第1話(第一章・第1話) 早音女颯汰

【パート1】もうこんなとこ、入るなよ。

この街の夜は、この耳にはにぎやかすぎる。

いろんな場所で流れる音楽、立ち話する人の声、投げ捨てられた空き缶の音。


それでも聞こえてくる、かすかな、小さな声。

真っ暗な路地裏。ゴミ捨て場のネットの下から、もがく音。


「お前、出られなくなっちゃったのか。」


「よいしょっと」

そうひと息ついて、声の主の猫を引き抜く。


「もうこんなとこ、入るなよ。」


猫を逃すと、早音女さおとめ 颯汰はやたはそっとイヤーマフを外し、しゃがみ込んで耳をすませる。

夜の静けさの中、街に溶けた微細な音を一つひとつ、拾い上げるように集中していく。


まだ空気が澄んでる。結構遠くまで聞こえるな。


でも、そろそろ冬も終わりかな。


何度も、何度もこうしてきた。


何かに呼ばれるように──


でも、何かできたのは、あの時が初めてだった。


「……俺にもなんかできるのかな!」


立ち上がって、「んーーー!」っと伸びをして、歩き出す足が軽い。


今は、にぎやかな夜も、ちょっとだけ好きになれる。




──数日前。


「だからね、ずっといられても困るんですよぉ。」


警察署の受付で面倒くさそうにあしらわれた、あの日のことだった──。

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