entreaty

@suimihoro

第1話

 はい。わたくしでございます。あなたさまを此方に招き入れましたのはわたくしでございます。わたくしは長らくひとの熱というものに飢えておりました。ええ、ですからあなたさまがわたくしの前に現れたときにどれほど歓喜したでしょう。伝わりますまい。

 市は今も昔もなんと活気に満ちていること。太陽がギラギラギラギラ……砂塵が舞う空を越えていけばオアシス。鮮やかな服に活気ある話し声に……。それが薄暗い中古の店に置かれたのです。薄暗い場所はわたくしの好むところではありますが、随分とまぁ、こんなにも変わりますと、えぇ、えぇ……、変な心地がいたします。

 さて、わたくしは今は女の形をしておりますが拘りはありません。お望みでしたら男の形にもなりましょう。些事にございます。はい、はい。ああ……左様ですねわたくしの話などしてもつまらないでしょう。諒解しております。あなたさまは今どうしてこの場にいるかと考えていらっしゃることでしょう。ああ、わかります。わかっております。ですがどこからお話したらいいかわたくしにもちぃともわからないのでございます。


 わたくしは砂漠の、とある洞窟の奥におりました。ええわたくしが生まれた時にはうつくしい流星が夜を彩ったと知っております。なんだってわたくしはこんな場所にいなくてはならないのか、あああのこんちくしょうめ……。なんだって彼奴らは瓶やらランプやら……そんなものにおれたちを閉じ込めやがるんだ……。指輪にでもいれてくれりゃあ……。

 失礼。兎角わたくしはあの傲慢極まりないものに閉じ込められておりました。悪行善行だなんて誰が判断するんだか。わたくしは真実力を貸し、そうして実際彼等は喜んでわたくしに体を貸した。その果てに滅亡しようが狂気に身を任せようがわたくしの感知するところではない。わたくしがなにをしようと選んだ者次第……はは、は、ははは……。そういった輩を選んで現れた、と、言われてしまえばそこまでですが。

 外は良い。声の溢れる市場、果物に野菜に……そんな中にきらきらひかるものがあったり……へへっ、ありゃあいい。ああいったものはいい……わかりやすくて好きだなぁ……。

 そう、わたくしは外に出たかった。律儀に真面目に力を与え続けたのですよ。勤勉に真面目に、人間を愛していたわたくしが悪と謗られ断罪され、こんなちっぽけな、ちんけなものに閉じ込められるんじゃあやってはいけない……。

 この部屋は思ったより広い? ははぁ、そりゃあ面白い。確かにあんたからしたらそうだろうなぁ……わたくしには小さすぎる。こぉんなちいさな穴蔵、こんな形を取らなきゃァ住めやしない。ちょっと腕を伸ばしたら行き止まり、脚が攣ろうとなぁんも出来はしないのです。今はあなたさまがいらっしゃるから、こうして形を保ってはいますが……わたくしはわたくしの力をわたくしのためにも使えない哀れな哀れな存在なのですよ。笑ってやってくださいまし、はは、は、ははは……。


 さて。哀れな畜生以下、狭い中に押し込まれたわたくしめを拾ったのはこれまたうだつの上がらない男でありました。ぐうたらで怠惰で挙句母親を泣かせ……貧乏住まいの男であります。どういう訳かそいつを魔法使いだかなんだか……変な輩が唆したのでございます。こいつはまぁ変わっているんだか馬鹿なんだか男に哀れみでも抱いたのか、わざわざ自分の指輪を渡してまで洞窟に放り込んだのです。

 さてさて、男はわたくしを手にするより先、宝石だとかそんなピカピカしたものに目を奪われておりました。宝を運び出そうとするのですよ。なんと俗で馬鹿な男! はは、は、あー、ははは。笑いが止まらない。此奴に怒って出ていった魔法使いの気持ちのがよっぽど理解出来らァなァ……。

 挙句、汚ぇランプだと服でランプを擦りやがった。擦られたからにはわたくしも出ざるを得ない。奴隷となにが違う。わたくしは奴隷なのだ。ランプという鎖に身を繋がれた、畜生以下の……。その頃のわたくしはうつくしい人間というものを知らなかった。腹も立って大きな醜い男の姿になってやった。ああ、あのときのアイツときたらなんて面白い……。


