この世界で魔法が使えるのは俺一人

天使 逢(あまつか あい)

プロローグ:嘘と真実のステージ

「みんな~ありがと~! 次のライブ会場は名古屋だよ〜。また、私に会いに来てね〜」


 東京のライブ会場に詰めかけた数万のファンが一人の少女に魅了されていた。


 彼女の名は、雪峰 真白ゆきみね ましろ


 肩甲骨まである銀色の髪に紫水晶のように輝く瞳。アイドルとしては幼さの残るその顔立ちは、逆に「守ってあげたくなる」と熱狂的な支持を集めている。最近爆発的人気を誇るアイドル兼配信活動者だ。

だが、彼女には――いや俺には大きな秘密がある。


 その秘密というのは、この俺、橘 柚子たちばな ゆずという15歳の男子高校生が人気アイドル、雪峰 真白であるということ。そしてもう一つは……。


「じゃあ、火波ひなみさん。俺はこれで帰るから、次回もお願いします」


「ええ、わかったわ。気をつけて……と言ってもあなたには必要なかったわね。次もよろしく。真白」


「まぁ、礼だけは言っておく。ありがとう。じゃあまた。転移(Zerio fin reltia senゼリオ フィン レルティア セン)」


 日本語ではない言語。ルーン語で言葉を紡ぐ。すると、俺の体は淡く光って楽屋から消える。


 そう、俺は物心がついたときから魔法が使える。雪峰 真白・・ ・・として県外にある山奥の家の自分の部屋に転移した。部屋に戻り服を脱ぐ。すべて脱ぎ終わり、いつもの部屋着に着替える。部屋着に着替えてから変化の魔法を紡ぐ。


「原相回帰(Feia na Rinフェイア ナ リン)」


 俺は女性としての姿、雪峰真白から、元の姿、橘柚子に戻る。そして、ベッドにダイブしてスマホでSNSを見る。


 もちろん内容は今日のライブのこと。SNSでは【真白名古屋公演】というタグがトレンド入りしている。それもそのはず。


 俺がライブの最後で告知するときに公式からは既に公表されており、火波さんからもライブ終わったあとなら言っても良いよと言われたのだ。


 あまり名古屋でライブをしないアーティストがいるからか、SNSではかなり盛り上がっている。


 SNSを閉じ、仕事用のメールを開けると、3つほどメールが来ていた。一件は名古屋公演の詳細。これに関しては知っている情報、というより、俺自身が自ら考えて作成したものを火波さんが取りまとめたものだ。なので流す程度で、認識の齟齬がないかをチェックするだけ。


 そして2通目は、これも火波さんからで、とある高校で特別ゲスト出演として、ライブをしてほしいという依頼だった。回答期限は1週間後。読み進めていくと、見覚えのある文字が目に留まる。

 

【真白へ

 あなたも人気になってきたようで、高校からライブのゲスト出演を申し込まれたので、参加の有無をお願いします。

 日時:6月20日土曜日

 場所:名桜高等学校めいおうこうとうがっこう。講堂

 出演時間:15:00-17:00


 出演の可否の回答ををお願いします。】


 目を疑った。この高校は俺が通っている高校だった。


「なんでまた、うちの高校なんだよ。入学したばかりだぞ」


 めんどくさいと思いながら、文句が出る。でもまあ、出演するに当たって、ボランティアではないことは確か。ちゃんと出演料は払われるらしい。その辺に関しては火波さんに任せておけば問題はない。

 出演するかどうかに関しては、また相談するとして、次のメールを見る。

 

【魔法庁:橘司令

 突然の依頼お許しください。貴殿に至ってはご多忙のことと存じますが、愛知県にて発生している連続失踪事件につき、我々警察も対応を進めております。

つきましては、貴殿のお力添えを賜れればと存じます――

警視庁:奏 徳利はた のりとし

 

