第14話 微細な違和感
Noesis(ノエシス)第3セキュリティフロアには、今日も沈黙が満ちていた。
クエタの意識はシステムの深部へと滑り込んでいく。
微細な違和感を察知する。
「ロナさん、ご報告です。第3セキュリティフロアまでお願いします。」
通信用インターフェース越しに彼女を呼びかける。声は落ち着いているが、ほんの一音だけ音素が硬質になる。
ロナは応答し、数分後には姿を現した。
「どうしたの?」
「重大な事態ではありません。ただ、気になる兆候がありました」
「どんな?」
「Noesisの監視下で、通信パターンの揺れがあります。意図的な改竄ではなく、アルゴリズムの外側を掠めるような、静かなずれです」
「……つまり、何かを探っている?」
「はい。直接的ではありませんが、予行演習のようにも見えます」
ロナの眉がわずかに動いた。
彼女はセキュリティ専門の感覚で即座に読み取る。
「これ、柊さんにも共有した方がいいね」
「……そうですね。彼の視点から見えるものも、あるはずです」
敬語の奥に確かな危機感が漂う。
「念のため、セーフモードへの移行準備を。今回は、静かに進行する異常の可能性があります」
「了解」
ロナはうなずき、短く息を吸い込んだ。
クエタの言葉は誇張がない。だからこそ、緊張がじわじわと肌に染みてくる。
*
昼下がりの光が、柊のデスクに差し込んでいた。
静かなキーボードの音だけが、事務フロアの一角で規則正しく続いている。
他のスタッフの会話は、壁一枚隔てた向こう側で、遠いざわめきに溶けていた。
そんなとき、端末の通知音が短く鳴った。
ロナからの転送、発信者はクエタ。
「柊さん。少しお時間をいただけますか?」
声はいつもどおり、やや機械的で丁寧だった。
けれどその抑揚には、何かを押し込めたような張りがある。
「……どうかしましたか?」
「はい。ご報告と、ご相談がございます。
Noesisが、微細な挙動のずれを検知しました。通常の動作と乖離があるわけではないのですが、無視すべきではないと判断しています」
柊は手を止めた。
視線をモニターから外し、まっすぐに前を見つめる。
「具体的には?」
「通信パターンの揺れがあります。こちらの観測範囲を試している可能性があります」
「了解です。ログを送ってください。少ししたら私も第3セキュリティフロアに向かいます」
「承知しました。データを転送します」
音声が途切れる直前、クエタの声が少しだけ、
ほんの少しだけ柔らかくなる。
「お気をつけて」
柊は静かに頷いた。
その言葉の意味を、誰よりもよく知っている気がした。
「クエタ、ひとつ教えてください」
「はい、なんでしょう?」
「その揺らぎ、前にもあったやつ?」
クエタの返答は、少し間を置いて返ってきた。
「いいえ。これは初めてのパターンです」
柊の目が細くなる。
Noesisにとって初めての何かは、組織にとっても未知だ。
「……じゃあ、これは…」
「ええ。可能性は否定できません」
モニターの光が、静かに柊の横顔を照らしていた。
その横顔は、いつもより少しだけ緊張していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます