第15話

 穴虫さんは手招きする。あの時よりも傾いた店内。斜めに置かれている古新聞の束の上に、僕は腰掛ける。


「初めて会ったとき、曇天だっていうのに、菅野君に後光がさしたように見えたんじゃ」


穴虫さんが僕との過去を語る口調は、いつもとは違って穏やかで、でも当時僕が背負ったことの感傷にひたっているような、そんな感じだった。


「あのとき、店がいつ崩れるかも分からんような状態でな。それに、歳のせいにしてジクイムシの管理も怠ったからなぁ、いつからかジクイムシの栖になってた。ただ、それでも店を続けてきたのは……」


 喋っている途中で、穴虫さんは引き出しの中から、一枚の写真を取り出した。田の字の皺が刻まれた写真。裏には、日付がボールペンで記してあった。


「菅野君と交わした約束があったから、だ」


そこには、歪んだ古本屋穴虫の前で、不器用な笑みを浮かべる、中学生時代の僕が写っていた。


「僕との約束、覚えててくれたんすか」

「当たり前だろぉ。いくら年寄りでもな、忘れないこともあるんだよ。バカヤロォ」


僕の瞳から、一筋の涙が溢れた。穴虫さんの角ばった手が、僕の頭をそっと撫でた。

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