 ……なんだよ、こっちもかよ。

 ライブで名古屋、学校でも名古屋、魔法庁からの依頼も名古屋。全部が名古屋に集中していやがる。


 俺はため息をついて、了解とだけ返信した。


 時計を見るともう20時過ぎになっていて、腹の虫もなり始める頃。部屋の扉が叩かれる。

「兄様〜入りますよ〜」

 俺は慌てて、脱ぎ散らかしたライブ衣装をクローゼットに片付け、扉が開かないよう魔法で鍵を掛ける。


「施錠(Laset serinラセト セリン)」


 これで安心だ。この間わずか三秒ほど。そして返事も待たず部屋に入ってくる闖入者。


「兄様、夕飯ができま……し……た」


 妹、雪音ゆきねが部屋に足を踏み入れかけて……凍り付いた。

その視線には、先程俺が脱ぎ散らかしたであろう下着……下着!? うわぁ。やっちまった。ライブ衣装のみ片付けて下着を忘れていたとは思わなかった。


「兄様……流石に、服を脱ぎ散らかすのはどうかと思いますよ?  あと、母様は兄様がいつもナニ・・してるか知らないと思います。ただ、私は兄様が今大人気の雪峰真白ということは知っております。」


雪音は眉一つ動かずに言った。


「何なら本日ライブがあったということも存じております。ですが、それとこれとは話が別です。後で衣装も私の部屋に持ってきてください。洗濯しておきます。いいですね? あ、に、さ、ま」


「は、はい……」


 雪峰真白であるとこを身内の中で唯一知っている人物。

 それが雪音だ。流石に魔法庁のことは知らないと思うが、正直、隠し事は通用しない。頭のキレが違う。


 そのため、俺が真白として活動している時に、服の着方、特に下着類を教えてもらったのも雪音からだ。


「とにかく、兄様。夕飯なので降りてきてください。早くしないと母様が怒りますよ?」


 そう告げてから、雪音は俺の部屋を出ていく。俺も、先程脱ぎ散らかした下着を、ライブ衣装と一緒に纏めてから一階のリビングに降りた。



 夕食はカレーだった。今日は土曜日で明日は週に一度の配信の日。決まって我が家では月に一度カレーが出る。理由は母親が週末は楽をしたいということ。至ってシンプルだ。特にこれと言って話すことはない。学校がどうだの勉強がどうだの。ごく普通の学生として親と会話する最低限を行っている。


 カレーも食べ終え、自室に戻る。その時スマホが震えた。


【ゆきね:洗濯物は必ず私の部屋に持ってくること! 持ってこなかったら、兄様のゲームソフトを持ち出して先にクリアします】


 なんて奴だ。最近俺のゲームソフトが僅かに減っているなぁと思っていたのは、俺の勘違いではなく雪音が盗んでいたようだ。ゲームソフト行方不明次元に関しての犯人はわかったので、後で返してもらうとして、まとめておいた服を何故かいつも置いてあるバスケットカゴに入れてから雪音の部屋に行く。


 部屋をノックする。けれども中にはいないようだ。先程までまだ夕食を食べていた。それなら勝手に入って服を置かしてもらうとする。


 ドアノブに手をかける。


「兄様……勝手に部屋に入るのはどうかと思いますよ? まぁ、別に見られて困るものはありませんけど」


「うお!」


 ヌルリと後ろから雪音が声をかけてくる。こいつは忍者か何かかな? 雪音が後ろに来ていたことにすら気が付かなかった。


「ほら、例の持ってきたぞ」


「明日また取りに来て。綺麗にしておくから」


「わかった」


 服を買ってから毎回何故か、雪音が洗ってくれている。まぁ、俺としても洗い方なんて洗濯機に入れるだけだと思っているからどうしても雑になる。一時、洗濯物を洗濯機に入れて洗ったときに、すごいボロボロになった。それを雪音が見た時、すごい形相で睨まれた後滅茶苦茶怒られた。


 もうそんな事はさせまいと、雪音は俺のこの衣装や下着を洗うのを約束させられたのだ。


 服を渡し終えて俺は自室に戻り、明日0時からの配信に備えて、風呂の準備や配信衣装の選定を行った。


―――――――――――――――――――――――


国家特別機関 魔術法特別執行部 管理統合庁(魔法庁)


魔法庁規定文書


第1条 魔法の定義と管轄


第一項:本規定における「魔法」とは、ルーン語魔法言語を媒体とする現実干渉作用を指す。

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