助かったという事実を改めて確認し、ヒーローのいう通りうずくまって頭を隠して待つことにした。

 ほかに信じられるものもいないし、体もまともに動かないからそうせざるを得なかったのもある。


 頭を隠している間、近くではドゴンッドゴンッと大きな衝撃音が響いていた。

 少年は音が聞こえる度に体を強張らせ、早く助けが来ることを祈った。


 しばらくして救助隊が少年のもとにやってきた。

 いつの間にか鳴り響いていた衝撃音も鳴き声も、聞こえなくなっている。

 

 救助のテントについたとき、他にも救助された人間もいたが、その数は多くなさそうだった。


 テント内で少年はヒーローについて聞いて回った。少年はヒーローに、助けてくれたお礼をどうしても伝えたかった。

 化け物を退治し人を助ける、マンガやアニメで出てくるヒーローそのもの。それが目の前に現れ、自身の命を救ったのだ。感謝してもしきれない。

 しかしヒーローの所在を知るものは誰もいなかった。衝撃音を聞いたというものはいたが、人が出している音とは思っていなかった。


「坊や、あのヒーローについて知りたいのかい?」


 救助隊の男が声をかけてきた。どうやらテント内での少年の行動を気にかけていたようで、作業の合間に話しかけてきたようだ。

 

「今は詳しく話せないんだが、あいつは化け物退治の専門家になる予定らしい」

 男がそのまま続ける。

「多分、あの化け物退治をするチームがそのうち作られるよ」


 その言葉に、少年は目を光らせる。

 そのチームに入ればヒーローにまた会うことができると。


「坊やも体を鍛えておけばそのチームに入れるかもな?じゃ」

 そういうと男は作業に戻っていった。


 災害の後、少年はトレーニングを始めた、あの時のヒーローにまた会うことを夢見ながら。


「次のニュースです。先日発生した大規模な怪物騒動に対して、政府は他国と連携し特別対策部隊を編成すると発表……」


 

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