第6話 私たちの背中を押してくれた人たち
小春を引き取って間もない頃、正直、すべてが手探りだった。
幼い子どもにとって何が必要で、何をどう伝えればいいのか、頭ではわかっているつもりでも、実際は一つひとつが初めての経験だった。
家の中はどこかよそよそしく、小春も僕も互いの様子を探りながら過ごしていた。
そんな時、何も言わずに手伝いに来てくれたのが、妹だった。
「これ、要るでしょ?」
そう言って、子ども用の毛布や絵本、使い慣れた育児用品を手に持って現れた。
彼女の顔を見た瞬間、心の中で張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。
妹は昔から、口数は少ないけれど勘が鋭い。
僕がどうしても余裕を失ってしまうとき、彼女は静かに家にやってきて、小春と遊んだり、食事の用意をしてくれた。
まるで、家の空気を整えてくれる風のような存在だった。
小春にとっても、妹はすぐに「頼れるお姉さん」になった。
僕にはなかなか見せないような笑顔を向けたり、妹にだけは小さなわがままを言ったり。
ときどき嫉妬しそうになるほどに、二人の距離は自然に近づいていった。
ある日、小春が学校で友達とトラブルを起こしたとき、僕はどう接していいかわからず、ひどく落ち込んでいた。
そんな僕を見て、妹が静かにコーヒーを淹れ、こう言った。
「ちゃんと怒ることも、家族じゃないとできないんだよ。だから、あんたが怒ったなら、それでいい」
その一言に、目頭が熱くなった。
どれだけ迷っても、揺れても、彼女の言葉は僕の背中をまっすぐ支えてくれる。
両親のことも、忘れられない。
小春を引き取ると話したとき、父は口をつぐみ、母は「本当にできるの?」と厳しい顔で言った。
期待していたよう言葉は返ってこず、それが余計に胸に突き刺さった。
けれど月日が流れるうちに、小春が祖父母に自作のカードを渡したり、一緒に庭で花を植えたりするようになると、少しずつ二人の態度が変わっていった。
「この子、ちゃんと見てるのよね。言わなくても、感じてる」
ある日、母がぽつりとそう言った。
父は照れくさそうに小春の名前を呼んで、お年玉を渡した。
もう何も言わなくても、その表情だけで、気持ちは伝わっていた。
そして、忘れてはならないのが、小春の幼稚園からの友達と、その子たちの母親たちだ。
僕のような立場の人間が、自然に「保護者の輪」に入れるとは思っていなかった。けれど、彼女たちはそんな垣根をあっさり越えてくれた。
「小春ちゃん、今度うちにお泊まり来ない?」
「〇〇ちゃんのお父さん、運動会の席取り、いっしょにどうですか?」
最初は戸惑いもあったけれど、彼女たちの言葉に嘘はなかった。
小春もそのおかげで、「普通の子」として自然に過ごせたのだと思う。
ある日、小春が突然言った。
「ねえ、お父さん。〇〇ちゃんちにお泊まり、してみたい」
その瞬間、僕は思わず胸が詰まった。
あの子が初めて「家の外」で、夜を過ごしてみたいと思えるようになったこと…それは、安心できる場所がある*こそ、できることだった。
小春が友達の家へ泊まりに行った夜。ふと静かになった家のリビングに、ぽつんと彼女の上履きが置かれていた。
その小さな靴を見つめながら、僕はしみじみと思った。
ひとりじゃ、ここまで来られなかった。
小春がいて、妹がいて、親がいて、友達がいて。
誰かが少しずつ、見えないところで僕たちの背中を押してくれていた。
家族は、血縁だけじゃない。絆は、想いと時間が育ててくれるものだ。
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