第16話

 涙で滲みゆく視界。誰かに頭を撫でられるなんて、初めての経験で、僕自身も戸惑ったから、驚いたから……、その生理反応で泣いているだけであって……。


ようやく穴虫さんとあのときの話ができた。その思いに浸りたいのに、ジクイムシたちが、字を齧る音が耳を刺激する。さらに僕の仕事を増やしていく。


「まったく。ジクイムシめ。お前らどんだけ菅野君のことが好きなんだ」

「えっ……、僕のこと、好き? ジクイムシが?」

「好きだから離れんのじゃろ。まあ字を修復するのは大変だろうが、可愛がってやってくれ」


 穴虫さんが放った言葉で、涙は瞬間的に引っ込む。そしてまた、ドライな感情が生起する。


「可愛がるって……、いや、排除しますけど。仕事増やすだけの邪魔モノなんで」

「ハッハッハ。まあ菅野君に任せていることだからあれだが、菅野君に居なくなられたら、この店はお終いじゃ。もう誰もジクイムシの面倒を見切れん。そうじゃろ?」


そうだ。穴虫さんの言うとおりだ。でも、知っている人をまた同じことで死なせたくないのに……。


「菅野君、まずは仕事に向き合いなさい。野島のやつぁ、帰ってくる。そう信じなさい。」

「……はい」


こうして僕は、重い腰を上げ、段ボールを両手で抱えた。ジクイムシたちは、悪さを企んでいる途中みたいだった。

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