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 晴彦さんに見つけてもらえて、名前を貰えたことが嬉しかった私は、暇さえあれば彼を探すようになりました。野球の応援がある場所には行けますから、球場以外にも学校のグラウンドや河川敷など、以前とは比べ物にならないほどよく出歩くようになりました。


 晴彦さんは高校を卒業後、野球の名門と言われる慶應大学に入学しました。その後も黙々と練習を続け、全国の強豪選手を次々に押し退けました。

 試合の度に私は晴彦さんに会いに行ったし、晴彦さんも私に話し掛けてくれました。


「あーあ、今日は負けちまったな。俺も全然打てなかった」

「でも、本当に良い試合でした! 晴彦さんも、かっこよかったです!」


 試合が終わった後、こうやって晴彦さんとお話をするのが、私の一番の楽しみでした。


「そうだ、ノブ子。来月、早稲田と試合があるんだ。お前、ぜってぇ観にこいよ」

「はい、もちろん!」


 晴彦さんの眩しい笑顔。まるで、太陽のようでした。


 でも、そんな日々は長くは続かなかったのです。戦争が野球を蝕んでしまいました。

 早慶戦も中止になり、大学野球も解散となってしまいました。そして晴彦さんも、グラウンドに姿を現さなくなりました。


 気づけば、私は一人、甲子園球場に帰ってきました。晴彦さんとの出会いの場所に縋ることで、自分が消えないように必死でした。

 甲子園はいつの間にか、軍用施設となってしまいました。やれ畑の芋の様子はどうだとか、やれ銃器の手入れをしろだとか。皆さん野球のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまったようでした。


 私は一人、「晴彦さん」と呟いてみました。彼は一体、どこへ行ってしまったのでしょう。もしかすると、遠くに疎開してしまったのかもしれません。そしたら、もう二度と──。


「ノブ子ぉ!!」


 ──その時。懐かしい声が聞こえました。


「晴彦さん……!」


 私は手を伸ばしかけて、しかし止めました。いつも泥だらけの野球服を着ていた彼が、新品の軍服を着ていたからです。

 それに気づいた晴彦さんは、私に向かって言いました。


「俺、絶対に生きて帰るから! だから、球場で待ってろよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は咄嗟に声が出ました。大きな声を張り上げました。


 フレー、フレー、晴彦さん! かっとばせー、晴彦さん!


 私の応援を背に、彼は右手を高く挙げ、ガッツポーズを作りました。それは、いつも彼がホームランを打った時にしていた、ルーティンのようなものでした。

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