忘れて欲しい。

清さんは俺の予想通りな感じの人だった。スラッと背が高く、渡辺と同様に整った顔立ちをしている。喋るのもゆっくりで余裕のある大人といった感じだ。


「君が園田くんだね、話は聞いてるよ。」


「は、はい。園田純太です。」


 清さんはニコッと笑うと言った。


「唯と仲良くしてくれてるみたいだね。ありがとう。」


「い、いえ……」


 今何らかの理由で渡辺さんから避けられている状態の俺からすると少し申し訳ないような気持ちになった。


 渡辺さんが遮るように話し出す。


「清おじさん。もう図書室に行く?」


「……いや、少し心の準備が必要かな。校内を歩いてから行くよ。」


「じゃあ先に図書室で待ってるね。」


 そういうと渡辺は純太に何も言うことなく1人図書室へ歩き出した。


 図書室につくと気まずい空気が流れる。お互い何も話そうとしないからだ。空気に耐えきれなくなったのか渡辺が口を開く。


「ねえ、先に佐藤さん呼ばない?」


「う、うん。そうだね……」


 第三者に頼ることにしたらしい。どうやら俺に対話の余地は無いようだ。


 渡辺は早速本に触った。するといつも通り強く光った後で佐藤さんが現れる。


「あ、えっと。」


 佐藤さんはキョロキョロと周りを見渡している。


「清さんはこの後来るよ。」


「ああ、そうなんですか。」


「うん。」


 不思議そうな目でこちらを見てくる。いつもより妙にぎこちない俺たちをおかしく思ったのだろう。昨日までなら、渡辺さんと俺の会話は尽きることがなかったのだから……


「じゃあ俺はちょっとトイレに行ってくるよ。」


 それにも佐藤さんだけが反応した。


「わかりました。」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 園田くんが図書室から出ていき、2人きりになった。


「あの、園田さんと何かあったのですか?」


 ……やっぱり聞いてきた。確かに、私はあからさまに園田くんを避けていたから気づくだろうとは思っていた。


「何も無かったって言ったら、嘘になるけど……」


「やっぱり何かあったんですね……喧嘩ですか?」


「いや、喧嘩じゃないよ。ただ少し勘違いがあって、私が避けちゃってるだけ……」


「勘違い……ですか。」


 佐藤さんは険しい表情をしている。


「園田さんは、どうしてあなたに避けられているか知ってるのですか?」


「いや、教えてない。」


「じゃあ、後悔しないうちにはっきりさせておいた方がいいと思います。私は後悔だらけでしたから。」


 佐藤さんは笑いながら言った。


「もしかしたらその勘違いも勘違いかもしれませんしね。そういう時は本人と直接話し合うのが1番です。」


「そう、かもね……」


 勘違いが勘違い……か、よく考えたら私が早とちりしてしまっているだけかもしれない。確かに、園田くんは私のことを友達と呼んでくれたんだ。今度ちゃんと話をしよう。唯はそう決心した。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 トイレから出て図書室へ戻ろうとすると、入り口の辺りで清さんが立ち往生していた。


「どうしたんですか?」


「ああ、園田くんか。」


「入らないんですか?」


「…………なんとも情けないことなんだけどね、、入るのが怖いんだ。」


 清さんのような落ち着いた雰囲気のある大人の口から「怖い」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。


「この扉の先に彼女がいるのだろう?」


「そうです。」


「もう何年も前のことなのにね、この過去はずっと僕を縛っていたんだ。だから、その過去に真向から立ち向かうと思うと少し怖くなったんだよ。」


 過去に縛られている。その言葉には覚えがあった。俺にも忘れられない過去があって、それは今でも俺を縛って離さない。清さんには今それを振りほどくチャンスがやってきた。それは過去との決別とも言い換えられる。そう簡単にできることでは無いだろう。数十年越しなら尚更そうなのであろう。


 そう考えていると口から勝手に言葉が出ていた。


「佐藤さんは、忘れて欲しい。と言っていましたよ。」


「え?」


「佐藤さんは自分のことは忘れて欲しい。と言っていたんです。忘れて、時々思い出してくれればそれでいいと、そう言ってたんです。」


 忘れて欲しい。それは普通に聞くととてもいいセリフには聞こえない。しかし、俺にはわかる。この言葉にほんの少し救われた俺ならわかる。忘れる口実が欲しかったのだ。ずっと、忘れちゃいけないと頭が叫んで、忘れることが出来なかったその記憶を忘れる口実が……この言葉はそれになってくれる。


「そう、か。」


「はい。」


清は少し上を向いたあと言った。


「……そろそろ、入ろうかな。ずっとここに立っているわけにも行かないしね。」


「そうですね。」


 とても清々しい顔をしていた。


 扉に手をかけ、深呼吸する。すると思いっきり扉を開けた。




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君の残香をたどる @ryotyatya

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