 そいつをおれは愛しちゃいなかった。あんなに傲慢極まりない、悪逆非道の男なんざ、愛しちゃいなかったんだ。


 魔法使いは見る目があったらしい。男はわたくしから得た財を使って見る見るうちに肥え太り栄えていったのでございます。結果を見たら大勝利でありましょうよ。どこぞの魔神は三つしか叶えてやらないそうですし、指輪にいる奴なんかよりわたくしは力が強いのだ。ご馳走だって幾らでも食わせてやった、姫を満足させてやる力もやった。宮殿だって作ってやった。

 最初は感謝していたあの間抜けはあろうことかわたくしを手放した。魔法使いに使われようがアイツに使われようがおれは構わなかった。ちぃとも気にならなかったし、どちらが主であれ構いやしなかった。アイツがどれだけきらきらして見えようが、妬ましい気持ちになろうが構いやしない。

 おれはあの姫が好きだったんだ。ああ、賢くてとてもうつくしい姫君だった。なんだってあんな男に騙されてしまったのか……。おれが作り上げた像を信じて……。権力に従う馬鹿な民衆共と違うのに……。おぉ……おぉ……。思うだけで涙が溢れてくる。いや、違う。泣いてなんかいない。わたくしは傷ついてもいない、ひとを愛してもいない。願いを全部叶えた暁には全員、みんな食い尽くしてやる……。

 だがあの女はわたくしを哀れんだ。あの女がわたくしを撫でる手つきは優しく慈しみに溢れていた。畜生。畜生。あの目がわたくしに刻まれた。わたくしを可笑しくしたんだ。ああ、アイツの潔白さを、うつくしさを信じる馬鹿な娘の癖に。おれに幸せだと言ったのだ。おまえが望むならわたくしは願いを…………ああ、アタマがおかしくなっている。あれから長い年月孤独だったんだ、些少は赦して頂きたい。


 さて、わたくしはわたくしを見つけ出したあなたさまを離せないのです。綺麗なランプなのに。そう囁き、わたくしを撫でたその手があんまりにもあの姫の手に似ていたのです。わたくしに一度だけ触れた、手……。男の硬い手じゃない、柔らかな女の手。ランプの内側からあなたさまを見たとき、わたくしの胸はどれほど高鳴ったことか! わたくしを引っ張り出した商人の手荒な手つきと言ったらもう、あんまりに非道いもので、危うく殺してしまいたくなった。擦ったりしたらどうしてやろうかと冷や冷や……。


 話が逸れました。……そう、あなたさまはかの姫の生まれ変わったお姿。ならばわたくしはあの男になるべきでしょうが、不愉快だ。わたくしはあなたさまの姿がいい。艶やかに濡れた黒髪の、うつくしい黒……ぬばたまの瞳の……。わたくしを見て泣き叫んだのは何故ですか。どうしておびえるのだ。何故わたくしを、おれをみて泣くのです。

 ああ、そんなに泣いてはなりません。わたくし、あなたさまのお願い通り治して差し上げました。ですからこちらの腕はもうわたくしの、わたくしのものです。わたくしの自在に動く手。落ちていては腐りましょう。だからわたくしの腕と替えた。あなたさまはかつて、力が欲しいと一度仰った。わたくしの腕二本、きっと使いこなしてくださいましょうや。

 わたくしは今、あなたさまに抱かれているのです。ランプの内側はあなたさまの部屋を模しました、狭いですがうつくしいでしょう。ははは、頬擦りしたら肌が違う。なんてすべらかなんでしょう……。


 外がえらくうるさい。追い出したこの女はあなたさまのうつくしさを失った。あなたさまの魂を穢した。わたくしを存じてらっしゃらない。裏切りだ。ならば、あなたさまではありますまい。あなたさまはわたくしと眠りに就くのです。次の主が擦るまで。温かな血潮……ああなんといとしい。


 名前を申しておりませんでした。わたくしは、ジーニー。或いは、ジンニーヤ。どちらでも同じことでしょう。

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