第14話 微細な違和感


Noesis(ノエシス)第3セキュリティフロアには、今日も沈黙が満ちていた。

クエタの意識はシステムの深部へと滑り込んでいく。


微細な違和感を察知する。


「ロナさん、ご報告です。第3セキュリティフロアまでお願いします。」


通信用インターフェース越しに彼女を呼びかける。声は落ち着いているが、ほんの一音だけ音素が硬質になる。


ロナは応答し、数分後には姿を現した。


「どうしたの?」


「重大な事態ではありません。ただ、気になる兆候がありました」


「どんな?」


「Noesisの監視下で、通信パターンの揺れがあります。意図的な改竄ではなく、アルゴリズムの外側を掠めるような、静かなずれです」


「……つまり、何かを探っている?」


「はい。直接的ではありませんが、予行演習のようにも見えます」


ロナの眉がわずかに動いた。

彼女はセキュリティ専門の感覚で即座に読み取る。


「これ、柊さんにも共有した方がいいね」


「……そうですね。彼の視点から見えるものも、あるはずです」


敬語の奥に確かな危機感が漂う。


「念のため、セーフモードへの移行準備を。今回は、静かに進行する異常の可能性があります」


「了解」


ロナはうなずき、短く息を吸い込んだ。

クエタの言葉は誇張がない。だからこそ、緊張がじわじわと肌に染みてくる。





昼下がりの光が、柊のデスクに差し込んでいた。

静かなキーボードの音だけが、事務フロアの一角で規則正しく続いている。

他のスタッフの会話は、壁一枚隔てた向こう側で、遠いざわめきに溶けていた。


そんなとき、端末の通知音が短く鳴った。

ロナからの転送、発信者はクエタ。


「柊さん。少しお時間をいただけますか?」


声はいつもどおり、やや機械的で丁寧だった。

けれどその抑揚には、何かを押し込めたような張りがある。


「……どうかしましたか?」


「はい。ご報告と、ご相談がございます。

Noesisが、微細な挙動のずれを検知しました。通常の動作と乖離があるわけではないのですが、無視すべきではないと判断しています」


柊は手を止めた。

視線をモニターから外し、まっすぐに前を見つめる。


「具体的には?」


「通信パターンの揺れがあります。こちらの観測範囲を試している可能性があります」


「了解です。ログを送ってください。少ししたら私も第3セキュリティフロアに向かいます」


「承知しました。データを転送します」


音声が途切れる直前、クエタの声が少しだけ、

ほんの少しだけ柔らかくなる。


「お気をつけて」


柊は静かに頷いた。

その言葉の意味を、誰よりもよく知っている気がした。


「クエタ、ひとつ教えてください」


「はい、なんでしょう?」


「その揺らぎ、前にもあったやつ?」


クエタの返答は、少し間を置いて返ってきた。


「いいえ。これは初めてのパターンです」


柊の目が細くなる。

Noesisにとって初めての何かは、組織にとっても未知だ。


「……じゃあ、これは…」


「ええ。可能性は否定できません」


モニターの光が、静かに柊の横顔を照らしていた。

その横顔は、いつもより少しだけ緊張していた。

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