第2話 白波ニ紛レテ
20××年12月某日。19時16分。天候ハ雨。
波打ち際に、腕のような白い物が漂っていると通報が入ったのは、冷たい雨が降る12月中旬の夜だった。
一条
一条が目隠しのブルーシートを捲ると、警視庁捜査一課の宇月
「おせぇよ」
宇月は一条に一瞥をくれて、低い声で言った。
「すまん。兄貴と飯食ってる途中だった。これでもご馳走半分以上残して最速で来たんだ。そう怒るなよ」
一条は白い手袋をはめながら、宇月の横に並んだ。
しとしとと降る冷たい雨が透明な合羽の上を流れていく。
発見現場は海風も手伝って一段と冷える。
一条は手袋をはめた両手を擦って、砂浜に打ち上げられた腕を見た。
「一応お前んとこの事件だろうが。協力してる俺達の身になってみろよ。本業とは別であっちこっちで事件が起きてちゃ休む暇もねぇ。それなのにお前ら特殊犯罪課ときたら殿様出勤だ」
特殊犯罪課。正式名称は警視庁公安部特殊犯罪課。
公安部の中の課で、事情があって公にはできない珍事件から、難解な殺人事件までを取り扱うのが特殊犯罪課である。
公に出来ないというと、警察内部の犯罪だったり、政界の要人絡みなどがあるが、そういった物は別の課が担当している。
特殊犯罪課は名の通り、特殊な殺しなどを担当する。
どういった特殊さかというと、所謂、超能力だの霊能力だのといったオカルト的な特殊さであり、現代社会に伝えにくい事件や、もう、にっちもさっちもいかないお宮入り寸前の手がかりが掴めない事件だ。
つまり、匙を投げたくなるような事件ばかりが割り当てられている。
「一課の皆様には、すっげぇ感謝してる。俺達も休み返上でこの事件に当たってんだ。そう言わずに頼むよ」
一条は唇を尖らせ、顎に梅干みたいな皺を作って眉毛をハノ字にし、大袈裟に合掌して切り落とされて流れ着いた腕を眺めるためにしゃがんだ。
「また塗装されてるな。白だから・・・」
一条は打ち寄せる白波に視線を移した。
「あぁ。第一発見者の釣り人によると、白波の中にいる間は良く分からなかったって言ってた。波間を漂う発泡スチロールだと思ってたらしい。でも、打ち上げられて、波が引く時に転がる様が人間の腕に似てるってんで近寄ったら・・・」
「本物の腕だったと」
「そう。この辺一帯から他のパーツは出てない」
「・・・これで4体目かぁ」
初秋から始まった、体の一部だけが見つかるという妙な連続殺人事件(仮)。
なぜ(仮)かというと、本当に連続しているのかはまだ分かっていないということと、腕や脚といった体の一部が遺棄されているのに、本体が見当たらないというから。
遺体を見ることに慣れたつもりだったけど、これは何度見ても気味が悪い。
此度の白い左腕で通算4件目。
凶器に統一性はないが、遺棄の仕方が特徴的だ。
遺棄されたパーツは周りの景色に同化するような細工が施されている。
今回は白波に紛れるように白く塗られ、その前に発見された脚は落ち葉に模した色で塗装され、林に捨てられていた。
事件発生当初は、捜査一課が事件を担当していたが、調べど調べど手掛かりは何も出てこず、捜査は難航していた。
特殊犯罪課は捜査協力として3体目の発見と同時にお声がかかり、そのまま担当替えになってしまった。
当然、捜査一課は快く思っていない。
捜査会議ではそれはそれは怒号が飛んだ。
しかし、何の進展もないという事実がある以上、捜査権は特殊犯罪課に移すしかないと上から嫌味たっぷりに言われ、誰一人納得しないまま担当替えがなされた。
それ以降、特殊犯罪課の2名で本件を調査している。
元々、捜査一課と特殊犯罪課は相互に協力する関係ではあるが、今回は事件を横取りされたと思っているため、ベテラン刑事たちは協力せず、下っ端刑事たちに役を押し付けていた。
でも、宇月は嫌ではなかった。
なぜなら、宇月と一条は元相棒。
