道に迷う

小学生3年生の頃、刑事という人を初めて見た。

警察官の制服を着ていなかったから、あれは刑事だったのだろうと思う。


その頃、東京の北千住という所に住んでいた。

今は栄えているけれど、その当時は駄菓子屋があったり、家の裏は人一人が通れる未舗装の道なんかがあって、まだまだ下町っぽさが残っていた。


事の発端は、自転車で友達と何かを買いに行くだけのことから始まった。

たぶん模型か何かだったような気がする。


昔の学校の土曜日は4時間目までの半日授業だった。

だから、お昼は家で食べ、午後から買いに行くことにしたのだった。


※※※


友達は吉村くんと言い、弁護士の父を持ち、3人兄弟の長男だった。

メガネを掛けていて、何かの設計図を書いたり実験をしたりして、2人で遊ぶことが多かった。


たぶん欲しいものが手に入らなかったのだろう。

1箇所目の模型屋に行き、2箇所目、3箇所目と段々遠くのお店まで行った。


そうしているうちに、いつしか僕たちは道に迷っていた。

明るいうちは、それでも気楽だった。

走っていれば知っている道に出るに違いない、そう思っていた。


※※※


夕方頃、大きな幹線道路に出たとき、僕たちは右か左かどちらだろうと話し合った。

国道4号線沿いに吉村くんの家があったから、うまく行けばこの道をまっすぐ進めば帰れる、と。


ここで僕たちが出した結論が、より事態を悪化させた。


スマホも携帯電話もない時代、道に迷ったら人に聞くか、地図を見るしかない。

だが、幹線道路だけあって車の通りは多いが、歩いている人は誰もいなかった。

また、地図を見ようにも地図を置いてある場所もわからない。


おかしい、と気付いたのはすっかり夜になってからだった。

こんなに走っているのに家に辿り着くどころか、進めば進むほど街灯の間隔が広がり、道は暗くなっていく。


そう、僕たちは反対の方向を選んでいたのだ。


※※※


家に電話をかけよう、と吉村くんが言ったとき、僕は彼を褒め称えた。

その提案は、神が暗闇を照らす一筋の光のように、僕は感じたのだ。


一台の公衆電話を見つけて、早速、吉村くんが家に電話をかける。

が、誰も出ない、とのことだった。

僕も家に電話をかけたが、やはり誰も出ない。


電話に出ないことで僕たちは益々不安になった。

こんな提案をした吉村くんを僕はなじったりもした。


電話番号に市外局番なるものが存在することを知ったのは、この時だった。

僕たちは既に埼玉県に入っていたから、東京の市外局番である03を付けなければ、かかるはずもなかったのだ。


※※※


逆方向に走り出し、ようやっと家に着いた時はすっかり日付も変わり、2時とか3時だったと思う。

そこにいたのが最初で書いた通り、刑事だった。


吉村くんの父親が弁護士だったこともあるのだろう。

捜索願が出され、誘拐か?と、刑事が家に来ていたのだ。


※※※


今では、道に迷う、ということが、スマホのおかげでなくなった。

便利になった一方、知らない道を歩く時のドキドキや、迷ったときの心細さもなくなってしまった。


それでも僕は何かの選択で迷った時、このことを思い出す。

でも悩んだりはしない。

右か、左か、例え間違った方を選んでも大丈夫だと、もう知っているから。

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