1章 悪女の目覚め
1話 転生前の私について
私、
実家暮らしの三十路、独身の娘が母は心配だったのだろう。
「あんた、誰かいい人とかいないの?」
会社から帰宅して、母が作ってくれた夕食を食べながら、耳に
「そんなのいらないよ、付き合うとか面倒くさいし」
女手ひとつで育ててくれた母のことは尊敬している。ただ、結婚にさほど希望が持てないのは母の影響でもある。なんというか、母は二度再婚しているのだが、そのどちらも働かないプータローやDV男だわで、私に結婚へのトラウマを植え付けた。
やっぱ、私には二次元がちょうどいい。
「ごちそーさま」
皿を下げて洗い、二階に上がると、自分の部屋にこもって、さっそく最近はまっているVR型乙女ゲーム、『ベルズ・オブ・ラブリング』を起動した。
乙女ゲームのいいところは、自分の都合のいい時間にキュンとできること。いちいちデートのために着替えたり、電車に乗ったり、メイクしたり、相手とのやりとりに右往左往したりしなくて済むことだ。
下着が上下バラバラでも、寝巻が高校時代のジャージでも、アラサーすっぴんのひどい顔でも、攻略キャラクターたちは必ず『好きだ』『愛してる』と言ってくれる。
絶対に約束されたハッピーエンド。攻略方法を事前に検索しておけば、バッドエンドは回避できる。むしろ、そのバッドエンドさえ娯楽。バッドエンドを迎えても、セーブデータからいつだってやり直せる。こんな都合のいい恋愛が他にあるだろうか。
そして、私は『ベルズ・オブ・ラブリング』の世界で最推しに出会ってしまった。攻略キャラクターの養子で四歳の貴族令息、ヴィーだ!
なにがいいって、まずビジュアルがキュートすぎる。ローズグレイのふわふわな髪に、灰みがかった青色の瞳、乏しい表情。母性本能をそそられるのは、その儚なげな姿だけが理由じゃない。
ヴィーは養母のロレッタ・ウッデンから虐待を受け、ついには毒殺されるという悲しい運命を背負っている。まじでロレッタが許せない。もしゲームの世界に入れたなら、私がヴィーを幸せにしてあげたい。けれど、ゲームシナリオを書き換えることはできないので、私がヴィーを救い出して、末永く幸せに暮らしましたという妄想を楽しんでいた。
その日も、ヴィーに会いに行こう、とゴーグルをつけてゲームを起動した。ゲームの中に入り、仮想空間の中で開かれたメニューウインドウから、いつものようにヴィーの登場直前でセーブしたNO.005のデータをロードしようとした。そのとき――。
「……え、なに!?」
目の前に突然、透き通った少女の黒い影が現れた。
『ロレッタ・ウッデン…セツゾクチュウ……』
人工的なロボットの声がこだまする。UIに、こんなキャラクターが出てきたのは初めてのことだった。
アップデート後に導入されたのかな。一度、運営サイトのお知らせを確かめてみるか。そう思って、接続を切ろうとした。
「え? なんで反応しないの?」
コントローラーを操作して、【EXIT】ボタンを連打するも消えず、それどころか――。
『ロレッタ・ウッデン…セツゾクチュウ……』『ロレッタ・ウッデン…セツゾクチュウ……』『ロレッタ・ウッデン…セツゾクチュウ……』『ロレッタ・ウッデン…セツゾクチュウ……』
少女は視界を埋め尽くすほど増殖し、私は「うわああああーっ」と叫びながら、強く目をつぶった。
VRゲームの誤作動(?)なのかなんなのか、次に目を開ますと私は――。
「……は?」
パーティー会場に立っていた。すぐさま、そばを通りかかったウエイターのピカピカのトレイを奪い、鏡のように自分を写すと、艶やかな癖のある黒髪と黄金の満月をふたつはめ込んだかのような瞳、社交界では生きる黒曜石と呼ばれている美人が私と同じように驚愕している。
「嘘……嘘、嘘、嘘、嘘っ!」
私は『ベルズ・オブ・ラブリング』の世界にいた。それも、よりにもよってロレッタ・ウッデン、二十四歳。推しの敵に憑依していたのだ。
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