一条は特殊犯罪課に移る前に捜査一課にいたのだった。
宇月と若干名の若手刑事は、特殊犯罪課に対して協力しているわけではなく、同じ課だった仲間の一条のために協力しているつもりで捜査にあたっている。
「多分な。詳しくは
間宮こと間宮
特殊犯罪課案件のご遺体をほぼ専属で取り扱うお抱え法医学医で、妙なご遺体に関してはピカイチの知識を持っている。
「4体目でまず間違いないよー。過去3体とは別人!その腕は
急に真後ろから元気な声が聞こえた。
見ると、一条の現相棒で、特殊犯罪課きっての奇天烈で名高い石岡
石岡は水色の合羽に黄色の長靴という刑事とは思えない格好をしていて、さらに夜の海だというにやや大きめの丸いサングラスをつけている。
特殊犯罪課は私服警官だが、それにしたってへんてこりんな恰好だ。
「石岡来てたのかよ」
宇月が一層低い声で唸る様に言った。
「なーに亨くん!僕は歩人の相棒なんだから、事件があれば同行するに決まってんじゃーん」
犯罪現場に似つかわしくない、天真爛漫な態度と底抜けに明るい声。
石岡は渋い顔をした宇月を肘で軽くつつき、ぴょんと跳ねて腕を間近で眺めた。
その距離、腕と鼻先まで2センチほど。
「ん~、塗料の臭いと磯の臭い!腐ってないねぇ!あははは!精々切り離されて2~3時間以内ってところかなぁ?」
石岡はくりくりした目で腕のあちらこちらを観察し、臭いを嗅いでは笑っている。
「・・・石岡来るなら先に言えよ。俺帰ったのに」
小声で宇月が言った。
「咲守も言ってた通り、相棒なんだから、事件となれば一緒に行動するよ。話さなくても分かるだろそれくらい」
宇月は石岡が苦手だ。
この刑事らしからぬ明るさがとにかく合わない。
どんな凄惨な現場でも、一定のハイテンションでぴょんぴょんと飛び跳ねるように見物していく。
まるで動物園に来た子供のようで、己の知る警官像からかけ離れすぎているのだ。
「何でこいつ警部なの?」
宇月は一条にだけ聞こえるくらいのボリュームで言った。
「何で出世できてるかは、その特殊さ故かな」
一条も宇月にだけ聞こえるよう小声で返した。
「はぁ?」
「咲守は特殊なんだよ。亨はさ、幽霊とか、神様とかって信じる?」
「あ?何だよいきなり。一切信じねぇよ」
「だよなぁ。まぁ、俺も信じちゃいないんだけど・・・咲守!ボチボチ行けるか?」
一条は断面を見て綺麗だなぁと呟いている石岡に声をかけた。
「うん!歩人!行こう!亨くんもおいでよ!僕も神様なんてもんは信じちゃいないけど、きっと、幽霊くらいは理解する気持ちになるかもよ?」
「げっ。聞こえてたのかよ」
石岡はさっきから聞こえていた失礼な話しなど全く気にしていないようで、ニコニコ笑って出発~!と拳を上げた。
ブルーシートの目隠しを抜け、砂浜を行き来する鑑識や他の警官にやっほ~!とか、寒いねぇ!などと、気の抜ける声かけをしながら、砂浜の上に出来た人の足跡の上をぴょんぴょん跳ねて石岡が進む。
その後ろを仏頂面の宇月と困り顔の一条が続く。
「・・・あいつ、あんなんで捜査できんの?」
「捜査というか・・・まぁ、そうだな。対人関係が発生しない部分で大活躍だよ。聞き込みとかはさせてない。あんな調子だし」
「聞き込みなんて以ての外だろ。石岡から警察手帳見せられてもオモチャかと思いそうだもんな」
「ふふっ。そんな事言うなよ。咲守はあれでいて有能な刑事で、人としては優しいやつだよ。そのうち分かる」
砂浜を抜け、パトカーを停めた駐車場へ向かう途中、一条はふっと遠くに見える防風林の中に大きな人影を見た気がした。
何だか胸に嫌な靄がかかったような気がしたが、石岡のひゃ~!長靴の中砂だらけ~!という間抜けな声に気を取られ、防風林の奥を見る事を止めてしまった。
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