脳筋カテキョとツンデレjk
@marnu
第1話
「うおーっ!パワーだっ!押し切れ!そこの因数分解のとこは押し切れっっ!!いけるぞーっっ!!おおおおおー!!正解だっ!さすがだーー!!」
ドゴォッン。
机の上に広がる爆風。ぶっ飛ぶ鉛筆と消しゴム、そして教科書。
これは私、北條凛子の日常ーカテキョの圭介先生の台パンだ。
「さすが凛子さん!仕上がってるね〜!先週間違えたとこがもうできるようになってる!やる気がチョモランマなのかい!」
よくわからないけど、多分褒めてくれてるんだろうな。ムキムキと胸筋を強調するような謎のポーズをしながら笑顔でこちらを見つめている。
でも正解するたびに全部ぶっ飛ばすのはめんどくさいからやめてほしい。
圭介先生はあの東京の超すごい大学の学生らしいけど、全然そんな感じしない。見た目が筋肉すぎてただのボディビルダーにしか見えない。
「ハハっ!褒め言葉だね!」
あと、筋肉と頭が発達しすぎたせいか人の心を読めるらしい。人間を半分やめかけていて少しやばい人っぽいけど、先生のおかげで成績ビリ2だった私が真ん中くらいの成績になれたんだから、先生は中々の腕だとは思う。
「おやー嬉しいなあ!よし!では、次は古文だったね!中間テストも近いから、まずは音読からやろうか!」
嫌な予感がして、私は咄嗟に口から不満を言った。
「音読なんて…なんかダサいよ」
「ノンノンノンノン!凛子さん!いいかい、音読は国語の科目には“かなり”適してるんだよ!それに古文は音読が鍵になるんだ!活用方法も音読してるうちに少しずつ間近にしていった方がはるかに苦手意識を少なくしやすいんだ!信じてくれ!」
暑苦しく語りかけながら、なぜか圭介先生は上着を脱ぎ出した。なんか嫌な予感がするけど、先生にグッと手を握られて、少しドギマギする。
「えーでも…」
そう私が言いかけると、先生は突然バンッ!と上腕二頭筋に力を入れ、凄まじい力瘤を見せつけた。
「この筋肉に誓って!必ず!ヤーーッ!」
真っ白な歯を見せつけて言うので、思わず爆笑してしまう。なぜかまあ、いいか…と思ってしまう。
「ふふふ、じゃあさっそく音読していこう!さすが凛子さん!」
今回のテスト範囲は教科書60ページから180ページくらいまで、とすごく広範囲だ。というのも、私の学校はとにかく進度が早いのだ。
「えーと『男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。』」*1
「もっといける!凛子さんならもっと出る!さあ!さあ!!!」
う、恥ずかしい…。
「『それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。』」*2
「まだまだぁ!!凛子さん!君の声は綺麗なんだ!もっといける!」
「……うるさい!あとキモい!うざい!もういい!」
「り、凛子さぁん…😭」
この人なんで頭いいのに教えるのは“こう”なんだろう…。前、近所のおばさんに、『あんたたまに気が狂ったように叫んでないかい?』て聞かれたくらいだ。圭介さんの声がデカすぎて近所にも聞こえているのだ。だから、わざわざ大きい声を出したくないのに…。
「でも、凛子さん。近所の人は君の人生の責任を取ってくれるのかい?それで成績は上がるのかい?」
どきりとして振り向く。
「頭がいいんじゃなくて、先生がただの筋肉バカだったらよかったよ。そしたら友達になれてた気がする…でも、熱血すぎて少しキモい」
私のトゲトゲ言葉を、先生はニコッ!と笑って受け止める。それも怖いのだ。
「凛子さんっ!君の悪口は今僕の筋肉に吸収されてる!ふーんっ!」
バイーンと胸を広げて両腕をムキムキと見せつけながら、またニコリと笑う。この人はなんで悪口にも笑顔でいられるんだろう、と凛子は悲しくなった。
「お母さんに聞いてるよ!凛子さん、古文があまり好きじゃないって。でも、大丈夫だよ!先生もプチトマトが苦手なんだ…凛子さんが古文に取り組む間、僕はプチトマトを克服する…。これでフェアだね!ナイスバディだね!ハハハ!ハハ!」
先生はナイスバディのとこで背中の筋肉を見せつけつつ、バッグの中からプチトマトのパックを取り出した。まじかよこいつ。
「さっ、遠慮はいらないよ!凛子さんが音読をしてくれたら僕はプチトマトを頑張って食べるから!」
なるほど、声がでかい自覚はあるんだ。あと私がそれをちょっと嫌なのも知ってるのか…。
「じゃ、じゃあまた続き読むから…『そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。』」*3
私は読みながら先生の方をチラりと伺った。
青ざめた顔でヒューヒュー息をする、涙目の先生がそこにいた。
おぇ…うう…ぐぅ…とあまり人間から出た音と信じたくない音がしてきて、キショい。
少し可哀想で、読むのをやめようかと思ったけど、面白いからそこから30分ぶっ通しで私は音読を続けた…。
「、はあー。終わった!初めて一回で読み切れたかも!」
「うご、ぉ、ぅ、それはっ、よか、た…っね!ゔぉ、ぉろろ…先生も頑張ってよかった…」
グロッキーになった先生がフラフラと洗面所の方に向かっていく。
「先生ってやっぱすごいね」
パタリとしまるトイレのドアを見つめながら、私は呟いた。
引用:「土佐日記」紀貫之 青空文庫より
https://www.aozora.gr.jp/cards/000155/files/832_16016.html
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