マチュアの蕾

きき

第1話 暗闇ノ先デ

20××年4月某日。3時52分。天候ハ嵐


「田所さんは先に逃げて」


それは、深い闇の向こうから届いた声だった。

どこか決意と覚悟が滲む響きに、僕は思わず立ち尽くした。


「どうして!一緒に逃げよう!」


暗闇に向かって大声で呼びかけた。


「私には後始末がある。もうここは機能してない。あとは1人で出られるよ」


「でも!」


僕は1、2歩前に出ようとした。


「いいから行って!!近寄らないで!!」


強い拒絶。

その声に足が止まった。


「近寄っちゃだめ。ね?兄さん」


透曄とうか・・・」


暗闇の先で聞こえる無数の呻き声と酸のような臭い。

地獄の入り口にいることを感じた。


「ここはね、蕾だけの聖域。兄さんは人間のままでいてほしい」


僕は泣きながら踵を返し、出口へと走った。

でも、あの時振り返っていれば何かが変わったかもしれない。

後悔とは訪れなかった未来を悔やむことなんだと、僕は今になって思う。

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