第十話「消えた雷」

 ――静寂。


 まるで時間が止まったかのように、世界から音が消えていた。


 妖王・ぬらりひょんの放った嵐のような妖気に呑まれ、慶太の意識は薄れかけていた。


 (くそ……身体が……動かない……息が……できねぇ……俺は……もう、ここまでかよ……)


 痛みと共に視界が白く霞む。全てが終わる――そう思った、その瞬間。


 ――“カミナリ”のような音が、空気を裂いた。


 「……かみ、なり……?」


 呆然と呟きながら、慶太はゆっくりと目を開けた。


 直後、全身を襲う激痛に咳き込み、肺が焼けるような苦しみの中で、ようやく呼吸ができることに気づく。


 「っは……!?」


 だが、胸の上には――温かく、重たい“何か”があった。


 「……血? でも、俺のじゃ……」


 目を見開く。


 自分を庇うように倒れ伏している男。


 ――凪矢だった。


 凪矢は、ぬらりひょんの暗黒の嵐の中に飛び込み、慶太を救い出していた。


 「……ふざけんなよ……なんで……なんであんたが……!」


 怒りと悔しさに震えながら、慶太が叫ぶ。


 凪矢は血まみれの顔で微かに笑みを浮かべ、かすれた声を漏らした。


 「……半人前のガキ一人……守れねぇようじゃ……カシラの名が泣く……だろ……」


 「……!」


 「……お前の光……悪くなかったぜ。……言ったろ……お前は、強くなる。だから……生きろよ、“虹”の坊主……」


 それを最後に、凪矢の身体は崩れるように地へ倒れた。


 「……凪矢さぁあああああああああん!!!!」


 慶太の絶叫が、夜を裂いた。


 その光景を見下ろしながら、ぬらりひょんは唇の端を吊り上げた。


 「……殺し損ねたか。まあ、ええわ。これで“天”から雷が一つ、消えたわい」


 空の裂け目が、ゆっくりと閉じていく。

 黒雷は霧散し、空気には冷たい余韻だけが残された。


 妖王は空を漂いながら、誰にも振り返らず言葉を投げつける。


 「……惜しいの。時間切れじゃ。だが、次はこうはいかん」


 その目が、遠く京の町を見据える。


 「“百鬼夜行”――我らの悲願、必ずや現世を覆う。守人どもよ、せいぜい足掻くがよい」


 最後にふと足を止めたかと思えば、まるで宣告するように叫ぶ。


 「戦の始まりじゃ! 長きに渡る夜を、目に焼き付けよ!」


 その言葉とともに、ぬらりひょんの影は闇の裂け目に溶け込んでいった。


 「……ま……て……!」


 慶太の声は虚しく空へ消え、夜は、静けさだけを取り戻した。


 ――直後。


 各隊の隊士たちが現場へ駆けつける。


 雷牙は、倒れ伏す凪矢の姿を見つけ、地に膝をついた。


 「嘘……だろ……」


 震える声で名を呼びかけるも、返事はない。


 「隊長……隊長ぉおおおおおッ!!」


 崩れ落ちるように叫ぶ。


 「誰か! 医療班をっ! 早くっ、早く!!」


 雷牙の叫びが、京の空に響いた。


 その光景を、慶太は霞む意識の中で見つめ――やがて、深く、静かに意識を手放した。


 


──続く。


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『天上天下 ―京幻綺譚―』 神代 光一 @takaaki902

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